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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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589 それぞれのタイプ

 リーナは列形式のカドリーユをすぐに覚えることができた。


 四角形配置と大きくは変わらない。だが、違う部分もある。


 まずは歩幅。


 四角形配置の方がより広い面積を使って踊るため、歩幅を大きくしなければ音楽に合わせて移動できない。


 逆に列形式は狭いスペースで踊るのが前提のため、歩幅を小さくしなければならない。


 次にステップ。


 四角形配置の際はより技巧的に踊るため、スキップするような軽快さが必要だ。それに伴い、ドレスの裾を上げる必要も出てくる。


 それに対し、列形式は優雅に歩きながら挨拶をするような踊り方になる。ドレスの裾を上げる際も控えめで、足は見せないように気を付ける。


 三つ目は踊りの内容。


 四組で踊るような部分がなく、列形式は二組で踊るのに近い。細かい部分の動きも異なる。


 第五パート目は新しく覚えるのに近いが、男性のリードに従えばよく、習得が難しいものではなかった。


「勉強になりました。ありがとうございました!」


 リーナはお礼を言うと、ベルが笑って答えた。


「ダンスは得意だからいくらでも教えてあげるわ! 勿論、練習する時は付き合うわ。手本を見せることもできるし、いつでも呼んで?」

「そういっていただけると助かります」

「今回はベルの得意分野だったけれど、私の知識もかなりのものだと自負しております。何かありましたら気兼ねなくご質問下さい」

「はい。ベルーガ様もカミーラ様もありがとうございます。それからラブ様も、お手数をおかけしてすみませんでした。おかげでまた一つ勉強になりました。ありがとうございました」


 ラブは不機嫌そうな顔をしつつも、文句を言うことなく練習に付き合っていた。


 リーナはラブを無理やり練習に付き合わせてしまった気がしていたため、その分余計にお礼をしっかりと言わなければと思っていた。


「別に気にしなくていいわよ。はっきりいって、暇だったし。ここって何でも好き勝手にできるわけじゃないから住みにくいし、やることないのよね」

「住みにくいでしょうか?」


 リーナは特別待遇のせいか、不自由な思いをしていると感じてはいなかった。


「当たり前でしょ? 勝手に部屋を出たらいけないし、庭にだって行くのに許可がいるのよ? 馬車で外出もできないし、友達とおしゃべりしたり、買い物したりもできない。ただ、部屋にいて出てくる食事を食べて寝るだけなんて、飼い殺しのペットと同じじゃないの!」


 ラブは今の状況がすこぶる気に入らなかった。


 自由がない。自分の好きにできない。


 自分の意志で部屋に引き籠っているのであればともかく、そうではない。


 外出して遊びに行くのが常であるラブにとって、後宮での生活は窮屈で退屈で到底我慢ができないものだった。


「私はさほど住み心地は悪くないと思いますわ。普段から部屋で過ごすことが多いので」


 ラブのせいでリーナが後宮での生活に不満を感じるようになってしまうかもしれないと懸念したカミーラは口を挟んだものの、自分もまた窮屈で面倒な部分を感じているだけに、あまり多くの言葉は言えなかった。


「でもほら、寄宿学校に入ったと思えばいいじゃない?」


 ベルもなんとか自分なりの言葉を探したものの、うまくは言えなかった。


「一刻も早くここを出て行きたいわ」


 ラブのせいで二人の配慮は無駄になった。


「正直に言うと不思議よ。入ったばかりの私でさえもうこんな気分なのに、古株女は何年もいるわけでしょ? よく我慢できるわね。さっさと理由をつけて出て行きたいって思うのが普通じゃないの?」

「それぞれに何らかの強い事情があるのでしょう。自身の名誉やプライド、実家のこともあります。選ばれて入宮してしまった以上、嫌だからといってすぐに出てくことはできません」

