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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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579 側妃候補の夕食会(三)

「もしかすると、ここにいる皆様の中にも、王太子妃になれば様々なことができる、これまでにはできないことができるようになると思われている方がいるかもしれません。ですが、それは妄想です。実際は何もできません」

「そんなことはないわ」


 真っ先に反論したのはエメルダだった。


「少しずつかもしれませんが、エルグラードは変わり始めています。女性がより活躍する時代が来ているのです。その証拠に、女性の進学率、学力が上がっています。私もカミーラも大学を卒業したではありませんか。いずれ、より多くの女性達が大学に進むようになります。そして、女性の当主も増え、女性が政治に参加することへの軽視や非難が減っていくことでしょう」

「その通りだわ!」

「エメルダの言う通りよ」


 エメルダを擁護する声が挙がる。王太子妃が何もできないわけがないと。


「王太子妃、そして王妃になれば、何かができます。何もできないまま、諦めていては、何も変えることなどできません。カミーラはヘンデルに丸め込まれただけではありませんか」


 カミーラは残念だと思った。心から。


「ですが、本当のことですわ。いい例が王妃様です」

「何を言っているの?」

「王妃様が?」

「そんなことはないわ!」


 不満と困惑と反論が出た。


 今の王妃こそ、エルグラードが変わった証。そう思う者達が多くいた。


 それまで、侍女や女官だった女性が王妃になった前例はなく、側妃止まりだった。


 誰もがエンジェリーナこそ王妃に選ばれるだろうと思っていたが、より身分も家柄も圧倒的に劣る伯爵令嬢で、女官上がりの女性が王妃になるとは夢にも思っていなかった。


 優秀であること、王のために尽くしてきたことが評価された。


 身分、家柄、容姿だけではなく、個人の能力が評価される。女性であっても。


 そういう時代が来たのだと、多くの者達が新しい王妃を歓迎した。


 勿論、それ以上に不満の声も反対する者達の力もあったが、王の決定が変更されることはなかった。


 王妃は王太子を産むという大役をこなしてもいる。今も王を支え続け、良妻賢母として国民の支持を集めている。


 その王妃が何もできなかったわけがないと思うのは当然だった。


「王妃様がとても優秀な女性だとしても、誰が王妃にしたのでしょうか? 国王陛下です。つまり、王妃様がいかに優秀であっても、国王陛下が認めなければ意味がありません。前例のない女性を王妃にした国王陛下こそ、大きなことを成し遂げたお方なのです」


 カミーラは王妃個人の力で王妃の座を得たわけでないことを強調した。


「国王陛下に認められるほど、能力が高かったということです」

「そうですわ!」

「王妃様も成し遂げましたわ! 王太子を産み、王妃として立派に務めてきたではありませんか!」


 カミーラは不敵な笑みを浮かべた。


「だからこそ、何もできていません。王妃の役目は、依然として旧時代のままですわ」


 国王が着手したのは王権の強化と国内改革。


 王太子の権限を強化したのはよく知られているが、王妃の役割についての大幅な変更は一切ない。


 これまでの慣例にとらわれない女性が王妃になったものの、その女性が王妃として務めるべきことは、旧時代に求められた役割、王太子を産むということだった。


 王妃は今も政治には口を出せない。夫に助言をすることで役立とうとしているが、夫から見れば助言ではない。文句や小言、余計で邪魔なことでしかなかった。


 王妃は慈善活動や教育の普及活動にも力を入れている。それは悪いことではなく評価されるべきことではある。


 しかし、旧時代の王妃達もまた同じようなこと、芸術の育成、多様性ある文化の保全と融合など、様々に評価されることをしてきた。


 中には優雅な王族の暮らし、遊びの延長ゆえの成果、本人の意図ではないことを他の者達が都合よく解釈したのかもしれない。だが、その影響力は確かにあった。結果は結果だ。


 つまり、今の王妃だけが特別何かをしているということでもない。むしろ、新時代の王妃になったというのに、旧時代の王妃としての務めを守り通している。そう捉えることもできた。


「王妃様はどのような方を王太子殿下の妻にお望みでしょうか? それは、身分の高い女性です。生まれつき出自の良い方です。これは新しい時代の考え方なのでしょうか? いいえ、旧時代そのもの。王妃様は身分主義者です。だからこそ、昔は王妃様を敵視していた身分主義者達がうるさく言わなくなったのです。同志ですものね?」


