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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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602 謙虚と強欲

「違う? 私の妻になりたくないのか?」


 クオンは強い視線でリーナをじっと見つめた。


 王太子のこのような表情を見れば、多くの者達が恐れをなす。


 リーナは不味いとは思ったものの、通常仕様でも無表情で威圧的なオーラを出しているクオンに慣れてしまい、恐怖を感じることはなかった。


「あっ! そうじゃなくて……その、結婚をおねだりするようなことはいけないというかちゃんと妻として相応しい女性だと認められてからでいいというか……あ、でも、側妃は結婚できませんけど……」


 側妃は結婚式を国の行事として挙げることはできない。これは、エルグラード国法では一夫一妻制であることに配慮しているためだ。


 しかし、王族は一夫一妻制の国法に縛られない。正妃は一人だが、側妃という妻を複数持つことができる。これは王族法で定められている。


「お前のいう結婚というのは婚姻のことか? それならできる。側妃は妻だ」

「すみません。結婚式のことでした。婚姻できることはわかっています」


 リーナはすぐに言い直したが、またもや違うと指摘された。


「国家行事としての結婚式はできない。それは一夫一妻制のエルグラード国法に配慮する形で正妃のみが行う。個人的な結婚式は可能だが、小規模なものになるかもしれない。婚姻を披露する舞踏会は盛大にするつもりだ」

「クオン様が沢山配慮して下さっていることはわかっています。無理はなさらないで下さい。反対する者が多くいるのもわかっていますし、結婚式も舞踏会もしなくて大丈夫ですから」

「大丈夫ではない! 絶対にする! 私がしたいのだ!」


 クオンはただリーナの希望だからではなく、自分の希望でもあることを伝えた。


 それはリーナに対する配慮としての言葉ではない。本心からの想いだ。


 すでにそのための準備に入っている。


 何かにつけてリーナに豪華なドレスや宝飾品などを贈っているが、それは結婚式や披露の舞踏会で着用するドレスや宝飾品を用意していることを知られないようにカモフラージュするためでもあった。


「ありがとうございます。クオン様は本当に優しい方ですね」

「お前を心から愛している。そのことを多くの者達に知らしめたい。私の顕示欲はかなりのものだ。王太子であれば当然誇示すべきだと教えられ、実践してきた。それこそお前の常識を超えるほど持っている」

「王族は大変そうですね。でも、実際のクオン様は謙虚に思えます」

「謙虚ではない。強欲だ」

「強欲には見えません」

「嬉しくもあるが、間違いだ。どんなに反対されても、お前を妻にしたくてたまらない。世界中を敵に回しても、お前を妻にする」


 リーナは目を見張った。さすが王太子だけある。世界中を敵に回すという比喩で表現するほど、スケールが大きい。


 大勢の者達が反対すれば、婚姻相手を考え直すという者もいるだろう。しかし、クオンは考え直さない。どんなに反対されても、自分が妻にしたいと思った者を妻にする気だ。


 それをクオンは自らの強欲さからであると断言した。


「嬉しいですが、それこそ間違いかもしれません。いつまでたっても私はクオン様にふさわしい女性になれない可能性だってあります」

「私はお前のことを自らに相応しい女性だと思っている。本当はそれで十分だというのに……」


 クオンはため息をついたが、リーナは同意するどころか反論した。


「それでは駄目です! 私、ちゃんと頑張りますから見ていてください! 一人でも多くの方に認められるように沢山勉強しますから!」

「お前こそ謙虚だ」

「そういっていただけるのは嬉しいですけど、間違いです。だって、エルグラードの王太子の妻になりたいって思っています。絶対にこれは謙虚なことじゃありません。物凄い……野望です」


 クオンは笑った。


 どう見ても謙虚なリーナは野望を抱くような女性には見えない。しかし、王太子の妻になりたいと思うこと、王太子妃や側妃を目指すことは、一般的な常識の感覚として野望を抱いているといってもおかしくはなかった。


