59 侍従の休憩室
リーナは豪華な椅子に座り、美味しいお菓子を食べた。
結局、軍人の部下らしい男性はお茶を用意した。
「毒見しなさい」
「味見ということだ。わざと毒見と言っている。ブラックジョークだ」
それで笑っていたのね……。
リーナはお茶を飲んだ。
非常に美味しいお茶だった。
「どうだ? 美味しいか?」
「美味しいです」
「菓子と茶を堪能したのです。何か考えなさい」
「急かすな。どうせ今日は休みで暇なのだろう? ここでくつろいでいけばいい。リーナの階級では出入りできない部屋も堪能できる。ついでに考えればいいだけだ」
確かに暇ではある。
だが、意地悪でブラックジョークの好きな男性がいる。
できるだけ早く退出したいとリーナは思った。
その時、
「そういえば……」
意地悪な男性で思い出した。修理部の侍従だ。
「何かあるのか?」
「もう一度、二階の見取り図を見せていただいてもいいでしょうか?」
「構わない」
リーナは見取り図をざっと確認した。
「やっぱりないです!」
「何か足りないのか?」
「わかるように説明しなさい」
「第二休憩室です」
水漏れで修繕部に行った時のことだった。
リーナは修理部にも行く用事を頼まれた。
だが、修理部に担当者はいなかった。
そこで担当者が場所を教えて貰い、あちこち探しまくった。
「侍従の休憩室に行った際、第二や第三を探せと言われたのですが、見取り図に第二休憩室や第三休憩室というのはありません。侍従の休憩室も休憩室になっていて、第一休憩室とは書いていません」
「休憩室が複数あるのか」
「侍従の所へ行くことがほとんどないので忘れていました」
「その休憩室はどこですか?」
「離れた場所にあって……思い出しますのでちょっとお待ちください」
リーナはもう一度記憶を探った。
そして、見取り図を見て確かめる。
「ここが第二休憩室です。違う名称なので情報が古いようです」
「撞球の間が休憩室なのか?」
軍人は驚愕した。
「教えられた部屋の位置からいうとここです。部屋の中には大きな机があって、小さい球を棒でつく遊びができます。それをしながら休憩するようです」
ビリヤードだ。
まさか侍従が……。
二人の男性は言葉を心の中に留めた。
大発見だけに、余計なことは言えないと判断した。
「第三休憩室はここです。喫煙の間とあります。この部屋は喫煙可能なようで、タバコや葉巻を吸う者がいます。気持ち悪い空気がいっぱいでした」
二人はリーナの言葉が信じられなかった。
この二つの部屋は侍従のための部屋ではない。王族のための部屋だ。
休憩室に変更されるわけがない。
そのような変更があったと聞いたこともなかった。
事実であれば違反だ。
ただの問題行為ではない。王族への不敬行為として重罪にできる。
悪質であれば反逆罪に問われるほどのことだった。
「本当にここは侍従の休憩室なのか? 勘違いではないのか?」
「そう言われると自信がないのですけれど……たぶん第二休憩室と第三休憩室です。名称を変更しないといけません」
「はっきりとしないのであれば確認した方がいいだろう。ローレン、アレクと共に見てこい。念のため数人連れて行け」
「わかりました」
ローレンと呼ばれた男性は部屋を出て行く。
軍人はリーナに顔を向けた。
非常に嬉しそうな表情をしている。
「リーナの言ったことが本当なら、お手柄かもしれない」
「お手柄ですか?」
「本当であればだが」
「嘘はついていません!」
「嘘をついているとは思っていない。だが、偶然そこにいただけかもしれない。仕事で問題がないかどうかを調べていた可能性もある」
「水漏れの修理が終わるまでの四日間は、毎日そこを探しに行きました。なので、四日間は休憩室として使用されていました。何人もの侍従が休憩していました」
「ほう。何人もの侍従が」
軍人はにやりとした。
「何人位だ?」
「第二休憩室は十人前後です。第三休憩室の方が多かったです。二十人位はいたと思います。あの部屋には壁沿いに腰かけ椅子があるのですが、それがほとんど埋まる位の人がいました」
「腰かけ椅子に座って、喫煙していたのか?」
「そうです」
軍人はより笑みを深くした。
「楽しみだ」
リーナは気づかなかった。
軍人の笑みがどのような種類のものなのかを。
リーナはお茶とお菓子を楽しみながら、普段の生活や仕事、借金について軍人と話していた。
時間が経ち、ローレンが戻って来た。
「素晴らしい報告があります」
「聞こう」
「撞球の間に六名、喫煙の間に十八名いました」
「侍従か?」
「そうです。喫煙の間には侍従長補佐もいました」
「よし!」
軍人は非常に嬉しそうに叫んだ。
「捕縛したか?」
「当然です。アレクが指揮を執っています」
「明日までに間に合いそうか?」
「アレクからの報告待ちかと」
「侍従長補佐か。まあまあだな」
「そうですね」
ローレンは頷いた。
「事態をあえて公表せず、罠を張るのもいいかと。毎日違反者を捕縛できる可能性もあります」
「現行犯として逮捕したくはある。だが、人数が多いほど露見しやすい」
「他の問題もあります。この召使いの処遇についても」
軍人の視線がリーナに注がれた。
その表情は真剣だ。これまで機嫌良く話していた雰囲気は一切なかった。
リーナはたちまち不安になった。
「仕事をサボっている侍従が大勢いたようだ。捕縛して取り調べをすることになるだろう。そのせいで約束がより重いものになった。だが、リーナなら大丈夫だ。誰にも話さない。そうだな?」
「はい!」
リーナは必死な表情で何度も頷いた。
「ということだ。大丈夫だろう」
「余計なことをすれば、身を滅ぼします。命を粗末にしないように」
「これ以上脅すな。不安を煽れば、逆に秘密を守りにくくなる」
軍人は厳しい口調で注意した。
「ご苦労だった。第三王子のために働いただけだ。何も心配はいらない」
そうだといいけど……。
リーナは心の中で呟いた。
「残っている菓子をやろう。部屋で食べればいい」
「持ち帰らせるのですか?」
ローレンは眉をひそめた。
「リーナは二人部屋だが同室者がいない。一人で使用しているなら大丈夫だ」
「そうでしたか」
ローレンは小皿を持ち上げ、リーナのエプロンのポケットに菓子を流し込んだ。
「これは外部の者に出される菓子です。どうやって手に入れたのか聞かれないよう、誰にも見つからないようにしなさい。いいですね?」
「だったらいらないです」
「これは口止め料です。受け取った以上は返せません。もう行きなさい」
「これで失礼します!」
リーナは一礼すると部屋を出た。
ようやく解放されたと感じたが、ゆっくりしている暇はない。
休日にもかかわらず、二階の応接間付近にいるのを誰かに見られるのはよくない気がした。注意されてしまうかもしれない。
お菓子を持っていることを知られたら、問題になりそうだった。
リーナは自分の部屋に急いだ。