 カミーラの説明を聞いた者達は、不満をにじませながらも黙り込んだ。


 確かに王妃がしたことは、王太子を産んだことを筆頭に、旧時代の女性でもしていたことかもしれない。新しい時代に相応しい何か大きな成果を残したのかと言われれば、言葉に窮する。


 歴史に名を残すかもしれないとしても、それは女官初の王妃という理由、あるいは王の生母という理由だ。自身が王妃の座についてから、優秀だといわれる能力を駆使し、歴史に残るような功績を挙げたからではない。


「王妃様が国王陛下に何かと口出しすることを、重臣達の多くは問題視しています。ですが、夫の国王陛下、息子の王太子殿下に配慮し、表向きにはしていないだけのこと」


 カミーラは王妃を悪く言うことに対し、ためらうことはなかった。なぜなら、カミーラは王太子側の者である。


 現在、王太子と明らかに対立している王妃の味方をするわけがない。むしろ、敵として糾弾すべきだと判断した。


「最近では王太子殿下が寵愛される女性や建国より代々に渡り王家を支え続けて来た忠臣を軽視するなど、様々な問題を起こしています。さすがの国王陛下も何か考えざるを得ないと言っているとか」


 カミーラはわざとらしくため息をついた。


「側妃の方々はリーナ様のことを認めていらっしゃいます。よりによって王妃様だけが旧時代に取り残されているなんて……本当に残念で仕方がありませんわ」


 頃合いだろうとカミーラは思った。そこで、ついに切り札を見せることにした。


「長々とお話をしてしまいましたわね。中にはご不快に思われるようなことがあったかもしれません。そこで、手土産に情報をお教えしますわ」


 全員の視線がカミーラに集まった。


「いずれまた、側妃候補の審査があるようです。以前とは違う選考内容で、まずは本人だけで考えた論文を提出します。テーマは、退宮した後どうしたいか、ですわ」


 一気に驚愕の声と質問が降り注いだ。


「本当なの?」

「退宮した後どうしたいかですって?!」

「全員に? レーベルオード伯爵令嬢も?」

「王太子殿下の側妃候補だけですわよね?」


 カミーラは口に指をあて、静かにして欲しいという仕草をした。


 多くの者達から質問されても答えにくいのはわかるため、質問した者達は大人しくなった。


「私も詳しくは知りませんの。ですので、細かいことについてはお答えできません。ただ、側妃候補の審査があり、論文を提出すること、その論文についての質疑応答も予定しているため、よく考えておくようにと兄に言われたのですわ。ですので、皆様も考えておくといいかもしれません。勿論、私の情報を信じるかどうかはお任せしますわ」


 カミーラはもう一つの切り札を出した。


「そして、なぜ、この情報を今公開したのかという理由も教えておきます。それは、キフェラ王女がいないからですわ」

「キフェラ王女?」

「どういうこと?」

「戻ってくるのですわ。ここに」


 カミーラの言葉に、側妃候補達は驚いた。


 現在、キフェラ王女はいない。王太子と王子達がミレニアスを訪問する際、一緒にミレニアスに向かい、帰国したままだ。


 現在の二国間の緊張関係を考慮すれば、もう戻ることはないだろうと思われていた。


「それこそ本当なの?」

「ミレニアスとは緊張関係にあるのに?」

「戦争にはならないということ?」

「戦争になったら人質になるのよ。それをわかっていて戻るわけがないわ」


 側妃候補達はそれぞれ手紙や新聞等で現在のエルグラードとミレニアスの情勢について把握していた。


「ミレニアス国王はどうしても王女を王太子妃にしたいらしいですわ。そうすれば、エルグラード王家と縁戚であることを盾にして王権を強化できますし、諸外国との関係においても軽視されにくくなります。益が高いのですわ」