「私のせいでリーナに野望を抱かせてしまったようだが、分相応の望みとはいえない。お前だけは抱くことが相応しい望みだ」

「やっぱりやめます。野望じゃなくて夢です」


 リーナは言い換えた。野望というと、なんとなくだが印象が悪い。夢という言葉で表現した方がいいと感じた。


「希望でもいいです。理想はちょっと……イメージが違います。それよりは近い感じがするので」

「近いと思うのか?」


 クオンはまだまだ遠い気がしていた。


 リーナを入宮させたものの、なかなか思うように進まない。変えられない。以前よりもずっと近くに住んでいるのに、毎日会うこともできない。


「もう入宮しました。今はまだ側妃候補ですが、側妃になって住むのも後宮です。つまり、住んでいるところはもう同じです」

「なるほど」


 クオンはリーナを王宮に住まわせるつもりでいるが、現状において側妃の住居が後宮という認識は間違っていない。正しい。


「それから多くの方々が私に配慮してくれます。私より身分の高い方や偉い役職の方であっても、私を様付けしてくれます。なんとなくおかしい気もしていますけれど、クオン様の恋人というだけで偉いのでおかしくないと説明されました。妻になればそれこそ当然な扱いだと。今はその時に向けて慣れる期間、妻としての扱いを勉強中だと思えばいいとも言われました。そうやってだんだんと私の周囲は変化しています。それはクオン様の妻になることへ近づいているということです」


 リーナは後宮に住むこと、周囲の者達の対応から、自分はクオンの妻になることへ近づいているように感じていた。


 だからこその不安もある。


 まだ何もできない。わからないことも沢山ある。全然、クオンの妻にふさわしい立派な女性ではない。早く立派な女性になりたい。でも、すぐには無理だ。


「まだまだ私自身の変化が足りません。でも、土曜日の舞踏会では他の方々と一緒に接待役を務め、凄く良かったと褒められました。無事大役を務めたという評価を貰えたようです。少し自信がつきました」


 クオンはすっかり忘れていたことを思い出した。


 それは、土曜日の舞踏会について話し、リーナを褒めることだった。


「その通りだ。私は遠くから見ていただけに、お前の周囲の者達の様子がよく見えた。皆、笑顔だった」


 リーナの前で不機嫌そうな顔をする外交官などいるわけがないと思いつつ、クオンはリーナを褒めた。


「接待役としてしっかりと国賓達を満足させることができたからこそ、皆笑顔だったのだ。アイギスも舞踏会を楽しんでいた。お前と踊れたことも、素晴らしいカドリーユを披露してくれたことも、一生の思い出になると言っていた」

「一生の思い出というのはお世辞です。デーウェンの男性はお世辞が凄いらしいので」


 リーナは冷静な口調でそう言ったが、クオンは首を横に振った。


「違う。本心だ。アイギスは友人だけに、駄目な時はしっかりとそれを言葉にする。いいことも悪いことも黙っていられない性格なのだ」


 確かに黙っていられなさそうな方だとリーナは思った。


「舞踏会が終わった後も、お前の話題で持ちきりだった」


 今回の舞踏会はあらかじめ終了時刻が二十二時に設定されていた。それは国賓の中にアリアドネがいたことや、エルグラード側もセイフリードや接待役のラブなど、未成年者達が参加していることを考慮したためだった。


 リーナ達が接待役を務めるのも二十二時までになっており、時間になったらセイフリードやアリアドネなどの高位の者達が退出した後に下がることになっていた。


 そこで舞踏会は完全に終了というわけではなく、二十四時までは続く。そのため、その後は任意で貴族の令嬢として残るか、後宮に戻るかを選択することができた。


 リーナは疲れたこともあって、年齢ゆえに残ることができないラブと共に後宮に戻ることにした。


 クオンも会場からは退出したが、別室でアイギスやラダマンティス公爵などのデーウェン関係者と歓談した。


「皆、さすが王太子に見初められた素晴らしい女性だと感心していた」

「お世辞です。私、気の利いたことは何一つ言えませんでした」

「謙虚な態度で聞き役に徹したのが良かったのだろう。外交官というのは、自分や国をよく思わせようと売り込む。相手が笑顔で頷いてくれるのが一番嬉しい。特にデーウェンの者達はよく口が動く。おしゃべりだ。気の利いたことをいう女性よりも黙って話を聞いてくれる女性の方がいいと思われる。丁度良かったのだ」

