576 目指すもの
国王には四人の息子がいる。普通に考えれば、跡継ぎに困ることはない。
しかし、第三王子レイフィールは黒髪だ。
エルグラードの本来の色ではないと思う者達が大勢いる。母親は元平民。国民の人気は高くても、差別は目に見えないところ、処罰されない形で存在している。
レイフィールの子供が黒髪を受け継ぐように、同じような差別を受け継ぐ可能性も高い。いくら子供が優秀でも、非常に些細な、あるいは生まれつきでどうしようもないようなことを理由に、王位につくことを反対する者達が出てくるということだ。
次代の王は第一王子のクルヴェリオン。それは問題ないとしても、次の王太子はどうするかは問題がないともいえない。
クオンに息子が生まれればいいという話でもない。なぜなら、リーナが生母であるということは、非常に身分が低いと思われている女性の子供になるということだからだ。
身分主義者、血統を重視するような者達が強く騒ぎ出す。
リーナがミレニアス王族の血を引く高貴な血筋の者だということを公にできればいいが、ミレニアスは認めないことを決定している。
無理やり公表すれば、国際的な問題になる。
その場合、真実がどうかよりも、ミレニアス王家の公式見解が重視される。エルグラードが他国、しかも王家の血筋に干渉することをよく思う国はいない。
ミレニアス王家の公式見解が正しいと多くの国々が支持するため、エルグラードは孤立するばかりか、国際的な信用を失ってしまう。
だからこそ、リーナがミレニアス王族の隠し子であることを公表するわけにはいかない。
クオンがリーナを妻にするのであれば、エゼルバードを身分の高い女性と婚姻させ、エゼルバード本人もしくは息子に後を継がせることで、反発を防ぐ方法もある。
両親から高貴な血筋を受け継げるという理由は正当だと支持され、国内貴族だけでなく、身分制度の国々も歓迎するかもしれない。元々エゼルバードは貴族の人気が高いため、そうなる可能性が十分にある。
だが、エゼルバードは心的障害があり、子供を作るのが難しいことが判明した。
そうなると、最も王位に遠いはずの第四王子セイフリードの重要性が増す。
セイフリードの性格は王にふさわしくはないかもしれない。しかし、その容貌と血筋に関しては問題がない。
王太子妃に相応しいと誰もが思う妻を持てば、年齢差を考慮し、セイフリードが王太子の養子という形で王太子につくことを推す者達もいるはずだ。
セイフリードとしては、このような状況は面倒以外のなにものでもない。
「望まない妻を押し付けられ、子供を作れと強いられるのは嫌だ。絶対に!」
クオンは深いため息をついた。
数多くの執務をこなすことも、統治者になることも受け入れている。弟達を守るためにも、自分がその分頑張ればいい、我慢もする。そう思ってきた。
しかし、婚姻相手に関しては我慢できなかった。妥協もしたくなかった。
そのせいで、結局弟達を守れていない。婚姻、子供に関してのしわ寄せがいく。
「お前達を不安にさせ、すまないと思っている。だが、私は常々エルグラード王家を変えたいと思っていた。リーナのおかげで、それができそうな気がする」
エルグラードは時代と共に変化してきた。それが、未来を切り開き、繁栄へとつながった。
しかし、王家の中には旧時代のままのことも多い。伝統や格式が大事だというのはわかるが、それを盾にして全てを受け継ぐ必要もまたない。
クオンは変えたい。新しい時代にふさわしい王家に。
愛しい者を妻にする。これは当たり前のように聞こえるが、王族にとっては当たり前ではない。愛していなくても、王家や国のために婚姻する方が当たり前なのだ。
絶対に変えたいと思っていた。だからこそ、自分だけでなく、弟達全員にも愛する者と結ばれて欲しい。政略的でしかない結婚はさせたくないと思っている。
クオンが変えたいのはそれだけではない。
