614 妄想話(一)
エルグラード国王ことハーヴェリオンは非常に機嫌が良かった。
給仕の者達も全て下がらせ、息子と二人だけで夕食を取るのは久しぶりである。
その際の話題も困らない。豊富にあった。
「私は何も知らない。ラーグは絶好の機会だと思っている。すぐに動くと言っていた」
早速本題を切り出した父親に、息子も本音を伝えた。
「組織的なものかどうかに興味がある」
「確認中だが、この機会に違反者は全員処罰する。綺麗にしたい」
父親の機嫌があまりにも良いため、息子は怪訝な表情になった。
「随分嬉しそうだ」
「イーストランドのことは気になっていた。だが、手を出しにくい相手だった」
「娘を見捨てれば済むのではないか?」
「だとしても、違反は違反だ。罰金処分になる。その程度でイーストランドの権威が失墜することはないが、当分は大人しくなるだろう」
クオンは眉を上げた。
「まさかとは思うが、その金を離宮にまわすつもりではないだろうな?」
「なるほど、その手があったか!」
「ダメだ。王家が金欲しさに罠にかけたと思われる」
「まあ、場所が悪い。リーナが可哀想だ」
クオンはすぐに顔をしかめた。
「その言い方はよくない。まるでリーナが関わっているようではないか!」
「完全に関わっていないとは言い切れない」
「何だと!」
瞬時に怒りをにじませた息子を、父親は愛情を込めた視線で見つめた。
「意味が違う。リーナの講師のせいだ。ちなみに、リーナのいた孤児院に問題があったのを覚えているか?」
「それとつながっていると?」
「先に話しておくことがある。この後、レーベルオードと話し合うわけだからな」
ハーヴェリオンは大きな息を吸って吐いた。
「これから話すのは全てが事実ではない。推測を多分に含んでいる。それをよく理解した上で聞いて欲しい」
「わかった」
「まず、リーナのいた孤児院は花街にある特定の店と関わっていた」
「違反だ!」
「そうだ。孤児院は子どもを保護する場所だ。商業的な利益を優先した運営、特定の就職先だけを斡旋することは禁じられている。だが、孤児が働ける場所は少ない。花街で成功し、贅沢な生活を手に入れたい者もいないわけではない」
「どのような仕事かは非常に重要だ。贅沢な生活ができそうかどうかだけで判断していいことではない」
「イーストランドは花街を広げようとしており、そのために資金を流入している。直接的ではなくても、不法行為を行っている者やそのような者とのつながりがある孤児院に資金が流れていた」
「本来の役目を果たしていない孤児院は必要ない」
「その通りだ。だが、孤児院は悪しき者の目に留まりやすい。貧しい者も同じく。エルグラード中の貧困と犯罪をなくすのは不可能だ」
「国王だというのに、国民を見捨てるのか?」
「内政問題だ。王太子の管轄だけに任せる。次の話題だが、インヴァネス大公の娘が誘拐され、エルグラードで発見された。不思議に思うのが普通ではないか?」
ガラリと内容が変わった。
しかし、そのことについてはクオンもおかしいと思っていた。
リーナによれば、目が覚めたら孤児院にいたという証言だった。
嘘を信じてしまった。孤児院ではなく犯罪者の拠点だったと考えればいい。
しかし、誘拐計画を知っていたインヴァネス大公はすぐに犯罪者の拠点をつきとめた。そして、火災で全焼した拠点だけでなく、付近一帯を必死に捜索した。
それにも関わらず、リーナは発見されずに国境を越えた。
「調書を何度も読み返した。おかげで笑われた。その熱意を執務に活かせばいいと」
クオンは眉をひそめた。
父親が親しくしている宰相と首席補佐官は笑わない。そういう性格ではなかった。
「誰に笑われた?」
「古い友人の一人だ。調書を見せろと言われた。私はどうしてもこの謎を解きたいと思ったため、見せることにした。すると、簡単だと言われた」
「簡単? 国境を越えることが?」
ハーヴェリオンは首を横に振った。
「越えていなかった。誘拐された娘は王都でもなく、国境でもなく、別の方角へ輸送された。そして目覚めた際、孤児院だと嘘をつかれた。そのせいで発見されなかった。そして、捜索が終わったあとか警備が緩むのを見計らい、他の孤児院に移るといって国境を越えた。これならどうだと言われた」
「パスポートがない」
「正規のルートを使ったのかどうかはわからない。密輸のルートを使用した可能性もある。もう一つ。娘は計画的、あるいは、かなりの臨時対応力がある者の手引きで連れ出された。もしかすると、誘拐者よりも先に誘拐されたのかもしれないという見解も出た」
奇想天外とも言える話にクオンは驚いた。
「インヴァネス大公がその事実を隠している可能性もある。娘が本当に誘拐されるのを黙って見ているのではなく、身代わりをたてたのかもしれない。そのせいで安心し、対応が遅れた可能性もある」
わからないことが多い。だからこそ、自由に推測することも可能だった。
「とにかく娘は屋敷から連れ出され、エルグラードに向かうことになったとする。さて、問題だ。警備が手薄だったとはいえ、人目に付かずに屋敷から娘を連れ出し、更にエルグラードへ連れていくことを考えたのは誰だ?」
「わからない」
「そうだ。わからない。だが、インヴァネス大公の娘を欲しがる者を考えればいい。エルグラードにいるのではないか? 血族がいる」
「ヴァーンズワース伯爵ではない」
リリアーナの父親であれば、孫を欲しがるかもしれない。
跡継ぎにできる可能性があるため、レーベルオードに対する切り札にできる。
だが、ヴァーンズワース伯爵には力も金もない。
インヴァネス大公の屋敷から娘を連れ出すことはできない。
「ヴァーンズワース以上に欲しがる者がいるではないか。危険な目に逢うようであれば、自分の所に連れてくるように指示を出していてもおかしくない。国外においても力がある。その者が助力すれば、国境など簡単に越えられる。偽造パスポートも用意できる。むしろ、本物を用意しそうだ。諜報員用を流用すればいい。但し、内務省の方だな。外務省との付き合いは抑えている」
「まさか……」
クオンは目を見開いた。
「あくまでも勝手な推測だ。だが、不可能が可能になる。愛する女性を一生監視し、密かに守るように指示し、屋敷に配下を潜ませていた。だが、危険な目にあったのは愛する女性ではなく、その娘だった。守りたいだろう。息子が心から愛している妹でもあるからな。自分の娘同然だと思っていたかもしれない。現に、本当の娘のように大切にしているではないか。誰のことかわかるだろう?」
レーベルオード伯爵パトリック・レーベルオード。
クオンは心の中で呟いた。