「そうなのですね……」


 リーナはなぜ何もしていない自分が良かったと言われたのか、その理由がわかったような気がした。


「確かにデーウェンの者達は女性を賛美し、世辞もことさら大仰なように聞こえる。だが、お前が評価されているのは事実だ。ラダマンティス公爵もお前を気に入ったようだ」


 リーナは事前にダンスを踊る相手や役職付きの外交官などの名前のリストに目を通していた。


 その中にラダマンティス公爵の名前はなく、直前で加わったメンバーだと教えられた。


 自分でも最初は留守番役だったものの、急きょ来たと話していたため、よくわからない人物ではありつつも、楽しそうに話をする方だと思いながら聞き役を務めていた。


「あの方はレーベルオード伯爵家と関わりがあるようなことを言っていましたが、クオン様はご存知なのでしょうか? 事前に見たデーウェン側の役職付きリストにはお名前がなかったので、どのような方なのか知りません」

「ラダマンティス公爵はデーウェンの王族だ」

「えっ?!」


 今頃になって事実を聞き、リーナは呆然とした。


「現大公の叔父で、前レーベルオード伯爵とは友人だった。その縁でグランディール国際銀行が多額の投資をデーウェンにしたため、デーウェンは急激に国内の経済が発展し、潤った。今のデーウェンの繁栄を築いた立役者になる。現役は引退しているため、官職などにはついていない。デーウェンの王族公爵の一人というだけではあるが、その影響力は絶大だ。ラダマンティス公爵に気に入られたのは、非常に大きな成果だ。恐らく、ラダマンティス公爵からデーウェン大公にお前の話が伝わり、デーウェン大公もお前にいい印象を持つことだろう」

「実は凄い方だったのですね……」


 公爵なので偉いのだろうと曖昧に思っていただけだったが、実は王族で相当凄い人物だということを改めて知り、リーナは自分がいかに無知で何も知らないまま接待役をこなしていたのかを実感し、反省するしかない。


「むしろ、知らなかったからこそ、うまく対応できた部分もあるだろう。気にしなくていい。そもそも、急きょ舞踏会に出席したいと言い出してきたのだからな」


 クオンは元々出席者のリストにいなかった人物であるため、気にする必要はないと強調した。


「お前は本当に努力している。ダンスも見事だった。舞踏会のために急きょ覚えたとは思えない出来栄えだった。接待役という大役も務めあげた。自信を持っていい。努力は成果につながっている。お前は着実に一歩ずつ立派な女性になっているのだ。これならすぐに私の妻に相応しいと思う者達の声が溢れるだろう」

「クオン様、現実は甘くありません。うまくいきそうに思っても、そうならないことが多くあります」


 クオンは苦笑した。


「お前は本当に謙虚だ」

「不安なだけです」

「わかっている。だが、私が側にいる。共に頑張ればいい。私もお前の姿を見て、より頑張らなければならないと思った。エルグラードの王太子をやる気にさせることができる女性は貴重かつ有用だ。まさにリーナしかできない特別な能力だろう」


 リーナは微笑んだ。


「クオン様は優しいだけでなく、褒め上手です」

「恋人には甘くしたいが、評価自体は甘くはない。公正に判断した。甘くするのは別のことだ。例えば」


 クオンはリーナを抱き寄せた。


「こうして触れあうことだ」


 クオンはそう言うと、リーナに口づけた。


 確かに……甘い、かも……。


 恥ずかしさと嬉しい気持ちと共に、リーナは口づけの感触と甘さに酔いしれた。



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