「我慢するよりも、なんとかして出て行きたいって方に頭を動かしてくれたっていいのにね」


 ベルの意見にラブは同意した。


「そう思わせたら私達の仕事も早く終わるわね」

「ちょっと、ラブ」

「ラブ」


 非難めいた視線にラブはため息をついた。


 仕事という言葉が不注意だったことは、ちょっとと言われた瞬間に理解していた。


「本当に面倒……側妃候補よりもシャルゴットの女傑達が」

「それ、褒め言葉じゃないのは明らかよね」

「不注意な会話は損をします。もう少しよく考えてから発言しないと」

「姉でもないくせにズケズケとうるさいわね。この際はっきりいっておくけど、私の方が身分も実家の力も上だってわかっているの? そりゃヴィルスラウン伯爵は王太子の側近だろうけど、貴方達は妹というだけでしょ? ウェストランドを軽視する気がないなら、もう少し自分達の立場を考えるべきじゃないの?」

「あら、身分主義者がここにいるとはね。お兄様に通報しなくちゃ!」

「すぐに身分を持ちだすのは賢明ではありません」


 ああ言えばこう言う。しかも、姉妹で。味方のはずなのに、敵みたいに攻撃されるなんて!


 ラブはすっかり腹を立てた。


「ここにいても嫌な気分になるわ。部屋に帰るから!」

「午後の予行練習はサボらないでよね」

「ではまた後で」


 カミーラとベルはラブが共にいる必要はないと判断し、部屋に戻るのを止めはしなかった。


 しかし、止めに入った者がいた。


「あの、ラブ様、ちょっといいでしょうか?」

「何よ?」


 ラブはリーナを睨んだ。リーナもまたカミーラ達のように余計なことを言う気だと思っていた。


 しかし、リーナが言葉にしたのはお礼の言葉だった。


「一緒に過ごしてくれてありがとうございました。ラブ様と一緒にお話ししたり勉強したりできてとても嬉しかったです。また午後にも予行練習がありますし、夜の舞踏会は一緒に踊ります。その時はどうぞよろしくお願い致します」


 ラブは眉間の皺を一層深くした。


 むしゃくしゃした気分が収まったわけではないが、お礼を言われたことについては悪くなかった。ラブの存在を軽視している言葉ではなく、むしろ配慮している言葉だったのもある。


「……じゃあね」


 ラブは宣言通り部屋を出て行った。


「本当に我儘というか子供というかウェストランドというか」

「いずれにせよ、注意は必要ね」


 シャルゴット姉妹はそう評したが、リーナは違った。


「ラブ様は自分を抑えるのが苦手なように思います。でも、それは悪いことではありません。自分を大切にしている証拠です。きっと、私達の知らないところで沢山我慢しているはずです。だから、もう少し優しくしてあげた方がいいと思うのですが、どうでしょうか?」


 ベルがまず答えた。


「甘やかすのはラブのためにならないと思うけど?」

「そう思われるのは、ベルーガ様がラブ様を大切に思われている証拠だと思います。でも、ラブ様にはそれが伝わっていません。うるさいだけだと思っているのではないでしょうか? だったら、その……まずは優しくしてみるのもいいと思うのですが」

「まあ、わからないわけではないわよ。でも、生意気なのも確かでしょ?」

「人にはタイプがあります」


 リーナは言った。


「注意をされてすぐに反省するようなタイプは水です。注意が怒りを鎮め、冷静さにつながります。でも、ラブ様は油です。注意が怒りを激しくします。ラブ様のことを思うのであれば、火をつけるのではなく、冷静になれるような対応をしてあげるべきだと思います。ラブ様は年齢以上に賢いということでしたし、冷静になれば自分のしたこと、不味かった部分もちゃんと理解して、今度はやめようと思うはずです」


