574 反省会
クオンが最初に確認したのは、正直に思ったことを遠慮なく話して欲しいということだった。
そして、晩餐会での様子、リーナの振る舞いについての質問が続く。
エゼルバードはクオンが評したように満点だったと答えた。
「兄上の恋人であれば、不用意な発言は許されません。ですが、今夜のリーナは問題なかったように思います。アイギス大公子は話しやすいと感じたことでしょうし、かなり喜んでいたようです。社交にうるさい者達が判断しても、合格点をつけることでしょう」
クオンは王太子として数々の謁見をこなし、公式行事にも出席している。
しかし、どうにも社交は苦手だ。自分の発言力が強く影響が大きいことを熟知しているだけに、不用意なことは言えない。失言をしないように慎重になると、自然と言葉数が少なくなる。
それでも話術が巧みなものは問題なく話すことができるわけだが、クオンは違う。余計に寡黙になってしまう。
王太子という立場のせいで、発言が少ないことを咎める者はいない。慎重な性格も知られているだけに、熟考し安易に答えないようにしていると思われる。それで正しいのだとしても、それだけでは十分に社交ができているとは言えない。
また、今回のようにリーナが同席するというのは、クオンにとっては未知の領域だ。恋人が同席していることに浮かれて失敗しないようにしなければならない。恋人が失言すれば、それにも対応しなければならない。
今回の晩餐会はクオンにとっても実地訓練だった。
「私は……どうだった?」
自分の言葉や態度がどうだったのかを聞けるのも、信用のおける弟ならではである。
社交術に関しては、クオンよりもエゼルバードの方がはるかに長けている。エゼルバードはクオンの社交力の低さを補佐してきた。
「非常に機嫌が良いように見えました。友人相手ならともかく、外交官相手では事情が変わります。もう少し表情を引き締めても良かったかもしれません。ですが、リーナへの強い寵愛を示すためには有効です」
恋人の前で浮かれているのが見え見えだったようだとクオンは解釈した。
個人的にはともかく、王太子としては反省するしかない。
「気を付ける」
「セイフリードはいくつか気になる点がありました」
エゼルバードはセイフリードに視線を向けた。
社交の経験が浅いのはセイフリードも同じだ。
セイフリードにとっても今夜の晩餐会は成人前に経験を積む機会、実地訓練だった。
「未成年のため、公式行事にも最低限しか顔を出さない第四王子が出席すれば、自ずと注目が集まります。会話をしてみたい者達もいることでしょう。ですが、セイフリードはアイギス大公子の会話に参加しようとしませんでした。リーナとの会話による良い雰囲気を壊さないためだったのかもしれません。ですが、セイフリードは王子です。社交の場にいる以上、何もしないのはマイナスです」
エゼルバードは容赦なく問題点を指摘した。
「デーウェンの大公子ほどの者であれば、多少の会話はしておくべきでしょう。話への加わり方が多少強引でも、王子であれば問題にはなりません。未成年なら尚更、自然にできなくても大目に見てくれます、あるいは話しかけやすいようにわざと目を合わせるように見つめるなど、相手からのアプローチを促すような行動をします。アイギス大公子のように社交に慣れた者であれば、必ずそれを察するでしょう。タイミングを見計らい、話かけてくれます。相手の社交スキルの高さを利用すればいいのです」
さすがは社交に長けたエゼルバード、いい助言だとクオンは思った。
「セイフリードはアリアドネに近い席でした。未成年同士、学生同士、様々なことを理由にして話ができたはずです。ですが、話しかけていません。完全に社交を無視していたのと同じです。食事をしていただけましでしたが」
今回はデーウェンの特産品を味わう趣向だ。食べたくないでは済まされない。毒が入っているかもしれないなどと疑うのは問題外だ。
セイフリードには食事に極力手をつけるようにという指示が出ていた。
勿論、毒見は万全だということも合わせて伝えられており、セイフリードはしぶしぶではあるものの、全ての料理に手をつけていた。
完全に食べきってはいないが、そこは問題ない。
「デーウェン大公女とは晩餐が始まる前に話した。食事中も話す必要はない」
セイフリードはアリアドネではなく、デーウェン大公女と言った。
その時点で、二人がしっかりと王子と大公女としての身分を盾にして話していたのであろうことをクオンとエゼルバードは察した。
通常、親しくなるためには、互いに名前で呼ぶことを提案したりするものだ。
アイギスも晩餐会ですぐにリーナのことを名前で呼ぶ代わり、自分や妹のことは名前でいいと言った。
セイフリードは非常に相手を警戒し、心を許そうとしない。それが名前を呼ばせないということにもあらわれていた。
自分にずっと仕えており、一番親しい女性ではないかと思えるリーナに対しても、未だに名前だけで呼ぶことを許していない。
そのため、リーナはクオン、エゼルバード、レイフィールを名前に様をつけるだけで呼ぶが、セイフリードだけは王子殿下と呼ぶ。
ちなみに、ミレニアスの王族メルセデスがセイフリードのことを名前で呼んでいたが、あれはセイフリードが許したわけではない。向こうが勝手に呼んでいるだけだった。
「アリアドネは大人しくしていたが……話した感じはどうだった?」
セイフリードはクオンを見つめた。冷静な態度かつ鋭い視線だ。
クオンは悟った。駄目だ、知られていると。その推測は正しいことがすぐに判明した。
「縁談は断って下さい」
クオンはため息をついた。
「私からアイギスには無理だろうと言っておいた。学生のうちは勉強に専念するだろうとも」
「当分、婚姻は考えていません。兄上もそういった話を全て断って来たわけですし、僕が同じようにしても問題ないはずです」
自分のことを前例にされてしまい、クオンは何も言えなくなった。
代わりにもう一人の兄が物言いをつけた。
「そうはいきません。縁談を先延ばしすればするほど、よい相手がいなくなる可能性もあります。兄上は王太子ですが、貴方は第四王子ですからね。適当なところで役立ちそうな者を確保しておくのが望ましいでしょう」
あくまでも自己利益のために妻という女性を確保するというところがエゼルバードらしい。本気で愛する女性との婚姻を薦めるわけではないのは確かだった。
「エゼルバードこそ適当な者を確保すればいい。それこそ今の内だ」
「私は結婚する気がほぼありません」
気になる言い方だと思いつつ、クオンはエゼルバードの意志を確認することにした。
「それでははっきりしない。もっとよくわかるように説明しろ。でなければ、お前の意思を尊重しにくくなる」
エゼルバードはセイフリードに視線を一瞬だけ移した。
自分の本心を話すのであれば、セイフリードは邪魔だということがわかる。
しかし、エゼルバードはさっさと話をしておいた方が自分のためだと判断した。
「非常にプライベートなことを話します。父上には話していません。今後も必要なければ話す気がありません。それほどのことです」
エゼルバードはしっかりと前置きした上で続く言葉を発した。
「以前、私が寝ているところを女性に襲われたことは知っていると思います。それ以来、女性に対する警戒心が無意識的に強くなってしまいました」
クオンとセイフリードは即座に暗殺未遂事件とトラウマによる心的外傷後ストレス障害を思い浮かべた。
しかし、エゼルバードは今も女性と親しくしている。女性の友人も側近もいる。リーナのことも妹として可愛がっている。
ミレニアスに行く際、寝起きが悪いことを理由に、リーナに起こす役目をさせていたことも知っている。
一体何を言うつもりなのか。
クオンとセイフリードは真剣な表情でエゼルバードを見つめた。





