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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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588 土曜日の午前中

 あまりにも忙しい毎日だと、予定がなくなってしまった時の落差に困ることもある。


 土曜日のリーナはまさにそうだった。


 することがない。


 全く予定がないわけではないが、午後からになる。


 ダンスの練習は全てピアノの伴奏だったことを踏まえ、午後にはオーケストラの演奏によるダンスの練習があった。


 特にカドリーユは側妃候補とデーウェンの外交官だけで踊るため、かなり注目される。


 予行練習をして、万全を期すことになっていた。


 それまで何をするかといえば、舞踏会に対する準備に充てればいい。だが、用意は全て整っている。


 リーナは困った。何かしたい。


 ゆっくり本を読むことからもう一度寝ることまで様々な案が出たが、どれもリーナを頷かせることはできなかった。


 そこへリーナが舞踏会で着用するドレスや宝飾品等の最終確認をするため、アリシアがやって来た。


 リーナは早速アリシアに相談した。


「私が相手をしたいけれど、舞踏会関連の仕事で忙しいの。でも、丁度いい者達がいるわ。カミーラ達を呼んでおしゃべりをするのはどう?」

「おしゃべり、ですか」


 確かに時間は潰せるかもしれないが、やはりリーナの気は乗らなかった。


「この後でカミーラ達の衣装も確認に行くのよ。カドリーユを一緒に踊るでしょう? 四人の衣装を揃えた状態で見ないといけないの。一人だけ悪目立ちしないようにね」

「なるほど……」

「特にすることがないのであれば、一緒に行く?」


 アシリアの思わぬ提案にリーナは驚いた。


「えっ!」

「カミーラの部屋は凄く近いのよ。白百合の間というの。他の候補がどんな部屋か気になるでしょう?」

「まあ……でも、なんとなくわかります。以前、働いていたので」


 リーナは側妃候補付きの侍女見習いだった。


 その際、部屋に入ったことがあるため、装飾等は違っても、大体同じような豪華な部屋だろうと思った。


「気分転換に少し歩きましょう。カミーラの部屋なら、私の権限で連れていけるから気にしなくていいわ」


 結局、リーナはアシリアと共にカミーラの部屋に行くことになった。


 自室でくつろいでいたカミーラはアリシアが来る予定であることは知っていたものの、まさかリーナが一緒に来るとは思っていなかっただけに驚いた。


「おはようございます、リーナ様。ウェズロー子爵夫人も」

「おはようございます、カミーラ様」


 授業の時間ではないものの、リーナとカミーラは同じように呼ぶことにした。


「おはよう、カミーラ」


 挨拶をした後、アリシアは早速カドリーユの際に着用する衣装一式を遊戯室に持って行くように指示した。


「遊戯室?」

「リーナ様の衣装は勝手に持ち出せないの。だから、与えられた部屋のどこかに貴方達の衣装を持って行くしかなくて、遊戯室になったのよ」

「そうでしたか」

「箱は届いているわね?」

「ええ。すでに衣装は詰めてありますわ」

「侍女に運ばせるわね。但し、途中で真珠の間付きの侍女に渡すことになるけれど」


 リーナの与えられた部屋があるエリアに行くには、許可が必要だ。


 カミーラ付きの侍女はその権限がない。


 伝令等で必要な場合を除き、原則立入禁止だった。


「私が運ぶわけではないけれど、侍女達は面倒ですわね」

「仕方がないわ。危険物ではないかの確認もしないといけないし」


 カミーラは眉をひそめた。


「私の衣装を警備が見るのですか?」

「いいえ。さすがにそれはないわ。侍女が箱を開けて見るだけよ」

「そうですか」

「暇なら一緒に来てくれる? リーナ様が暇を持て余しているのよ。何か面白い話でもしてくれると嬉しいのだけど」

「でしたら、リーナ様が欠席した作法の授業がどのような内容だったのかをお伝えしておきます」

「それはいい案ね」


 すぐにリーナが興味を引きそうな話題を持ち出したカミーラの優秀さをアリシアは実感した。


「リーナ様もそれでいいかしら?」

「はい! ぜひ、教えていただきたいです!」


 リーナはまんまと話題につられて頷いた。


 結局、リーナはアリシアの指示で、先にカミーラと共に遊戯室に向かった。後からアリシアがベルとラブも連れてくる。


「ドレスについての意見を聞くにも丁度いいと思って。おかしいようなら変更をしないといけないわ」


 まずは四人のドレスを並べて確認することになった。


 カドリーユの際に着用するドレスは赤。エルグラードの色である。


 また、夏だけに赤い衣装を着用する者が少ない時期でもある。側妃候補が接待役として目立ち、わかりやすくもあるということになった。


 カミーラとベルの衣装は全く同じ色だが、ラブとリーナの衣装は違った。明暗の差がある。


「もっと明るい赤のドレスはないの?」

「あるわよ。でも、この色はないかも」


 ラブはカミーラとベルの衣装を見て答えた。


「リーナのドレスになら合わせられると思うわ」

「リーナ様」

「リーナ様でしょう?」

「様をつけないと」


 すかさず注意が飛ぶ。


 ラブは顔をしかめた。


「面倒過ぎ。プライベートはいいじゃないの!」

「友人でもないのに図々しいわよ!」


 ベルが呆れたようにそう言うと、カミーラも妹を支持した。


「王太子殿下に伝わると、より面倒なことになります」

「はいはい」


 ラブは侍女を使いに出し、明るい赤のドレスを全部持ってこさせるように命じて欲しいと言った。


