592 利口な王子
「外務省の者から話を聞きました。側妃候補達がカドリーユを踊りたくないと言っているとか」
エゼルバードは舞踏会に備え、側近や友人といった取り巻き達と事前に打ち合わせをすべく、お茶会を催していた。
そこに外務省の者が緊急だといって駆け込み、事態を収拾するために力を貸して欲しいと懇願されたため、急きょ舞踏会の会場へと来たのだった。
側近はともかくとして、友人達も一緒に来たのは、面白そうなことが起きていると思っているただの野次馬だった。
「当日の予行練習時に突然言い出したと聞きました。なぜそのようなことに?」
「それは外務省が正確な内容について通達していなかったからですわ」
誰よりも早く答えたのは第二王子の側妃候補であるセレスティアだった。
「私達は五パートの四角形配置のカドリーユを練習してきました。ですのに、当日になって外務省が六パートの列形式だと言い出したのです。これではあまりにも内容が違い過ぎますわ」
エゼルバードは眉をひそめた。
やはり王妃と同じく、側妃候補達が踊るのを拒否しているということだけが報告され、パート数や配置が違うことなどについては知らされていなかった。
「それは本当ですか?」
外務省の担当者は青ざめつつも頷いた。
「外務省とデーウェンのやり取りに時間がかかってしまったのです。しかも、六パートの列形式はデーウェンの希望ですでに了承している状態です。今となっては五パートに変更するのは難しく……」
エゼルバードは黙っている王妃へと視線を向けた。
「六パートの列形式であることをご存知だったのですか?」
「いいえ。側妃候補から今聞いたばかりです。外務省は国王府に何の報告もなく、勝手に六パートの列形式を了承したのです。ここはエルグラードだというのに!」
最後の言葉には王妃の本心がはっきりとあらわれていた。
ここはエルグラード。列形式かどうかはともかく、五パートのカドリーユであるべきだと思っていることは間違いなかった。
「外務省が了承してしまっているとなると、変更するのは難しいでしょうね」
「側妃候補は練習不足を理由に、六パートのカドリーユを踊りたくないと言うのです。気持ちはわからないでもありません。ですが、両国の友好のための催しです。非常に重要なダンスを拒否するなどありえません! 側妃候補としての名誉にかけ、短い時間でも、見事踊りきって見せるという覚悟で練習に励むべきではありませんか!」
王妃は側妃候補達を非難するような視線で見つめた。
「王妃の意見は理解できます。ですが、側妃候補は優秀で賢く身分も高い女性達ばかり。自らがあえて危険を冒す必要はなく、他の者に任せた方がいいと判断するでしょうね。私はその判断を悪いとは思いません。むしろ、賢明だと思います。無理をして恥をかくのは自分だけではありません。エルグラードもですから」
エゼルバードは側妃候補達が拒否することはむしろ当然の判断だと擁護した。
「では、側妃候補達が拒否するのを認めるというのですか?!」
「王妃の主張も側妃候補の主張も理解可能だといっただけです。ですが、誰も踊らないわけにはいかないのもわかっています。交代要員を探すにしても、このタイミングでは誰もが十分に練習することができません。踊れないと答える者達が多いことでしょう。では、側妃候補に質問をします。正直に答えなさい。六パートの列形式を踊りたくない者は?」
側妃候補達は遠慮なく手を挙げた。十人である。
「では、質問を変えます。六パートの列形式を知らない、踊ったことも習ったこともないという者は?」
リーナは手を挙げた。しかし、それ以外の者達は手を挙げなかった。
というのも、六パートの列形式のカドリーユは中等部の授業で教えられるダンスの一つであるため、習ったことがないという部分に該当しない。
「では、習った時以外に踊った経験がない、相当久しぶりになるため、ほぼ忘れてしまったという者は?」
三人が手を挙げた。エメルダ、チュエリー、メレディーナだ。
「一応は踊れるものの、自信がない者は?」
カミーラ、セレスティーナ、ユーフェミニア、ラブの四人が手を挙げた。
「十名が踊りたくないと言いましたが、数が合いません。残った二名はどのような理由で踊りたくないのですか?」
「恐れながら申し上げます」
アルディーシアが発言した。
「私とベルーガ様はダンスに自信があります。ですので、踊れる自信のない者達に合わせたせいで、自らの技能評価を下げるようなことは避けたいのです。特に私は養女ですので、レイジングス公爵家の名誉を深く考慮する必要がありますこと、お察しいただきたく思います」
