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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第一章 召使編
60/1356

60 見つかる

 後宮の廊下は走ってはいけないことになっている。


 だが、緊急事態であれば仕方がない。今のリーナは緊急事態だった。


 そんな時に限って知り合いに見つかった。


「リーナ、走ってはいけないよ」


 名前を呼ばれたリーナはピタリと立ち止まり、声がした方向を見た。


 パスカルがいた。


「……申し訳ありません。少し急いでいました」

「わかっているけど、かなり急いでいたかな。緊急事態なのかな?」


 リーナは緊急事態と言えなかった。私的なことだけに。


「申し訳ありません」

「誰かに見つかってしまうと注意される。上司に報告されてしまうかもしれない。僕は注意しても、上司には報告しないからね」

「パスカル様のご配慮に感謝致します」


 リーナは深々と頭を下げた。


「急いでいるので、これで」


 リーナはすぐにその場を去ろうとした。


 だが、


「待って」


 呼び止められた。


 リーナが振り替えると、パスカルの表情が変化していた。


 微笑んでいない。


「何が入っているのかな?」


 リーナはビクリと体を震わせた。


「何が、ですか?」

「ポケットの中身」


 リーナはエプロンのポケットからお菓子が見えてこぼれないよう、上の部分を押さえていた。


 礼をした時も、中が見えないように抑えたままだった。


 パスカルはリーナがきちんと礼をするよりも、ポケットを手で押さえることを優先したことに違和感を覚えた。


「手をどけて」


 リーナは言われた通りにした。パスカルなら見逃してくれると期待しながら。


 エプロンのポケットの中を見たパスカルは眉をひそめた。


 ポケットの中にあるのはむき出しの菓子。


 しかも、見覚えがあった。外部の者に出されるクッキーだ。


「これはどうしたのかな? 誰かに貰ったのかな?」


 リーナは黙ったままうつむいた。


「事情があるようだね。ついて来て」

「……はい」


 パスカルが向かった先は、青の控えの間だった。


「ここに入って」

「……はい」


 リーナはパスカルに言われた通り、青の控えの間に入った。


「座るように」


 パスカルは隣の扉のドアを開けた。無人であることを確認して戻って来る。


 パスカルはリーナの隣に座った。


「ここには僕とリーナだけだ」


 リーナは嫌な予感がした。そして、その予感は当たった。


「何があったのか隠さずに話して欲しい。でなければ、君を違反者として警備に引き渡さなければならない」

「警備に?」


 リーナは体を震わせた。


「外部の者に用意された菓子を持っている。おかしい」


 その通りだとリーナは思った。


 だからこそ、誰にも会わないように自室へ急いでいた。


「本来であれば、すぐに警備の所へ連れていくべきだ。でも、そうしたくない。事情があるなら、僕にだけその事情を話して欲しい」


 リーナは黙っていた。


 話せない。悪いことはしていない。ただ、第三王子のために働いただけだと思った。


「何も言ってくれないと見逃せない。下手をすると僕まで違反になってしまう」


 リーナの胸がズキリと痛んだ。


 パスカルに迷惑をかけたくないと思った。


「……私、悪いことはしていません」


 リーナは言葉を絞り出した。


「事情があります。でも、誰にも話さないように言われましたし、約束しました。だから、パスカル様にも言えません」

「何も言わないままだと、警備から厳しい取り調べを受けることになる。拷問されてしまうかもしれない。それでも黙っていられる?」


 リーナは顔を歪めた。


「リーナが良くないことに巻き込まれていないか心配だ」


 パスカルはリーナを真っすぐに見つめた。


「外部の者に出される特別な菓子をリーナが持っていた。気になるのは当然だろう? 一つ間違えば、投獄されてしまうかもしれない」

「投獄……」

「じゃあ、こうしよう。約束を破らないために何も言わない。その代わり、僕の質問に合わせて頷いたり、首を横に振ったりすればいい。これなら約束を破ったことにはならない」


 なるほどとリーナは思った。


「このお菓子は誰かに貰ったものだね?」


 リーナは頷いた。


「これが特別なお菓子だと知っていて、貰ったのかな?」


 リーナはまた頷いた。


「これを持っているのを誰かに見られたくなかった。だから手でポケットの上を抑え、急いでいた。そうだね?」


 リーナは頷く。まさにその通りだった。


「それをどうするつもりだったのかな? 食べるつもりだった?」


 パスカルは気づいた。


「もしかして、捨てて来るように言われたのかな?」


 菓子に問題があった。


 偶然通りがかったリーナに、このことが露見しないよう菓子を捨てて来るよう命令した。


 それであれば、リーナが外部の者に出される菓子を持っていてもおかしくない。


 リーナが急いでいたのもわかる。


「後宮の安全性に関わる問題だよ。変な味の菓子だとか、毒入りだと言われなかった?」

「毒入りではないと思います」


 リーナは小さな声で答えた。


「これはご厚意で頂いたのです。普通のお菓子ではないので、誰にも言うなと口止めされました。これ以上は言えません」

「ただ、貰っただけ? 食べていいよって?」

「はい」


 パスカルは拍子抜けした。


 リーナが嘘を言うとは思えなかった。


 但し、問題はなくならない。


「リーナは外部の者に知り合いがいるの?」

「偶然お会いした方にいただきました。今日、初めてお会いした方です」

「初めて会った者に? 怪しいと思わなかった? どうしてくれたのかって」

「パスカル様も初めてお会いした際、ご親切にして下さいました」


 パスカルは困った。


 あれは仕事で情報収集のための手引き役をしていた時だった。


 後宮の者を外に連れ出して情報収集の得意な者に引き渡し、また後宮へ戻す。


 だが、リーナにとっては怪しい誘いでしかなかった。


 うまく誤魔化したくて、親切にし過ぎたかもしれないというのはあった。


「……どんな者に貰ったのかな? 外部の者だよね? それとも、内部の者?」

「パスカル様」


 リーナはまっすぐにパスカルを見つめた。


「後宮で働くのは王家のために働くことだと教えられました。だからこそ、言えません。王家のためです。悪いことはしていません」


 パスカルは理解した。


 リーナは王家のためだと言われ、外部の者に協力するよう言われた。


 命令されたのかもしれない。


 そして、その見返り及び口止め料として菓子を与えられた。


「じゃあ、僕も伝えないといけないかな」


 パスカルは決めた。


 名乗ることを。


「王太子の側近パスカル・レーベルオードとして命令する。何があったのか、正直に話すように。この命令に従わなければ、王家への反逆の可能性があることを考慮し、警備に引き渡す」

「王家への反逆?」


 リーナは驚いた。


 パスカルが王太子の側近であることもだが、何も言わなければ王家への反逆になるというのだ。


 王家のために働いたはずというのに、逆に疑われてしまった。


「国王や王太子であれば僕の命令を取り消すことが出来る。でも、リーナには無理だ。王族の側近である僕の命令に従うしかない。わかるね?」



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