 だが、これも失言である。側妃候補は命令できない。


「伝える、でしょう?」

「側妃候補は侍女に命令できません。できるとすれば、ウェストランドの侍女だけです」

「王女様気分は返上しないと」


 ラブはこれ見よがしに舌打ちした。


「駄目よ、舌打ちなんて」

「はしたないわよ」

「態度悪いわよ」


 味方は一人もいないと思えたが、意外な人物がラブの味方をした。


「あの……ドレスの色は全部合わせないといけないのでしょうか?」


 リーナが話題を提供した。おかげで、ラブに集まる視線の包囲網が解けた。


「揃えた方がいいと思うわよ。綺麗に見えるから」


 当たり前だというようにベルは答えたが、そうともいえないことにアシリアとカミーラは気づいた。


「基本はそうですが、他の側妃候補のドレスの色を確認したわけではありません。他の側妃候補が全員同じ色である可能性は低い気がします」

「そうね。多少のバラツキはあるでしょう。むしろ、完全に揃っている組がいると、目立つかもしれないわね」

「列形式じゃなければ、距離があってわかりにくいわよ」

「列形式?」


 すかさずリーナが質問した。


「それは何ですか?」

「四角形の配置じゃなくて、列の配置になるの。つまり、ずらりと並んでカドリーユを踊るわけ」


 カドリーユは四組が四角形に配置して踊るのが基本だ。しかし、時には六組や八組で、六角形や八角形の配置になることもある。


 練習の時のように二組だけでも構わない。とにかく、相手を交換する必要があるため、二組以上は必要で、割り切れる数になる。


 配置はダンスフロアの大きさや参加人数等の状況によって変更される。


 非常に狭いダンスフロア、あるいは大勢の男女が一斉に踊るということであれば、男女のペアを二列に並べる。より幅があれば、四列、六列というように、二列を複数にする。全体でみれば長方形になるともいえる。


 その際は二組で踊るようなもので、向かい合ったペアと相手を交換する。


 また、第一から第五パートまでを踊るため、他のペアが踊るのを見ているような間はない。


 そして、踊る場所が狭いことが前提のため、非常に控えめなダンスになり、ステップはほぼ跳ねることなく、優雅に歩いて挨拶をし合うようなものになる。


「想像しにくいです」


 リーナはカドリーユを覚えたばかり。しかも、四角形の配置しか知らない。他のカドリーユを見たこともなかった。


「じゃあ、暇だからやってみましょうか。女性だけでもなんとなくはできるわよ。四人必要だけど」

「リーナ様は踊れません。私とラブと、もう一人は?」

「それは勿論アリシアでしょ?」

「私は仕事中、侍女にさせて」


 アリシアはドレスの検分を優先にした。


「誰か踊れそうな人いる?」

「後宮の侍女も仕事中では?」

「スズリに聞いてみます。それと、護衛騎士も呼びます」

「護衛騎士を?」

「いつでもダンスの練習ができるように、護衛騎士達が常時待機していてくれているのです」

「さすが特別待遇は違うわね!」


 リーナはすぐにスズリと護衛騎士を呼び、列形式で踊れることを確認した。むしろ、それに慣れてしまっていたため、四角形配置の際のステップが物足りず、ヘンデル達に駄目出しされたのだった。


「じゃあ、リーナ様は手拍子をよろしく」

「はい」


 八人が配置につく。


 四角形配置であれば、中央を向きながら東西南北にそれぞれ一組が立つ。


 しかし、列形式の場合は横に並ぶため、北に二組、南に二組になる。


 ベルのペアとラブのペアが横に並び、その向かい側にカミーラのペアとスズリのペアが並んだ。


「じゃあ、行きます!」


 列形式のカドリーユが開始された。


 基本は同じだというように、確かに踊り方は四角形とほとんど変わらない。しかし、並んで踊るため、印象が随分変わる。


 また、移動する際、止まっているペアの前に行き、挨拶するような仕草が入るところが違う。


 より長く移動し、向かい側のペアの隣にいるペアの異性と挨拶することになる。端の者は誰もいない方角、あるいは踊りを見ている者達の方に挨拶するような仕草をする。


 また、リーナが好きだった第五パートが違った。ワルツのように組まない。手を取り合って歩くようになる。


 全体的に控えめで狭いスペースで踊るというのはわかる。


 第一パートから第五パートまで一気に踊る列形式のカドリーユが終わった。


「これが基本ね。でも、微妙に違うパターンもあるのよ。細かい動作のところがね。後、五パートじゃなくて、六パート形式もあるの」


 ベルの説明にリーナは驚いた。


「えっ、まだパートがあるのですか?!」

「そう。エルグラードは五パートが普通ね。でも、もっと東の国とかだと、六パートの列形式が主流ね。国によって違うのよ」

「デーウェンは五パートでしょうか? もし、六パートだったら大変です! 私、踊れません!」

「確かミュノーア島の方は六パートね。東の方だから、東の文化の影響を受けているのよ。でも、本土は五パートのはず。まあ、エルグラードの舞踏会だし五パートよ。それに出し物だから列形式でもないでしょう。ダンスフロアをたっぷり使って踊るべきだもの」

「そうですか」


 しかし、時間はある。暇な時間が。


 そこで、リーナはカドリーユのメンバーが揃っていることもあり、列形式のカドリーユを教わることにした。


 覚えておいて損することはない。


「但し、練習は軽くにしておくこと。疲れないように。午後は予行練習があるし、夜に本番の舞踏会があるのを忘れないで頂戴」


 アリシアはリーナが懸命に練習し過ぎないように注意した。



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