アルディーシアは養女だからこそ、養女先であるレイジングス公爵家に迷惑をかけるわけにはいかない。不名誉なことはできないことを理由に挙げた。
これは勿論、おかしなことではない。むしろ、正当かつ当然の理由であり、養女としては立派な心掛けだと言える。
更にベルを巻き添えにすることで、自分勝手な理由ではない、他の者も同じように思っていると示すことも忘れなかった。
「では、踊れないわけではないのですね?」
「はい。踊ることはできます。この中で最もうまく踊る自信がありますわ」
「ベルーガも?」
「はい。一番とは申しませんが、見苦しくはないほどには踊れます。だからこそ、なんとか踊れるという者との差を埋めるのが難しいかもしれません」
エゼルバードはすぐに答えを出した。
「では、まずは踊れそうな八名で六パートの列形式を踊りなさい。アルディーシアとベルーガのペアが交代するような位置取りにします。踊れない四名はそれをしっかりと見学するように」
エゼルバードは側妃候補達の気持ちや事情ではなく、実際に踊りがどの程度なのかを見て判断することにした。
すぐに演奏が始まり、八組による六パートの列形式のカドリーユが開始された。
確かに踊れてはいる。しかし、ぎこちない。タイミングが遅れる。周囲の様子を伺っているため、首から上、特に視線が必要以上に動いていた。
踊り終えた様子を見たエゼルバードは、容赦なく駄目出しをした。
「このような踊りをエルグラードとデーウェンの友好の証として披露するわけにはいきません。ですが、側妃候補の能力が劣っているためではありません。外務省の責任です」
エゼルバードの言葉に側妃候補達は安堵し、外務省の担当者は青ざめた。
「で、殿下、しかし……側妃候補の方々であれば問題ないだろうと思うのが」
「勝手に判断したのが間違いです」
エゼルバードは冷たい口調で一喝した。
「側妃候補は確かに優秀ですが、全員がダンスの名手ではありません。得意分野がそれぞれあります。中にはあえて口にはしないものの、運動が苦手な者もいるでしょう。それを考慮しない外務省がいけないのです」
側妃候補達は心の中でエゼルバードを拍手喝采した。
「では、練習したというカドリーユを確認します。四角形配置の五パートで踊りなさい」
次は側妃候補全員による四角形配置の五パートのカドリーユを踊ることになった。
リーナやカミーラ達以外の者達も、各自部屋である程度の練習をしていたため、危なげな様子はない。
多少のミスやばらつき等はあったものの、六パートの列形式のカドリーユに比べれば、雲泥の差だった。
「どちらがいいと思われましたか?」
エゼルバードは王妃に尋ねた。
「五パートの方に決まっています」
王妃は当然だと言わんばかりの表情で答えた。
「ここはエルグラードですし、五パートのカドリーユが自然でしょう。デーウェンの要望に応えたくても、練習不足のカドリーユを両国の友好の証の出し物とすることはできません。すぐにデーウェンへ出し物についての変更を伝えなさい。エルグラード王妃の意向により、五パートのカドリーユに変更されたと。配置は四角形です」
エゼルバードは王妃の意向という形で、カドリーユを五パートの四角形配置に変更することにした。
王妃の意向であれば仕方がない。外務省もデーウェン側も受け入れざるを得ないだろうと考える。そう判断したのだ。
しかし、その決定を不本意に思う者がいた。王妃である。
「エゼルバード、私のせいにするのですか?」
「五パートがいいとおっしゃったではありませんか。まさか、出来の悪い方をあえてこのまま出し物に推すつもりですか? エルグラードの王妃としてそう判断すると?」
狡い。だが、利口だ。
誰もがそう思った。
「ですが、男性陣はデーウェンの者達です。変更を了承するかわからないではありませんか。エルグラードの者達だけで踊るわけではないのですよ?」
王妃は抵抗するような言葉を発したが、勝ち目がないことは本人にもわかっていた。
「では、カドリーユはエルグラードがデーウェンをもてなすために披露する出し物として、エルグラードの者だけで踊ることにしましょう。その方が簡単に対処できますし、デーウェンも無理に参加する必要がなくなります。さすが王妃ですね。素晴らしい指摘でした」
エゼルバードは何もかも王妃が考え、提案したような口調でそう言った。
