597 次の課題
「皆様、おはようございます」
月曜の朝礼が始まった。
「土曜日の舞踏会では、無事大役を務めることができたとの知らせが届いています。皆様方の努力と勉強の成果が出たのでしょう。これからも慢心することなく勉学に勤しんでいただきたく思います」
ペネロペは定型文を読み上げるようにスラスラと挨拶を述べた。
普通に考えれば、今週から元の側妃候補のための授業に戻る。以前から入宮している側妃候補にとっては退屈極まりない時間がやって来るということだ。
しかし、その予想は良くも悪くも裏切られることになる。
「では、いくつかの連絡事項があります。まずは選択科目についてです」
これまでの選択科目は側妃候補達が希望したものが受講できた。
しかし、実際に授業が始まると欠席者が多く、出席者が一人もいない場合もあった。これでは講師を手配しても無駄になってしまう。
そこで、今回は三種類の選択科目のみ授業が行われ、それ以外の選択科目を希望した場合は全て自習になることが決まった。
「それでは授業が行われるものを発表します。月曜と木曜の五時限目になる選択一はダンスになります。火曜と金曜の選択二は社交、水曜の選択三は芸術です。それ以外の科目を希望していた場合、全て自習になります」
「確認したいのだけど」
エメルダが発言した。
「選択科目は三つの授業しか行われないということ?」
「そうです。選択一の中から、ダンスを希望した方は授業を受けます。ですが、それ以外のものを希望した方は自習です。二においては社交、三においては芸術を希望した方のみ授業があります」
「それはあまりにも酷い対応ではなくて? 私達は勉強するためにここにいるのよ。なのに、希望しても勉強できないというのはおかしいわ」
「決定したことには従っていただくしかありません」
「だったら希望を変更してダンスと社交と芸術にするわ。自習よりはましだもの」
「それはできません」
ペネロペは強い口調で否定した。
「すでに受講者は決定しており、その人数に合わせた講師や授業内容、場所等を手配しています。変更は認められません」
「一人位増えても大丈夫でしょう?」
「いいえ。一人許してしまえば、他の方々も変更したいと言い出すかもしれません。結局何人も変更したいということになると困りますので、一切の変更は認められません」
「では、聞いてみましょう。他にも私のように希望を変更したい方はいらして?」
次々と手が挙がった。
本当に変更したい者もいるかもしれないが、エメルダの邪魔をする目的の者も含まれている。そうとしか思えないほど多い。
エメルダは手を挙げた者達を睨みつけた。
「このように変更希望者が多数でてしまうと対応できないため、諦めていただくしかありません。自習時間は好きな科目について勉強できます。授業がないからといって無理に別の授業を取る必要はありません」
ペネロペはそう言うと、次の連絡事項に移った。
「ではもう一つ。今週の金曜日の朝礼までに小論文を提出していただきます。これは側妃候補の審査をするための提出物になります。テーマは退宮後にどうしたいか、です」
学習室がざわついた。
小論文の提出とテーマはカミーラ主催の夕食会で話された情報通りだった。
「小論文は全員に提出していただきます。勿論、リーナ様も書いて下さい」
「はい」
リーナは特に動揺することもなく頷いた。
「小論文についてどのようなことを書くのかは自由ですが、必ずご自身で考えた内容にして下さい。誰かに相談してこのように書けばいいと言われたようなこと、本からの抜粋等は禁止です。また、この小論文を元に面談方式による質疑応答も予定しています。ですので、提出したものの写しを必ず作り、保管しておいて下さい。そして、その小論文の内容について質問された際、答えられるようにしておいてください。面接がいつになるかはわかりませんが、早ければ週末になる可能性が高いということです」
ペネロペはファイルから書類を取り出した。
「小論文に関する説明書を配りますので、参考にして下さい。では、朝礼は以上です」
ペネロペは書類を配り終わるとするに退出してしまい、書類を読む間もなく作法の講師が部屋に来た。
「皆様、おはようございます。土曜日はお疲れ様でした。無事、大役を務められたとのこと、さすが側妃候補の方々だと多くの方々が賞賛されていたとのことです。これからも、自らの身分、立場などに相応しい言動を心掛け、立派な淑女であると思われるように努めましょう。そのためには作法の勉強が必要です。では、授業の前に自己紹介をします。私は月曜日と水曜日の作法を担当するキアニーです。よろしくお願い致します」
学習室において、キアニーのことを知らないのは、先週の水曜日の礼儀作法を欠席したリーナだけである。
しかし、キアニーは全員にという形で自己紹介をした。
「さすがにリーナには名前を売り込みたいわけね」
ラブが皮肉気に呟くと、キアニーはラブを厳しい表情で見つめて言った。
「ラブ様、敬称は重要です。リーナ様、です」
「はいはい」
「返事は一回で結構。淑女らしかぬ行動は慎むように。では、授業を始めます」
授業の内容は、敬称の違いと使い分けについてだった。
作法の時間が終わると、すぐにアルディーシアがリーナへ声をかけた。
「リーナ様、選択科目は何を選ばれましたの?」
やはりその質問かと他の側妃候補達は思った。
「一がダンス、二が社交、三が芸術です」
その答えもまた予想通りだった。
以前から入宮している側妃候補達はすでに散々選択科目を選ぶ機会があった。今更何かを選んだところで、多くのことを学べるとは言えない。すでに知っていること、習ったことの復習と確認になるだけだ。
カミーラ達も入宮したばかりだが、本当の意味で側妃候補として勉強するためではない。リーナの付き添いのようなものだ。
