61 王太子の側近
「あの……国王か王太子じゃないと駄目なのですか?」
「第二王子でもいいよ。第三王子とかね。王族であれば僕以上の命令が出せる。取り消すという命令を出せば取り消せる」
リーナは考えた。
「じゃあ、その……部下だったらどうですか?」
「部下? 王族の?」
「そうです」
今度はパスカルが考えた。
ここは後宮。側妃候補の様子を見に来た王族の側近が出入りする。
その一人かもしれない。
「僕は王太子の側近だ。第二王子や第三王子の側近に何かを命令されたとしても、王太子の側近である僕の命令を優先しなければならない。序列がある」
「……先ほど、第三王子の部下に会いました」
リーナはおずおずと答えた。
「第三王子の部下か」
リーナが話すことを選び、パスカルは安堵した。
説得に応じないために命令したが、本心では命令したくはなかった。
自身の説得術はまだまだ甘いと実感するしかない。
「どんな風に会ったのか、どこで会ったのかも全部話して。嘘を言ってはいけないよ。いいね?」
「……はい」
リーナはパスカルに話した。全て。
「以上です」
「確認する。侍従の休憩室についてだ。三つあるの?」
「侍従がそう言っていました。実際に使っているのも見ました」
リーナは侍従に教えて貰った。
そして、実際に部屋に行くと大勢の侍従が休憩していた。
「ビリヤードや喫煙していたわけだね?」
「ビリヤード?」
「大きな台の上に小さなボールを置いて、細い棒で突く遊びだ」
「そうです」
ビリヤード台があるのは撞球の間だ。
王族がビリヤードを楽しむ部屋であって、侍従は使用できない。
後宮は火災を防ぐため、原則として屋内での喫煙を禁じている。
喫煙の間であれば喫煙ができるが、ここも王族が喫煙するための部屋だ。やはり侍従が使用できる部屋ではない。
王族と一緒あるいは許可を取ってのことであればともかく、そうでなければ重大な違反だ。不敬罪や反逆罪に問われる。
リーナは違反行為を目撃した。だが、女性の召使いだけに侍従側のことなどわからない。
休憩室で侍従が休憩していた。仕事をサボっていただけだと思っている。
「第三王子の部下の名前はわかる?」
「一番偉そうな軍人の名前はわかりません。でも、一緒にいた冷たくて意地悪な人はローレンと呼ばれていました。アレクという人もいるようです。本当に侍従の休憩室なのか、確認させると言っていました」
軍人は第三王子のレイフィールだとパスカルは思った。
レイフィールは常に軍服を着用している。
側近であるローレンと一緒に黒の応接間にいたのであれば確定だ。
どうするか……。
後宮の大問題を発見した。王太子に報告すれば喜ぶ。
だが、すでに第三王子がその事実を知り、動いていた。
現行犯で侍従を捕縛している。
明日の王族会議で発表しそうだった。
……報告は無意味だ。
王太子は兄弟間で争うようなことはしない。
報告しても第三王子に任せる。自分は手を出さない。
但し、パスカルがどこから情報を得たのかの確認はある。
リーナであること、リーナが第三王子との約束を事実上破ったに等しいこともわかってしまう。
パスカルは決めた。どうするかを。
「よく聞いて欲しい。そのお菓子は処分しないといけない。僕に見つかっただけなら目をつぶることもできるけれど、他の者に知られたら無理だ。処罰される」
「いらないと言いました。でも、口止め料としてポケットに入れられて、部屋を出て行くように言われてしまったのです」
「だったら、口止め料は受け取らないことにしよう」
何らかの事情でこのことが露見しても、召使いのリーナは従うしかなかったのだとわかる。
口止め料を受け取っていなければ、重い処罰にはならないはずだとパスカルは説明した。
「パスカル様はこのことを誰かに話されるつもりなのですか? それで私が処罰されてしまうということですか?」
「違うよ。僕は何も言わない。でも、軍人の方はわからない。情報提供者としてリーナの名前が出るかもしれない」
リーナは良いことをした。
だが、外部の者に後宮の情報を教えたのは事実だ。
「後宮の情報漏洩に問われる可能性がある」
「そんな……」
「大丈夫だ。僕がいる」
パスカルはリーナを安心させるように力強く言った。
「この件でリーナは悪くないと口添えできる。その代わり、僕の言う通りにしないといけないよ。お菓子を捨てに行こう。できるだけ早い方がいい。おいで」
「はい」
リーナはパスカルと共に隣のトイレに行き、お菓子を捨てて水で流した。
エプロンのポケットの中のカスも全て綺麗にした後、手をしっかりと洗った。
「我慢してね?」
「大丈夫です。別に貰わなくても良かったものなので」
「ここで少し待っていてくれる?」
「はい」
パスカルはドアを開けて出て行った。
リーナは暇になったため、掃除道具を出すと掃除を始めた。





