572 よくできました(一)
アイギスとアリアドネが帰った後、リーナは別室の応接間でクオン達と食事の後に行われる歓談をすることになった。
これは晩餐会後の反省会でもあり、今後のための打ち合わせでもある。
「非常にいい晩餐会だった。久しぶりに友人と共に食事を取り、リーナを紹介できた」
クオンはリーナと共にソファに座ると、早速晩餐会を評価した。
「全て上手くいった。アイギスはリーナのことを気に入ったようだ。心から会話を楽しんでいた」
アイギスはかなりの話好きだ。
寡黙なクオンにとって、時に一方的な場合もあるが、どんどん口を開いて話してくれるアイギスは相性がいい。デーウェンの大公子だけに、あまりにも酷いと思えるような話はしない。むしろ、興味を引くような話題を次々とあげることに長けていた。
リーナの勉強の多くは座学になるが、少しずつは実際の体験、実地訓練を増やしていかなければならない。
今夜の晩餐会はいい経験になるだけでなく、上手くこなすことができれば、かなりの自信につながるだろうとクオンは思っていた。
そして、予想以上の出来栄えに、これなら別の晩餐会などにリーナを出席させても問題はなさそうだと感じた。
「最初は緊張していたようだったが、すぐに雰囲気に溶け込み、会話に彩りを添え、相手を喜ばせていた。私よりもはるかに社交が上手い。これなら様々な晩餐会に出席しても大丈夫だろう」
リーナはクオンに褒められて嬉しくてたまらなかった。自分ではなんとか無事に終わったとしか思っていない。上手にできたという実感はなかった。
むしろ、アイギスの話に引き込まれてしまい、思わず会話に参加したり、質問をしたりしてしまったのはよくなかったとさえ思っていた。
「そういっていただけるのは嬉しいのですが、自分では反省する点があったと思っています」
「どのような点だ?」
「まずは会話に参加し過ぎてしまった点です。この晩餐会の主催者はクオン様です。クオン様とアイギス様が多くの会話を楽しめるようにしなければならないのに、クオン様はあまりお話されていなかったように思います。なのに、私は質問されたことをいいことに、少し話過ぎてしまったのではないかと思いました」
「それは問題ない。反省する必要は全くない」
クオンははっきりとした口調でそう言った。
「私は元々あまり話さない。寡黙な方だ。だからこそ、私の代わりに会話ができる者が欲しい。いつもであればエゼルバードがその役目をするのだが、今回は経験を積ませるためにも、リーナにできるだけ任せ、補佐に回って欲しいと頼んでいた」
晩餐会にはエゼルバードとセイフリードも出席していたが、二人はほとんど話をしなかった。
エゼルバードは笑みを浮かべ、軽く相槌を打つようなことばかりで、積極的に会話に参加することはなかった。
「私は最も身分が低いので、最も発言権がありません。他の方々が話すのを邪魔しないように大人しくしているべきです。なのに、エゼルバード様やセイフリード王子殿下よりも話してしまって……それも反省しないといけないと思いました」
リーナはしっかりと社交の基本を理解していた。
確かに、身分の低い者は立場をわきまえなければならない。自分よりも身分の高い者達に軽々しく話しかけることは無作法だ。
会話をするにしても、自分よりも身分の高い者達の発言が優先になるため、最低限程度に留めるのが正しい。
しかし、あくまでも基本であって、全てにおいてではない。
「リーナはしっかりと社交の基本を理解しているようですね。それは素晴らしいことですし、大切なことでもあります。ですが、あくまでも基本でしかありません。社交では状況に合わせる臨機応変さが求められます」
今度はエゼルバードが話し出した。
「今回の晩餐会の身分を考えれば、兄上やアイギス大公子が会話を楽しめるようにするのが他の者達の務めです。二人は友人同士なので、放っておいてでもいい位なのですが、あまりにも親しいため、困ってしまうこともあります」
「親しいために困ってしまうのですか?」
親しいのであれば、困ることはない。むしろ、問題は起きないはずだとリーナは思った。
「晩餐会の趣向を覚えていますか?」
「デーウェンの……特産品を味わう趣向だと聞きました」
リーナは正解を伺うような表情で答えた。