つまり、側妃候補の中で本当に勉強すべき者はリーナだけ。そこで後宮はリーナの希望する選択科目のみを授業として手配することにしたというわけだ。
「ベルはダンスにしたの?」
「勿論よ、アルディーシアは?」
二人は特別親しい関係というわけではない。だが、互いにダンスを得意とするだけに、以前からダンスに関連した催しやクラブを通しての交流がある。
「勿論、ダンスにしたわ。リーナ様はダンスが苦手なようだから、練習したいのではないかと思って」
「じゃあ、一緒に勉強できるわね。よろしく」
「こちらこそ。リーナ様もどうぞよろしくお願い致します」
「よろしくお願い致します」
リーナも挨拶すると、別の者がリーナに挨拶した。
「私は社交を取りましたの。ご一緒できますわね。よろしくお願い致しますわ」
セレスティアがそう言うと、すぐにユーフェミニアも加わった。
「私も社交を選択しましたの。どうぞよろしく」
「私も社交を選択しておりますの。どうかよろしく」
カミーラは優雅な笑みを浮かべて挨拶をした。
セレスティアとユーフェミニアは心の中で舌打ちをしたものの、表面上はにこやかな表情を浮かべたままだった。
「まさかリーナ様が社交を取られるとは思いませんでした。どのような授業かご存知ないのでは?」
エメルダが口を挟んだ。
「社交の時間は候補達でおしゃべりをするだけです。ただのゴシップ話を耳にするだけで、勉強できることなどありません。もっと有意義な科目を選択すればよかったと後悔することになりますわ」
「社交界の話題を知っておくのはとても重要よ。むしろ知らないと、社交ができないわ」
「女性の社交のほとんどはゴシップ話だもの。知らないのは損だわ」
「仮にも授業ということであれば、より崇高な話題をすべきです。貴族新聞の内容から政治や経済など、様々な重要な出来事を抜粋して話し合うというのであればともかく、適当に今流行っていることについて話すだけでは、勉強とはいえません」
「そういったことは社会などの授業でもいいのでは?」
「楽しい授業も必要ですわ。色々な新聞や雑誌を比べて話すこともありますし、比較論、あるいは情報論についての勉強ともいえますわ」
ああいえばこういう。
まさにエメルダ、セレスティアとユーフェミニアは社交の授業についての意見を激しく交換し合った。
「リーナ、よく見ておくといいわ。これが多くの貴族の女性達がする社交よ。つまり、自分の意見をあれこれ好き勝手に言って相手にケチをつけるだけ。不毛でつまらないことも多いけれど、退屈しのぎにはなるわよ」
ラブの痛烈な一言により、三者による意見交換は終了した。
だが、ラブは本心を隠していた。
敵同士が足を引っ張りあうのを見るのは結構楽しめるわよ。本当はこう言いたかったけれどね!
ラブなりに自重をしていたつもりだった。
午前中の授業が終わるとお昼になる。
各自昼食を取るために部屋に戻るのだが、カミーラはリーナに一緒に昼食をどうかと誘った。
「確認しないとお返事できないので」
「そう思いまして、私の方から兄に伝え、王太子殿下から許可を貰っておきました。また、これからはリーナ様が一人で寂しく昼食を取られることがないように、平日の昼食時は私達がご一緒することになりました」
「えっ、そうなのですか?」
リーナは突然の知らせに驚いた。
「はい。学校でも昼食時になると生徒達は食堂に集まり、気の合う者達と共に食事をとって親睦を深め、勉強や授業について意見を交換し合います。それと同じようなものになります」
学校でも同じようなものだと説明することで、カミーラはリーナが受け入れやすいと感じるようにした。
しかし、毎日の昼食を一緒にすることにしたのは、単にリーナが寂しく食事をしなくて済むようにという理由以外の目的もある。
それはリーナがカミーラ達と親睦を深めることによって、貴族の女性達と仲良くできるような下地、社交や食事会の経験を積ませることや、カミーラ達がリーナの情報や考えを入手して動きやすくするためだった。
今回、リーナが選択科目を何にするかという情報が提出日までにカミーラ達に伝わることはなかった。
カミーラ達はリーナと同じ科目を取りたいと思い、直接聞く以外にも兄を通して、あるいは侍女を伝令に送って知ろうとしていた。
ところが、リーナに関する情報漏洩には細心の注意が払われているせいで、カミーラ達に情報が伝わらない。直前に決めたようなことであれば尚更わからないままになる。
そこで、普段から一緒に過ごすことで、リーナの考えや行動をより予測しやすくすると同時に、カミーラ達が情報を入手しやすくする機会を設けることになった。
「私達は学友としてリーナ様をお助けしたいと思っています。例えできないことがあっても、努力を重ねていけば、成し遂げることが可能です。ですが、仲間がいた方がいいこともあります。カドリーユはまさにそうでした。一人で練習することができないわけではありませんが、二組や四組で練習した方がいいに決まっています。私達は舞踏会の接待役、カドリーユを踊るという試練を共に乗り越えた仲間です。遠慮されることはありません。何でもおっしゃって下さいませ」
「ありがとうございます」
リーナは微笑みながらお礼を言った。
だが、二人の雰囲気は固いままだ。
カミーラが丁寧な口調、正論に思える理屈を多用するからこそ、リーナはかしこまってしまう。
すぐにベルが雰囲気を和らげるために動いた。
「カミーラは礼儀正し過ぎてちょっととっつきにくいかもしれないわね。その点、私は問題ないわ。普通に気安く話しかけてね! ダンスの授業でも一緒でしょう? 仲良くしながら授業を受けた方が楽しく勉強できるし、上達も早いわよ!」
「そうですね」
リーナは頷いた。
ベルのおかげでその場の雰囲気が改善された。
「お腹空いたわ。話は食事の時にすればいいでしょ。さっさと移動しましょうよ」
最も飾り気がない言葉で協調的な雰囲気を壊したのはラブだった。





