616 出生届
国王と王太子の親子は夕食後、レーベルオードの親子を呼んだ。
全員が多忙だけにすぐに本題に入った。
クオンはキルヒウスが提案した内容を説明した。
リーナ・セオドアルイーズの素性調査の結果、リリアーナ・ヴァーンズワースの娘であることが判明した。
そこで父親が空欄の出生届をリリアーナに提出させ、まずはリリーナ・ヴァーンズワースの登録をする。
そのあと、リーナあるいはリリーナ・レーベルオードとして登録するというものだった。
「これは一案でしかない。そもそも可能かどうかもわからない。リリアーナやミレニアス王家が拒否する可能性も非常に高い」
「国王ではなく個人的な意見だが、面倒になるだけではないか? 孤児ではなくなるように思えるが、孤児院で育った事実は消えない。無理やり取り繕っているように思える。何もしない方がいいのではないか?」
「そのような意見が出るのは想定内だ。反論する気はない。だが、どう思うのかということに関しては確認しておきたい」
「パトリック、パスカル、遠慮なく話せ。レーベルオードも醜聞は困るだろう。今はただでさえ難しい状況だ。余計なことはしたくないのではないか?」
「恐れながら申し上げます」
パスカルが口を開いた。
「私個人の意見ではありますが、血のつながった妹がこれまで経験したことを考えると、胸がどうしようもなく痛みます。全力で支えたいと思っています」
できる限りのことをしたいが、これ以上傷つけるようなこともしたくもない。
最優先されるべきはエルグラード王家。レーベルオードでも妹でもないことは承知している、というのがパスカルの意見だった。
「パトリックはどうだ?」
すぐに答えられなくても当然のこと。
パトリック・レーベルオードの背負っているものは、決して軽くはない。
養女であるリーナだけでなく、レーベルオードや多くの人々の命運がかかっていた。
「醜聞は誰のためにもなりません。避けたく存じます。リーナはすでにレーベルオード、私の娘です。これまでがどうだったのかに関わらず、父親として全力で守ります。そのことに免じて、お許しいただきたく存じます」
レーベルオード伯爵が出した答えは、賛同できないというものだった。
「その答えも想定内だ。もう一度言うが、提案について関係者で検討するだけだ。確かに醜聞はよくない。避けるべきことだというのは誰もがわかっている」
クオンは息を吐く。
ため息にならないように、細心の注意を払っていた。
その後、いくつかの用件についての話し合いが続く。
全ての話合いが終わると、レーベルオードの親子は揃って部屋を退出した。
「父上はこの後どうするのですか?」
パスカルは父親が王宮に泊まるのかどうかを尋ねた。
「帰る」
「フラットですか?」
当然過ぎることをあえて質問されたため、父親は眉をひそめた。
「何かあるのか?」
「いいえ、別に」
「お前はどうする?」
「後宮に行きたいところですが、もう寝ているでしょう。部屋で休みます。頭も心の中も整理して落ち着ける必要があります。このような重要な時期に、体調を崩すわけにはいきません」
「一緒に帰らないか?」
今度はパスカルが眉をひそめた。
「なぜです?」
フラットに戻るとしても、父親と息子の住む場所は上と下に分かれている。結局、短い移動時間しか一緒にはいられない。
レーベルオード伯爵は視線を下に向けた。
「私とお前だけではウォータールに足が向かない。三人で過ごした日々が遠く感じる」
三人というのはレーベルオード伯爵、パスカル、リリアーナのことではない。
レーベルオード伯爵、パスカル、リーナのことだった。
「そうですね」
「四人で過ごしてみたくもあった。不可能だが」
「母上ではなく弟を入れてということであれば、四人でした」
「私にとっては対象外だ」
「ならば、リーナも対象外では?」
「リーナは家族だ。養女であっても娘だ」
しばしの沈黙。
「体調だけでなく安全確保にも注意して戻れ。油断はするな」
「次は二十人ほどで仕掛けてくるでしょうか?」
「馬鹿を言うな。私にはきつ過ぎる冗談だ」
レーベルオード伯爵はそう言って歩き出した。
パスカルはその後ろ姿を見た瞬間、寂しさを感じた。
尊敬すべき偉大なる父親の背中は、以前感じたほどに大きくない。
パスカルが成長し、経験を重ね、今では父親以上の地位を手に入れたせいかもしれない。
だが、それだけでは説明つかない何かを感じた。
「父上!」
息子の声に父親が振り返る。
「一緒に帰ります」
「無理をする必要はないが?」
「いいえ。今夜だけはそうしたい気分なのです。一緒にいさせてください」
「息子にそう言われるのは父親として嬉しい。娘も一緒であればいいのだが」
「週末に会えます。ラダマンティス公爵に感謝しなければ」
「ベタベタさせるな」
「父上が注意してください」
「お前が注意しろ」
「大公子よりはましでは?」
「比較する相手が微妙だ」
「席の都合があります」
「デーウェンを前に並べればいい。家族は後ろ。それが礼儀だ」
「ラダマンティス公爵が納得しません」
リーナにまた会いたいというラダマンティス公爵の強い要望が王太子とレーベルオード伯爵家に伝えられた。
そこで土曜日、デーウェン大公家の者達をレーベルオード伯爵家の所有する王立歌劇場のボックス席へ招待し、バレエ鑑賞をすることになった。
当然のごとく、ラダマンティス公爵はリーナの隣の席で鑑賞したがるに決まっている。
「無作法はできない」
「大公子か大公女を追い出しかねません」
ラダマンティス公爵は三人の中で第三の序列ではあるが、あくまでも大公位継承権による順番というだけ。
年長者であり、一番強い発言力があった。
「大公子の方だろう。女性には甘い」
「十三歳です。少女では?」
「年齢であなどるな。気をつけろ」
「父上こそ社交場に行くなら気をつけるべきでは? 女性の視線が集まりそうです」
「苦労しかない」
「結婚前ですか? それとも結婚後ですか?」
「黙秘する」
「追及したいところですが、やめておきます」
「不誠実なことはしていない」
「妻と子供を置き去りにして仕事ばかり。どう考えても不誠実ですが?」
「……」
「娘の時は必死になって帰って来ました。大違いです」
「あの時とは状況が違い過ぎる。短期間だけだった。はっきりいって、父上のせいだ。もっと長生きしていればよかった。そうすれば、私はもっと屋敷に帰ることができたはずだ」
「おじい様が可哀想です」
「私の味方をしてくれないのか?」
「いいえ。デーウェンに対しては共同戦線を張りたいと考えています」
「そうしよう」
「大公女の面倒は保護者に見てもらうべきかと」
「異存はない」
親子は話しながら廊下を歩いた。
どのような内容であっても、二人にとっては貴重で大切な時間だった。





