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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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584 予感の的中

 最近のクオンは無表情でいる時間が以前よりも確実に少なくなっていた。


 それがリーナのせいであることは言うまでもない。


 そして、怒りの声を上げることに関しても、以前とは違う内容が多くなっていた。


「ありえない! 最高にムカつく!」


 本音を曝け出せる相手は限られている。


 現在、王太子の執務室にいるのは王太子付きの側近中の側近であるヘンデルとキルヒウス、そして側近に名を連ねるアンディ、シーアス、パスカルだった。


「絶対にリーナに恥をかかせる気だ! あのくそババア!」


 その激怒ぶりに最も驚いていたのはパスカルだった。


 少なくとも、王太子が女性のことをくそババアと呼ぶ瞬間を見たのも聞いたのも人生で初めてである。


 無表情、冷静沈着、感情がないとさえ言われることもある王太子がこれほどまでに感情を高ぶらせ、暴言を吐きながら激怒するというのは、まさに想像できないことだった。


 しかし、それ以外の者達はクオンのことを幼少から知っている。


 反抗期にはよく聞いた言葉だ、懐かしいとさえ思うほどだった。


 そして、側に仕えるようになってまだ年月が浅いパスカルの前で、ついに王太子らしからぬ暴言を吐く姿を見せてしまったことをほんの少しだけ懸念したが、それだけパスカルが信頼されるようになったのだと思うことにした。


「これは私に対する宣戦布告も同然だ!」


 強く握りしめたこぶしをブルブルと震わす王太子は今すぐ敵国に攻め込み、王城を陥落させるほどの勢いと気迫に満ちていた。


 まずは自他ともに認める親友がとりなしにかかった。


「わかっているよ。みんなそのつもりだからさ。ただ、ここは執務室。クオンは王太子。パスカルの前でそんなところ見せたら、レーベルオード伯爵どころか、リーナちゃんにも伝わってしまうかもしれない」


 クオンはパスカルを睨んだ。その凄みはこれまでの比ではない。


 なぜ自分の名前を出すのかとパスカルは心の中でヘンデルに文句を言った。


「他言無用だ。できなければ、相応の対応がなされる。最悪の場合、抹殺だ」


 不敬罪でパスカルを処罰するわけにはいかない。リーナの兄であり、エルグラードを支えるレーベルオードの跡継ぎだ。影響が大きい。取り返しがつかないことになりかねない。


かといって暗殺するのも難しい。剣の技量を考えると、十人では不足だ。死人が相当出ることになる。


 毒殺という手もあるが、パスカルが毒を飲むとは思えない。飲んでも死なない気がする。


 そう思わせるほどの人物である。


 最悪の対応は現実的ではないと誰もが思いつつ、キルヒウスが口を挟んだ。


「パスカルは心得ている。だからこそ、この場にいる資格が与えられた。そうだな、パスカル?」

「私が忠誠を誓っているのは王太子殿下です。ここで話される一句一言全てが他言無用であることは存じております」


 パスカルの言葉は真実だ。


 通常、貴族は爵位を得る際、国王に忠誠を誓う。その代償として、爵位を得られるのが基本だ。エルグラード国民というだけで、国王に忠誠を誓っているとみなされる。


 しかし、王太子府の者達が忠誠を誓うのは王太子だ。国王にも忠誠を誓うが、それ以上に王太子の命令が優先になる。


 つまり、王太子府の者にとっては王太子の命令こそが至上だった。


「ならいい。それで、あのどうしようもないくそババアをどうするかだが」

「待って、クオン。冷静になろう。その言葉遣いはよくないって」


 いつもは注意される方であるヘンデルがクオンを注意した。


「他の言葉は余計にムカつく! あれが実の母親とは! しかも王妃だぞ? どう考えてもおかしい! リーナに恥をかかせることは、息子の私だけでなく王太子も、そして、その父親である国王のことも、更にはエルグラード王家ばかりか国自体の恥になりかねないというのに、なぜあのような提案ができるのだ?」

「うん。そうだよね。息子の味方をするのが母親の役目だと思う女性だっているのにさ。酷いよね」

「世の中には愛の鞭という言葉がある。確かに、愛しているからこそ、厳しいこともあるだろう。だが、これは絶対に違う! 悪意だ!」

「うん。そうだね。それに、俺は外務省も駄目だと思う。王妃の提案をあっさり飲んだわけだし」

「その通りだ!」


 クオンは更なる敵を追加認定した。


「あの腐れジジイもさっさと引退すればいいものを!」


 腐れジジイ呼ばわりされたのは、現在の外務大臣ファーレージ公爵だ。


 前レーベルオード伯爵のライバルで、外務大臣を巡る覇権争いに一度は敗れた。


 しかし、前レーベルオード伯爵の事故死により急きょ後任として外務大臣になり、権勢を取り戻した。


 ファーレージ公爵は有能かもしれないが、生粋の身分主義者として知られている。


 そのような者をなぜ外務大臣にしたのかといえば、国内における身分主義者達の反感を少しでも収めるための処置だった。


 国王は能力主義を取り入れてはいるものの、完全な能力主義に転じたわけではない。貴族であるかどうかは勿論重視され、一部の要職に関しては身分を圧倒的に考慮していた。


 国王の選択した方法は有能な宰相がついていることもあって、悪くはないどころか、むしろ上手く機能していた。


 エルグラードが最強国だと周辺国に知らしめるために、ファーレージ公爵が一役買ったのも事実だ。


 しかし、ファーレージ公爵の身分偏重度が高すぎること、前レーベルオード伯爵の功績、遺産ともいえる対外政策を自らの手柄のように振る舞い、長きに渡って外務大臣の座に留まり続けることに関しては、クオンは何度も父親に警鐘を鳴らしていた。


