表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

596/1360

596 笑顔のカドリーユ(二)

 第二王子はダンスの名手として知られている。その相手は当然相応しい踊り手でなければおかしい。第二王子の美しいダンスを邪魔するだけでなく、足手纏いになってしまう。


 また、カドリーユは相手を交換するだけに、相手側のペアに関しても同じく、相応の技能が求められる。


 しかし、第二王子と踊るのはレーベルオード伯爵令嬢。平民から貴族になったばかりの女性であるため、どの程度の能力があるのかわかりにくい。少なくともダンスの名手だという話はない。むしろ、普通かそれ以下という評価だ。


 実際、ファーストダンスをデーウェンの大公子アイギスと踊ったものの、無難に踊っていたように見えた。


 舞踏会はダンスの競技会ではない。初めて踊る国賓と打ち合わせもなしに技能的なダンスを踊ることはまずありえない。


 だが、リーナのダンスを見て高い技能がある、非常に素晴らしいダンスだと思った者達はいなかった。ミスはなかったように見えたというだけだ。


 むしろ、デーウェンの大公子がずっと口を動かして話していたため、ダンスよりも何を話しているのかに注目が集まった。


 加えて相手のペアはウェストランドの兄妹。


 セブンのダンスは技術的な問題はない。極めて正確にミスなく踊ることができる。


 だが、表現力が乏しい。いつも無表情で淡々と踊っているだけだ。友好に相応しいと思われるような明るく楽しいムードを醸し出すのは非常に困難に思えた。


 加えて、ウェストランドの色は黒のため、衣裳も当然黒く、しかも正装はロングダブレットだ。長い髪も黒。そのせいで、立っているだけでも重々しく暗い雰囲気に見えてしまうのもある。


 妹のラブは未成年のため、公式行事の舞踏会で踊ったことはない。しかし、すでに夜遊びを常として様々な夜会に顔を出し、踊っている様子は目撃されている。


 ダンス自体は踊れるものの、普通に踊るのはつまらないといって自由にアドリブを利かせる癖がある。自分を抑えながら極めて普通に、しかも他の者達と合わせて踊れるかどうかが課題のように思えた。


 つまり、第二王子以外のメンバーはどう考えても王太子の寵愛やウェストランドという家柄を考慮したのであろうというペアで、素晴らしいダンスを期待できるようなメンバーではなかった。


 だからこそ、最初のペアに関してはしっかりと踊れる者達を揃えて来たのだろうと多くの者達が推測していた。


 頑張れ、リーナ! エゼルバード、頼んだぞ!


