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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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594 友好の舞踏会(二)

 しばらくすると、状況を見守っていた年配の男性が声を張り上げた。


「お前達! 美しい花だからといってたかり過ぎるのはよくない。これでは美しい花が見えないどころか、飛び回る蜂の姿しか見えない。興ざめだろう!」


 リーナを取り囲む外交官達を花に群がる蜂に例えたのは、デーウェンのラダマンティス公爵だった。


「私はデーウェンのクロノス=ラダマンティス。初めてお目にかかるが、前レーベルオード伯爵とは国を超えた深い友情で結ばれていた。パトリックやパスカルのことも幼少時から知っている。親愛の情を込めて、名前で呼ばせて貰おう。私のことも名前で呼んで欲しい。なに、遠慮は無用だ! 私の心は海のように広く深い!」


 リーナはラダマンティス公爵の醸し出すオーラに圧倒されつつも、なんとか声を振り絞って挨拶を述べた。


「……リーナ=レーベルオードでございます。お目にかかれて光栄です」

「クロノス、そう呼んではくれないか? 親友の孫であれば、私にとっても孫娘のようなものだ。ぜひとも、名前で呼んで欲しい!」


 その口調も姿も快活そのものだが、断固として拒否を許さない感じがした。


 リーナは大人しく頷くしかない。


「はい、クロノス様」


 ラダマンティス公爵は満面の笑みを浮かべた。


「声も姿も非常に可愛らしい! いやはや、どのような女性を迎えたのかと気になっていたのだが、これほどまでとは……エルグラードの王太子を射止めてしまうほどリーナは魅力的だ。私の心も立ちどころに射止められてしまったわ!」


 ラダマンティス公爵は豪快に笑った。


「実を言えば、私は留守番役をするようにと言われたのだが、どうしても自分の目で確かめたい気持ちを抑えられず、飛ぶ矢のごとく船と馬を走らせ、エルグラードに来てしまった。老体にはややきつかったが、こうしてリーナと過ごせるのであれば、はるばる来た甲斐があったというものだ! いくらでも両国を行き来できる若造達は放っておけばいい。今夜は私とリーナで楽しく語らおうではないか!」


 老体と言いつつも強引に割り込み、見せつけるように名前で呼び合うことを承諾させたばかりか、話し相手を独占する気だ。


 若造呼ばわりされた外交官達は心の中で悪態をついたが、ラダマンティス公爵はデーウェン王族の一人である。


 現大公の叔父になり、大公子であるアイギスから見れば大叔父だ。引き下がるしかない。


 とはいえ、身分を抜きにした話術や社交の勝負であっても、老練な政治家でもあるラダマンティス公爵は、若手の外交官が束になっても敵う相手ではなかった。


「ところでリーナ、アイギスとはどのような話をしていたのかな?」


 ラダマンティス公爵は無難な話題を挙げたつもりだったが、リーナはすぐに困ったような表情になった。


「……色々とお気遣いいただきました」


 とにかくお世辞が凄かったのであまり聞いていなかったとは言えず、リーナは無難に答えたが、ラダマンティス公爵はまたもや豪快に笑い始めた。


「はっはっはっ! アイギスはリーナの魅力に心を奪われ、賛美の言葉を紡ぎ続けたようだ。大いに結構! デーウェンの男性は女性を心から賛美する。ただのお世辞だという者もいるが、そうではない。心に愛が溢れているだけだ。素晴らしい女性を目の前にして黙っていられるほど、デーウェンの男性は大人しくも慎ましくもないのでな! 海の男は豪快で恐れを知らないのが取り柄だ!」


 ラダマンティス公爵もまたデーウェンの男性だ。次々と話を切り出してはリーナを賛美し、豪快に笑った。


 リーナはひたすらラダマンティス公爵の迫力に圧倒されながらもその話に耳を傾け、相槌を打ち続けるだけで時間が過ぎて行った。




「見ろ、大叔父上がリーナにべったり張り付いている。また、デーウェンの者を追い払った。あれでは他の者がリーナと歓談できない。年甲斐もなく堂々と独り占めするとは……」


 アイギスは大きなため息をついた。


「まったく……あれなら王族席を用意して貰うべきだったか?」


 今回、ラダマンティス公爵はデーウェン外交特使団の一人として来ている。


 代表でもないこと、主に個人的な用件での渡航目的ということもあって、目立つような王族席に陣取ることを拒否し、外交官の中に紛れ込むことを希望した。


 しかし、その目的は王族席に座ると身分が違うリーナを間近で見ることができず、直接会って話すのも難しいという理由からに他ならなかった。


 誰もがラダマンティス公爵の目的を知りながらも、前レーベルオード伯爵という友人を通してデーウェンにエルグラードの富を注入させ、国を繁栄させた立役者だけに、現役を退いている現状であっても、強く意見することはできない。