「エルグラードの益は少ないわ」

「そうよ!」

「ミレニアス王家と縁戚になっても、いいことなんてないわ。むしろ、向こうの都合にふりまわされかねないわ!」

「邪魔よ」

「諦めればいいのに」


 言いたい放題である。


 キフェラ王女の評判は芳しくない。側妃候補達はエルグラードとして団結し、ミレニアスのキフェラ王女と敵対してきた。そのことをカミーラは勿論知っていた。


「すでにおわかりのようで何より。つまり、どう考えてもここにいるべきではない者が戻ってきます。恐らくはリーナ様をダシにして、王女である自分が正妃になれば丁度いいと言うでしょう」


 いかにも言いそうだと側妃候補達は思った。


「どうして戻ることを許したのかと私も不思議に思いましたので兄に聞いたところ、ミレニアスに王太子殿下と王女の縁談を持ち掛けたのは王妃様らしいのです」

「王妃様が?」

「なんですって?」

「まさか!」


 食いついたとカミーラは確信した。


「国王陛下の許可はないので正式な話ではなく、私信としてミレニアス王妃に送った手紙にそれとなく書いたようです。ですが、願ってもない話だと向こうは思ったらしく、エルグラードから話が来たと認識し、かなりの強気なのです」

「それであんなに自信満々だったのね!」

「国外にも話を持ち掛けるなんて……」

「国王の許可もないままなんてありえないわ」

「私信とはいえ、王妃、しかも王太子殿下の生母からですもの。正式な文書ではなくても本気にしますわ」

「詳しい事情はよくわかりませんが、王妃様は身分の高い女性を王太子殿下の妻に望んでいることは確かです。王女が最も高位で相応しいと考えてもおかしくはありません」


 カミーラはしっかりと事前に考えていた。


 まずは、王太子は頑固。愛する者と婚姻する信念がある。本人が望んでいる女性は身分の高くて賢い立派な女性ではなく、可愛く優しく従順な女性。リーナ以外に望みは一切ないこと。妻になっても一生冷遇、飼い殺し、何もできないことを伝える。


 諦めるようにいうだけでは応じないのはわかっているため、次の手を打つ。


 知的で優秀な女性達ばかりが残っているため、同じく知的な女性である王妃の存在を手本のようなものと考え、自分も王妃になれる、むしろ今の王妃より身分も学歴もいい、優秀だと思っている。また、王太子に婚姻を薦める王妃のことを味方のようにも思っている。


 そこで、実は王妃は手本にはならない女性、旧時代のままの身分主義者と煽る。王妃と親しくするのは王太子と敵対すること、国王は王太子の味方だということも話しておく。


 その上で、キフェラ王女の話をする。


 元々、王女のことは良く思われていない。王女という特別な身分、他国人であることを考慮し、一致団結してでも追い出そうとしていた。


 しかし、その王女を推している人物こそが王妃だと教える。


 敵の味方は敵。王妃は側妃候補の味方ではなく敵になるため、王妃と以前からの側妃候補達が手を組み、リーナに対立するという構図を防ぐことができる。


 そして、キフェラ王女という敵を追い払うため、エルグラードの側妃候補として一致団結する流れを作る。


 カミーラ達もエルグラード。キフェラ王女を敵視している。王太子が嫌がる相手に味方するわけもない。つまり、キフェラ王女に関しては手を組める。


「皆様、色々と思惑があるかとは思います。ですが、ミレニアスの王女はエルグラードに不必要。その点については、ご理解していただけていると思います。だからこそ、私は手持ちの貴重な情報を伝え、共にできることがあると申し上げておきたいのですわ」

「カミーラ、貴方はキフェラ王女をミレニアスに送り返したいのよね?」

「勿論です」

「じゃあ、その部分は同じね」

「そうです。なぜ、王妃様が国外に話をされたのか……国内の有力貴族から妻を選考し、足元を固めるべきだと思うのが普通ですのに」

「そうですわ。エルグラードは大国ですもの」

「軍事強国ですわ」

「王女であっても、ミレニアスではね」

「他の国の王女でも同じよ」

「その辺の国の王女より、高位のエルグラード貴族の方が上だわ」

「周辺国とは友好条約を結んでいるわ。婚姻を結ぶ必要などないのに」

「ええ、その通りですわ。エルグラードは周辺の国々と友好条約を結んでいます。婚姻によって他国の王家と結びつく必要はありません」


 友好条約は外務大臣だった前レーベルオード伯爵の功績ですけれど。


 カミーラは賢い。だからこそ、その言葉を心の中に留め、口にすることはなかった。



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