 クオンの心の中の応援が二人に届いたのかどうかはわからない。


 リーナ達の踊る時間は約一分。特に何事もなく終わった。


 ミスはなかったものの、素晴らしいダンスとは言いにくい。無難にまずは踊ったという感じだった。比較した場合、最初のペアの方が断然上だ。


 リーナもラブも大舞台で踊るという緊張からか、練習よりも動きが硬く、間合いも狭い。広いダンスフロアだからこそ、二人の動きが小さいのがより目立ってしまった。


 しかし、ダンスを覚えたてのリーナと公式の場で初めて踊るラブにとっては、上々の滑り出しだとエゼルバードは判断した。


「良かったですよ。次はもっと楽しみましょう」


 第二パートが終わる。まだミスはない。


「次はもっと大きく、自由に。風に舞う花びらになりなさい」


 第三パートも終わったが、やはりミスはない。


 踊り慣れてきたこととエゼルバードの助言のおかげでリーナの硬さがほぐれ、間合いも広く動きが大きくなった。


 リーナに合わせていたラブも同じように間合いを広く取り、動きが良くなった。


 二人の踊りは変化しているが、タイミングはずれていない。しっかりと音楽に合わせていた。


「セブンの手を強く握りなさい。笑顔を見せてあげなさい」


 第四パートは男性が一人で踊り、もう一人の男性が二人の女性と手を取り合う部分がある。両手に花といわれる箇所だ。


 リーナはエゼルバードに言われた通り、セブンと手を取り合う際、強く手を握った。


 通常、女性は軽く手を乗せる程度で、男性側がそれを適度に握ることになる。


 リーナが強く握り返してくることにセブンは驚いた。


 思わずリーナに視線を移すと、リーナの視線と合い、にっこりと微笑まれる。


 エゼルバードか。


 セブンは瞬時にリーナの行動が誰の指示によるものかを察した。


 笑顔は苦手だ。


 いくらエゼルバードが望んだことだとしても、セブンの笑顔はわざとらしい。雰囲気をよくするどころか、不気味に思われ悪くなりかねない。


 それでもセブンは努力した。


 しっかりと引き結んだ口を和らげて少しだけあけた。視線はできるだけリーナに向ける。


 王太子が見ている前で……まさに道化役だ。


 セブンは演じた。相手の組の女性のことを気にしてしまう男性を。


 カドリーユは頻繁に相手を交換し合う。リーナと一緒の時はじっくりと見つめ、ラブに戻る際はリーナへの視線をやや残すという仕草をするだけでいい。


「お兄様」


 できるだけリーナから視線を外さないようにする兄に、妹は不満げな口を上げた。


「笑顔は無理だ。お前が笑え」


 お兄様が笑顔で踊るわけがないのはわかっているけど。


 ラブはそう思いつつ応えた。


「リーナだから我慢してあげる。結構気に入っているの。嫌いじゃないわ」


 その一言はセブンを驚かすのに十分な言葉だった。


 あまり感情を示さない兄が表情を動かしたため、妹は企みが成功したことを喜ぶ笑顔を浮かべた。これもまた笑顔には違いない。


 ラブはなかなか自分の相手をしてくれない兄と踊る機会を目いっぱい楽しみ、堪能するつもりでいた。


 このような機会を得ることができたのは、紛れもなくリーナのおかげだ。だからこそ、それに見合うだけのことはしてもいい。


 リーナの踊りに合わせる位は簡単だからしてあげる。お兄様の表情を変えるための言葉も必要だから仕方がないわ。おかげで貴重な表情を見ることができたし!


 心の中で、ラブはそう思っていた。




 カドリーユは全部で五パートある。四パート目が終わっても、どの組もミスをしていなかった。


 ここまで来ると、とにかくノーミスで最後まで踊り切ることを誰もが期待する。


 カドリーユはそもそも多くの者達で踊るダンスのため、個人技を見せつけ合う必要は必ずしもない。逆にそういった個人技を見せつけたい者がいると、その者だけが目立ってしまい、全体の調和が乱れてしまいかねない。そうなれば、むしろ全体評価はマイナスだ。


 カドリーユを踊る者達はそのことをしっかりと理解していた。


 ダンスの技能は相応にあったとしても、必ず個人差がある。本当に全員が揃えるのは難しい。だからこそ、グループごとに、あるいは二組ごとにできるだけ合わせることで美しさを演出する。


 踊りに自信のある者こそ、自らの技能に溺れることなく、相手組との調和を図るために技能を駆使し、それに自分なりの表現力を加えるのだ。


 このまま最後まで!


 多くの人々の期待と興奮が高まっていく。多くの視線が見守る中、踊り手達は笑顔のまま円を描くように踊った。いつしか軽快な音楽に合わせ、手拍子が鳴り始めている。


 そして、ついにその時が訪れる。四組のペアが中央に集まり、一斉に手を掲げて最後のポーズを決めた。


 終わった!!!


 ノーミスだ!!!


 完璧だった!!!


 人々の想いが溢れ、舞踏会の会場に割れんばかりの大拍手が響き渡った。


「素晴らしいカドリーユだ!!!」


 アイギスは満面の笑みを浮かべながら興奮を隠そうともせず、惜しげもなく拍手を贈った。


だが、その隣に座る者は動かない。


「クオン?」


 ゆっくりと時間をかけ、クオンは大きな息をついた。


「……良かった」


 これはカドリーユが素晴らしかった、という意味ではない。リーナが無事踊り切ったことに対する安堵の気持ちだった。


「エルグラードの王太子をこのようにしてしまうリーナは本当に凄いな。女性で良かった。男性なら嫉妬して張り合ってしまうところだった」


 おどけるような調子で言いながら、アイギスはクオンに助言した。


「皆、拍手をしている。素晴らしい踊りを讃えるためだ。クオンもすべきではないか?」


 クオンは視線を走らせた。


 最上位に位置する座に座るのはエルグラード国王、クオンの父親である。


 国王は満足そうな笑みを讃えながら拍手をしていた。


 その隣、やや後ろに設けられた腰掛に宰相が座っている。普段は相手を威嚇するような厳しい表情が多いが、この時ばかりは違った。自信に満ちた表情で、力強く拍手をしている。


 そして、王太子の反対側に位置する王妃といえば、何事にも動じないような固い表情であるものの、その手は確かに動いていた。つまり、拍手をしている。


 これだけ多くの者達が拍手喝さいをする中、王妃が何もしないわけにはいかない。それは公平な判断ではないことが明らかで、王妃の立場をより悪くするだけだった。


 勝利だ! 私の……そして、リーナの!


 クオンはもう一度愛しい女性に視線を戻した。


 リーナはエゼルバード達と共に拍手に応えている。離れていても、満面の笑みを浮かべているのがわかった。


「本当に素晴らしいカドリーユだった。エルグラードとデーウェンの友好はより深く強くなるだろう」


 クオンは確固たる口調でそう言いながら、力強く拍手した。


 エルグラードとデーウェンの友好を示すための舞踏会には、笑顔と拍手と賞賛が溢れかえり、カドリーユの踊り手達は輝かしい栄誉を手にすることになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★書籍版、発売中!★
★QRコードの特典あり★

後宮は有料です!公式ページ
▲書籍版の公式ページはこちら▲

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