 それどころか、ラダマンティス公爵の希望通りに事が運ぶように取り計らっていた。


「ラダマンティス公爵のおかげでリーナの周囲に余計な者が近づかない。感謝している位だ」


 クオンはラダマンティス公爵がリーナの側にいることを悪く思ってはおらず、むしろ好都合だと捉えていた。


「クオン、それはよくない。老人でも男だぞ? 私の方がまだ節操がある」

「比べる相手が微妙だ」

「いやいや。ああ見えて、かなりのプレイボーイだ。外交官時代はそれこそ各国に多くの愛人を囲っていた強者だ」

「今も続いているのか?」

「最近は若い女性を孫のようだといって堂々とはべらしている。リーナにもきっと孫のようだと言ったに違いない。女性はそう言われると油断してしまうからな!」

「リーナのことを心配してくれている部分は高く評価する。しっかりと見張っていろ。ラダマンティス公爵がリーナに無礼なことをすれば、両国の友好は瞬時に瓦解する」

「私とクオンの友情はそんなにも脆いものなのか?」


 笑顔で返すアイギスに、クオンはゆっくりと頷いた。


「残念だが、今の私はリーナに夢中だ。いざという時は、デーウェン本国を火の海にすることも辞さないだろう」


 勿論、クオンが個人的感情で大局を見失うことはない。クオンなりの軽口だ。


「海は好きだが、火の海は遠慮したい。それよりも」


 アイギスはことさら口調を小さくした。


「レイフィール王子がいない。どこに行った?」


 クオンは隠すことなく話した。


「レールスだ」


 それはミレニアスとの国境方面であることを意味する。


 アイギスは表情を変えなかったが、慎重に伺うような視線になった。


「ついにミレニアスと事を構える気か?」

「予定がいくつかある」

「どのような予定だ?」

「まずは、ミレニアスとの国境付近に作らせている防火地帯の視察だ」

「どの程度の規模だ?」

「かなりの規模だ。ミレニアスとの国境付近の森林は広大だけに、火災が起きた際の被害が懸念される。これまでは国境付近ということで手を出しにくかったが、今後は違う。国境付近だからこそ、しっかりと整備する。近年、密入国者による人為的な不審火が増えている。大災害を未然に阻止する対策が早急に必要だ」


 クオンは対ミレニアス政策の一つとして、これまでは消極的だった国境沿いの森林開発と管理に取り組み、付近の林業を育成。同時に密入国者の取り締まりも強化する方針であることを打ち明けた。


「なるほど。まずは国内側における対策を強化するわけか」


 勿論、アイギスは防火地帯がただの自然災害対策とは思ってはいない。軍事転用も十分可能、むしろその目的である可能性が高いことも理解していた。


「以前の私は戦争をできるだけ回避したいと思ってきた。しかし、ミレニアスに赴くことにより、気が変わった」

「滅ぼしてもいいと?」


 アイギスの軽口も、時に物騒なものになることがあった。


「話の通じない相手にいつまでも付き合うほど無駄なことはない。ケリをつけるべきだ。戦争がその手段だというのであれば、選択肢の一つにする。だが、父上は戦争に消極的だ。私の手を汚したくないらしい」

「息子想いだな」

「父上は私よりもずっと恐ろしい男だ。どれほどの者達を処刑したか、お前も知っているだろう?」

「正確な数字は知らない」

「私も知らない。それほどに多いということだ」

「まあな」

「だが、取り潰した貴族の数なら調べられる。王家が保持する爵位が一気に増えたと聞いた」


 アイギスは苦笑した。


「大陸で最も多くの爵位を保持しているのはエルグラード国王だろうな」

「世界で一番かもしれない」

「かもな。そして、それをクオンが受け継ぐわけだ。リーナに与えられる称号がどうなるのか楽しみだ」

「勿論、唯一の妻に相応しい称号だ」

「反対する者が多いかもしれない」

「私もまた自らの手を汚すことをためらわない。赤はエルグラードの色だ」

「クオンの色は緑だろう?」

「美しい色だが、この世で最も愛おしい色ではない」


 クオンの視線の先を、アイギスは追った。その先にいるのは一人の女性だ。


「クオンにとって最も愛おしい色はスズランの花を想わせる白に違いない」

「正解だ」

「ならば、エゼルバードが喜ぶ。白はエゼルバードの色だからな。後で教えてやろう」


 クオンはわざとらしいアイギスの返しに眉を上げた。


「ついでに母上への土産を手配して貰うとするか。クオンに任せると不安だからな」

「ふてぶてしい」

「リーナの宝飾品はクオンが選んだのか?」

「勿論だ」

「デーウェンの真珠で作られたネックレスとペンダント、どちらにするか聞かれて選んだだけなのだろう?」

「お前は心底ふてぶてしい」

「よく言われる。私が心底敬愛するエルグラードの王太子の口癖だ」


 二人の話は周囲に聞こえない。


 久しぶりに再会した友人同士、親しく語らっているように見えていた。



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