 勿論、王太子が自分について良く思っていないことはファーレージ公爵も理解している。先のことを考えると、自分の立場は決して安泰ではない。


 自らの存在感と影響力を強めつつ、王太子を抑える必要がある。だからこそ、王太子を抑えられる可能性があり、味方を欲しがっているはずの相手にすり寄った。


 つまり、王妃だ。


 クオンが土曜日に開かれる舞踏会について、なぜ側妃候補が接待役に選ばれたのか、ダンスの内容に追加変更があったのかを調べさせた。


 その結果、王妃が関わっていることが判明した。


 外務大臣が身分主義のため、外務省は身分主義者の巣窟と言ってもいい。かなり多くの身分主義者達が在籍している状態だ。


 そのため、デーウェンとの友好を示す舞踏会における接待役は、身分の高い者達がいいと考えられ、ダンスの相手を務める候補者は未婚の公爵令嬢にする案が出た。


 しかし、その中には側妃候補も含まれていた。


 外務省の一存で側妃候補に関することを決めるわけにもいかず、国王府に確認が行く。


 国王府の担当者は側妃候補関連特別相談役に内容を伝えた。


 側妃候補関連特別相談役は、国王府の担当者が男性であるだけに、側妃候補と同じ女性としての意見を述べるための女性担当者だ。


 それが王妃だった。


 国王は入宮した側妃候補に関心がない。自分のではなく、息子の側妃候補だ。


 しかも、息子達は候補の入宮を喜んでいない。その中から誰かが選ばれる可能性も低い。


 息子達の婚姻相手についてあまりにも王妃や貴族達がうるさいため、適当な女性を入宮させて一時的な鎮静化を図っただけだった。


 そういったこともあり、面倒な側妃候補に関することは、できるだけ身分の高い女性との婚姻を成立させたい王妃を側妃候補関連特別相談役にして対処させていた。


 勿論、あくまでも裏の話で、表向きは国王や国王府の担当者が考慮し、判断していることになっている。王妃という存在は関わっていない。関わっていたとしても、側妃候補関連特別相談役という名称の女性担当者。あくまでも国王や男性担当者の相談にのって意見を述べるだけであり、決定権があるわけではない。


 国王府の担当者から話を聞いた王妃は公爵家の令嬢ではなく、側妃候補を接待役にすることを提案した。


 これまでは側妃候補の中に他国人が一名いた。しかし、今は帰国しているためにいない。全員がエルグラードの者だ。


 側妃候補は淑女教育だけでなく、後宮で側妃としてふさわしい言動や作法等を学んでいる。重要な接待役を務めるだけの能力を日々磨いている状態だ。


だからこそ、接待役が側妃候補であれば、家柄も能力も問題ない。高位の身分というだけの公爵令嬢が相手をして、デーウェンの者達に悪い印象を与えるような失態をされては困るのではないかという意見だった。


 国王府の担当者は王妃の説明に納得し、そのまま外務省に伝えた。


 外務省は側妃候補全員がエルグラードにおける高位かつ名門の家柄の令嬢であること、側妃候補に選ばれるほどの女性であるということを考慮し、接待役を側妃候補にすることを決定、関係各所に許可を求めた。勿論、王太子府にも。


 最初の許可を求める際は大まかな内容しか決められていなかった。挨拶程度の歓談とファーストダンスという内容だったが、承認が揃ったところに、国王府からの追加提案が届いた。


 それは、両国の友好と交流を促すため、ダンスにカドリーユを加えるというものだった。


 カドリーユという踊りは男女の交流を目的としたダンスではあるが、国の友好の証としてのダンスとしてもふさわしく、側妃候補達の能力を見せつけるためにも丁度いいと考えられたため、外務省は提案を取り入れた。


 本来であれば追加許可を求めるべきだが、国王府からの提案だけに、すでに承認済みと考えられた。


 元々側妃候補が接待役になることも承認済みということもあって、細かい内容の変更に関する報告は最終報告書でいいだろうと判断され、王太子府等への随時報告はなかった。


 そもそも、国王(府)の決定は王太子(府)の決定に勝る。問題ないだろうというのが外務省の考えだった。


 これが一連の真相だ。


 そのことを知ったクオンは、どう考えても母親がわざと提案したのだと感じた。


 そして、あわよくばこの催しで勉強不足のリーナに何かしらの失敗をさせ、それを理由に側妃候補の座から追い落とそうとしているとしか思えない。


 王太子の執務室に側近中の側近とも言われる者達が集められたのも、クオンが激怒のあまり冷静さを失って暴言を吐いたことも、全ては王妃が関わっていたこと、しかも外務省という身分主義者達、反リーナ、反レーベルオードともいえる勢力と結びついたような結果になっていることが判明したからに他ならなかった。



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