確かに王妃は男性陣がデーウェンの者達であること、変更を了承するかわからないことを指摘したが、エルグラードの者達だけで踊ればいいと言ったわけではない。
しかし、王妃の指摘は結果的にエルグラードの者達だけで踊ればいいことを暗示している、エゼルバードはそう捉えたような言葉にした。だからこそ、王妃を褒めた。
まさに巧みな話術で自分の都合よく事を運ぶエゼルバードの本領が発揮された。
王妃は自分の指摘が素晴らしいと褒められつつ手柄を献上されたため、それ以上反論することができなかった。
「とはいえ、この者達ではね」
エゼルバードは練習相手を務めた男性陣を見つめて言った。
「男性側も相応に高位の者がいいでしょう。せっかくですので、希望を取ります。この場にいる者で、踊りたい者はいますか?」
「レーベルオード伯爵令嬢と踊りたい」
すぐに申し出たのはディヴァレー伯爵ことセブンだった。
勿論、リーナの名前を出したのはわざとである。
すると、エゼルバードの取り巻き達が次々と名乗りを上げ、リーナと踊りたいと申し出た。
「さすが、私の可愛いリーナはとても人気がありますね」
エゼルバードは微笑んだ。
「リーナは兄上の恋人。自分以外の者と踊ってもいいという許可を与えることはなかなかないでしょうね。とても貴重ですので、皆が踊りたがるのも当然でしょう。ですが、兄上の次にリーナと踊る権利があるのは、妹のようにリーナを可愛がっている私に決まっています。それなら皆が争うこともないですからね。そう思いませんか、ロジャー?」
「勿論その通りだ」
ロジャーがしっかりと相槌を打った。
こうなることは取り巻き達もわかっていた。むしろ、エゼルバードがリーナの相手役に名乗り出やすくするために、わざとリーナと踊りたいと申し出た。
長年共にしている取り巻きだけに、臨時対応も抜群の出来である。
「ロジャーは踊らないのですか?」
「セブンに譲る」
エゼルバードが参加するということであれば、リーナの相手は決定だ。
しかし、カドリーユはもう一組と踊る相手を交換する。つまり、もう一人の男性がエゼルバードと交代する形でリーナと踊ることができる。
エゼルバードの第一の側近はロジャーになる。そのロジャーが参加すれば、リーナのもう一人の相手はロジャーだ。しかし、ロジャーが参加しなければセブンになる。
そこで、いかにもセブンがリーナと踊りたがっていることに対し、自分が配慮をしたという形にした。
「では、交代役はセブンにしましょう。序列の優先は基本です」
エゼルバードが駄目押しをした。序列を持ち出されては、セブンに敵う者はいない。
「お兄様と踊れるのね! だったら頑張るわ!」
突然、嬉しそうに叫んだのはラブだ。
リーナと相手を交換するペアの女性はラブになる。つまり、ラブとセブンが組むということになる。
「兄妹ペアで丁度いいですね。私とリーナも兄と妹のような関係ですので」
エゼルバードの不敵な笑みは止まらない。
問題が起きたと聞いたものの、おかげでリーナと共に堂々と踊ることができる。しかも、リーナが初めて出席する王宮での舞踏会における相手役だ。
王妃を有効利用し、万事を思い通りにして見せたことも気分が良かった。
デーウェンが急な変更に気分を害しても、王妃の評判が下がるだけ。エゼルバードも王太子も痛くも痒くもない。むしろ、その方が丁度いい位でもある。
「希望者も多いことですし、男性の方も問題なさそうですね。万が一踊り手が不足するような場合は、私の方で男女共に手配します」
エゼルバードはそうすることで、カドリーユの人事権及び組み合わせに関する決定権を完全に掌握した。
「これで問題は解決です。私が参加する特別な出し物に対し、文句をつける者がいるわけがありません。王妃も安心したことでしょう」
「……変更するからには、しっかりと踊りなさい。少しは練習をしておいた方がいいでしょう」
まんまとエゼルバードにしてやられたわ。
王妃は自らの感情を抑えるようにしながら忠告した。
「そうですね。では、これから皆で練習しましょう。華があるメンバーですので、楽しい練習になりそうです」
カドリーユを踊るのはエルグラードでも高位の者達ばかり。しかも、容姿に優れた者達がほとんどだということを考えれば、華があるというのは間違いない。
しかし、この場で最も華やかな存在は、美貌のみならず、外務省の者や王妃さえ解決できない問題をすぐに解決してしまうほど優秀な第二王子エゼルバードに他ならなかった。