 ベルは困ったような表情をしたまま黙り込んだが、カミーラは逆に笑みを浮かべた。


「さすがリーナ様ですわね。人のタイプを水と油に例えるなんて、面白い趣向ですわ」


 カミーラの言葉によって、ベルもまたその発想の意外さを実感した。


「そう言われればそうかも。普通はもっと違うことに例える気がするわ。水に例えるのであれば、他は火とか風とか、土とか? ラブは間違いなく火ね」

「そうであれば、ベルーガ様は風です」

「そうかもね」


 じっとしているよりは動き回っている方が好きなベル自身そう思った。


「風は火を煽ります。でも、吹き方によっては火の力を弱め、消すこともできます。ベルーガ様の力の使い方次第です」


 ベルはすぐに理解した。


 ラブを火に例えたため、その火を強くするのも小さくするのもベル次第。リーナはそう言いたいのだと。つまり、重要なのは火がどう燃えるかではなく、どう風が吹くかだ。


「なるほどね。さすがリーナ様だわ。ラブは燃えるしか能がないから、私の風でうまく調整しないといけないってことでしょ?」

「……まあ、そんな感じかもしれません」


 リーナはラブを悪く言いたくはなかったため、曖昧な返事になった。


「となると、リーナ様は水かしらね? 平和を好みそうだもの。火を消すのが最も上手そう」

「そんなことないです。私が上手にできることはほとんどない気がします」

「カミーラはそうねえ、動かないから土?」


 ベルは黙っている姉を残った土タイプに当てはめた。


「リーナ様は、私のことをよくご存知ないとは思うのですが、今のところの印象で言うと、水、火、風、土のどれだと思われますか?」

「タイプですか?」

「そうです」


 リーナはじっとカミーラを見つめた後、考え込んだ。


「……難しいですが、なんとなく風です」


 その答えに驚いたのはベルだ。


「風? 私とカミーラは対照的だと言われることも多いわ。私が風ならカミーラは土でしょう? 同じ風のわけがないわ!」

「すみません」


 リーナはすぐに謝った。


 だが、カミーラは妹を嗜めた。


「ベル、そんな風に決めつける必要はないわ。人の考えはそれぞれでしょう? リーナ様は自身の知る情報や印象だけで考えただけ。ベルとは違う情報や印象、答えになっても不思議ではないわ」

「そうだけど、だったら水とか」


 カミーラは決して人前で声を荒げるようなことはしない。いつも静かに微笑みを讃えている。怒る時でさえも。


「むしろ、氷?」


 ベルが笑いながら新しい解釈を加えたものの、カミーラの表情は変わらなかった。


 滅多に動じないものねえ。やっぱり土がぴったりだと思うけど。


 ベルは心の中で呟いた。


「リーナ様は私のどのようなところが風タイプだと思われたのでしょうか?」


 風のようなタイプ、そう聞いて人が思い浮かべるのは行動的あるいは流動的だということだ。


 何かとリーナに話しかけたのが行動的、つまりは風タイプという判断につながったのかもしれないとカミーラは予想した。しかし。


「カミーラ様は目に見えないような風というか、動いていることがわからないような風です。でも、その風で何かを自然に動かしていく感じがします。それに対して、ベル様は見るからに強い風で、いかにも押したり退かせたりする感じです」


 リーナが例えたのは、確かに風だった。


 カミーラやベルが相手に対し、どうやって自分の力を行使するかの違いを風に例えたのだ。


「なるほどね。そういう意味ならわかるかも。確かにカミーラは一癖も二癖もある風よね」

「褒め言葉ではないのは明らかね」


 カミーラは先ほどベルがラブに対して使った言葉を放った。


「ニュアンスが難しいけれど、私なりに褒めているわよ。カミーラが凄いってことを一番理解しているのは私だと思うし」

「そして、私のことをすぐにあてにするのもベルだわ。お兄様とは大違いね」


 ヘンデルは妹達のことを基本的に頼ることはない。


 妹達から見ると、兄は秘密主義者でよくわからない者だ。


「不思議よね。お兄様はどうしてカミーラのことを利用しまくらないのかしら? その方が便利なのに」

「姉を便利屋扱いすべきではないわ」

「便利屋とは思っていないわ。でも、頼れる存在だから」

「言葉を変えればいいというわけではないのよ」


 そんなやり取りをする二人を見て、仲のいい姉妹だとリーナは思った。 


「お二人は仲が良くていいですね。ヘンデル様も優しい方ですし、きっと何かとお二人のことを心配してくれる素敵なお兄様なのでしょうね」


 カミーラとベルは揃ってリーナを見つめた。


「優しい?」

「お兄様が?」


 二人の視線は強い。思わずリーナはたじろいだ。


「えっ、あの……」

「リーナ様の言う通り、本当に兄は優しい男性だと思いますわ。ねえ、ベル?」

「ええ、そうね。とっても優しいわ」


 但し、妹ではない女性が対象になる。妹は対象外。


 カミーラとベルは笑顔を張り付けながら、心の中で断言した。


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