国法と王族法は違う。その中身を擦り合わせ、できるだけ統一していきたい。例えば、一夫一妻制にすること、身分に関係なく婚姻できるといったこともその一つだ。
大きな反発が予想されるが、税制免除に関してもいずれは改革したい。
現状は富裕層ほど免税になっているが、富裕層からこそ税金を取り、所得の低い者への税金負担を軽くしたい。
国庫の使途をより精査し、無駄を排し、将来への投資や社会福祉を充実させたい。
言い出したらきりがないほどのことを、クオンは自らの治世で行いたいと思っていた。だが、考えれば考えるほど難しい。理想と現実の違いを思い知るばかりだった。
しかし、リーナの存在がクオンを勇気づけた。
結果がわかるといって、何もしないまま諦めていてはいけない。ほんの少しでもいい。現状を変えていくために努力する。それが大切だ。
人の持つ良心、優しさは尊い。切り捨てられてしまうことがあるのも事実だが、忘れてはいけない。その存在を強く信じることが、大きな力になるのもまた事実だ。
クオンは多くを学んできた。今も学んでいる。リーナからも。
リーナがクオンに自らの知ることをできるだけ教えようとしたわけではない。クオンがリーナを見て勝手に思っただけのことかもしれない。
それでも。
人は他者との関係を通じて多くのことを知り、学び、成長し、変化していくことができる。それを証明するには十分だ。
愛する者を諦めたくない、手に入れたいという気持ちが、クオンの中で現状を変えたい、変えなくてはならないという強い意思に結びついた。
前に。一歩ずつ。
クオンは自らの目指すものへ向かって、力強く歩き出した。そして、その歩みを止める気はない。
「お前達だけにしか言えない。だが、言っておきたい。私はエルグラードを変えたい。王族も孤児も関係なく誰もが夢と希望を持ち、人として尊重されるような国にしたいのだ」
クオンが目指すのは、身分に関わらず基本的人権が尊重される国にすることだった。
言葉でいうのは簡単だ。しかし、身分制を覆すようなものとして捉えることも可能なだけに、身分制の恩恵を享受している者達が知れば大反発するに違いない。
エルグラード国内は混乱し、内戦になる可能性もある。
クオンは危険な思想の持主、王に相応しくないと思われ、命を狙われることは間違いない。
しかし、クオンが目指すのは身分制の崩壊ではない。弱肉強食、貧富の差を完全になくすことはできないと思ってもいる。
しかし、両者が手を取り合い、助け合うことが可能な方法を模索し、相互関係を向上させ、国民を差別化するのではなく、エルグラードの民として一つにまとめたい。
「身分制をなくすつもりはない。だが、高位の者が相応しいだけの責務をこなしているのか、その対価として特権を得ることに値するのかは慎重に精査したい。父上が身分や特権によって暴利を貪り、正義を捻じ曲げていた者達を一掃しようとした意思を受け継ぐためでもある。そして、繁栄の影に潜む闇を、可能な限り取り払いたい」
クオンは目を閉じた。
「私の政治的な判断が冷徹であることも自覚している。多くの者達を救済することを願いながら、一部の者達を犠牲にすることを厭わない。完全に全ての者達を救うことなどできないと思っている。政治は個人を幸福にするためにというよりも、王家や国という存在を支えるためにあるとも。だが」
クオンは心から愛する弟達を見た。
「リーナは私に感じさせてくれる。優しさが生み出す温かさと力、愛という存在の偉大さ、命の尊さを。幸せになりたいという気持ちは誰にでもある。それを力によって抑えつけ、失わせるような統治者にはなりたくない。真の統治者は、王家や国だけではなく、人々の希望、夢、良心や愛、尊き心を守らなくてはならない。私が誤った道を進まないために、リーナは必要不可欠だ。勿論、一人の人間として幸せになるためにも」
惚気だ。最大級の。
弟達は素晴らしい統治者になることを目指す兄を心から尊敬しつつも、そう思わずにはいられなかった。