「その通りです。これはデーウェンとエルグラードが外交及び経済交渉を開始したことを受け、主に食料品の輸出を拡大したいデーウェン側にアピールする機会を与えるためでした。ですが、兄上はエルグラードの王太子。アピールされても、すぐに色よい返事をすることはできません。愛想よく笑顔を振りまく性格でもないですし、せいぜい美味だった、検討しておくというだけでしょう。これではアイギス大公子をがっかりさせてしまいます。そこで、他の者達へもアピールできるように私達やリーナが呼ばれました」
「そうでしたか……」
リーナは晩餐会に出席して経験を積むためだと思っていたが、他にも別の目的があったのだと理解した。
「私は外交的な場にもよく同席しますので、晩餐会を和やかな雰囲気にすることはできます。ですが、あくまでも表面的なものでしかありません。セイフリードは警戒心が強い性格ですので、社交を好みません。そこで、リーナが必要だったのです」
「私が必要?」
エゼルバードは頷いた。
「リーナは優しく相手を気遣うことができますし、勉強家です。アイギス大公子の話に真面目に耳を傾け、気になったことを質問するでしょう。アイギス大公子はリーナが自分の話に興味を持つ様子を見て、自国をアピールできていると感じます。友人のできたばかりの恋人を早速紹介されたことも、それだけ親しい間柄だと思うでしょう。アイギス大公子は楽しかった、来てよかったと満足します。その印象は後々にも影響し、友情も二国間の友好も深まります」
リーナは眉をひそめた。
自分はデーウェンのことをよく知らない。勉強不足だ。むしろ、アイギスに色々教えて貰えて良かった、とても勉強になったと思っていた。
ところが、リーナがアイギスの話を聞き、質問することが、最終的にはアイギスを満足させること、クオンとの友情やエルグラードとデーウェンの友好につながるというのだ。
「私はただお話を聞いていただけで、何もできていないと思うのですが……」
「いいえ。リーナはしっかりと役目を果たしました」
エゼルバードは微笑んだ。
「リーナは兄上の恋人とはいえ、何の政治的権限もない貴族の女性です。ですが、アイギス大公子から見れば違います。エルグラード王太子が心を許す女性、レーベルオード伯爵家の令嬢です。リーナに好印象を持たせれば、必ず将来に役立つ、益があると考え、それだけで十分満足してくれます」
「レーベルオード伯爵家の令嬢であることも重要なのでしょうか?」
レーベルオード伯爵家は名門貴族だ。しかも、当主は内務省のエリート官僚で跡継ぎは王太子の側近。エルグラードを支えている忠臣達だ。
しかし、それはあくまでも当主や跡継ぎのことであって、リーナではない。リーナが好印象を持つことが、レーベルオード伯爵家の意向につながるわけではない。
必ず将来役立つ、益があるとは考えにくい気がした。
「養女になったばかりですし、リーナがよく知らなくても当然ですが、レーベルオード伯爵家は国内よりも国外で有名なのです。前伯爵が外務大臣でしたからね」
現在の当主パトリック=レーベルオードの父親、事故死してしまった前レーベルオード伯爵が外務大臣だったことはリーナも知っている。
「前伯爵は諸外国との交渉のため、そして、グランディール国際銀行の設立のために奔走しました。エルグラードに多大なる貢献した人物です」
前レーベルオード伯爵が外務大臣に就任した当時は国王が腐敗した貴族達を一掃すること、国内の制度を見直して王家の力を強化することが最優先だった。
諸外国への関心が薄いこともあって、対外政策は新しい外務大臣に一任している状態だった。
前レーベルオード伯爵は外交官だった頃の経験を活かし、次々と諸外国との交渉をまとめ、友好条約を結び、国王が国内政策に集中できるようにした。
また、エルグラードと諸外国を強く結びつけるため、グランディール国際銀行の設立を考案する。とはいえ、外務大臣が銀行の頭取になるわけにもいかないため、友人や知り合いなどのコネを駆使して実現した。
最初は国内のどさくさにまぎれ、自らの資産を増やすための銀行を設立したという悪口が強かった。ヴァーンズワース伯爵領を立て直す資金が欲しいためだという声も挙がった。
しかし、前伯爵は自らの信じる道を進み続けた。グランディール国際銀行を大いに活用して外貨取引を活発にし、周辺国との輸出入を増大させ、国外投資を促した。
確かにレーベルオード伯爵家は潤ったかもしれない。だが、それ以上にエルグラード王家と国が潤った。
腐敗した貴族達に食いつくされていた国庫をみるみる回復させ、国民に重税を課すことなくむしろ減税して国を立て直す財源を国際取引に関わる税等によって確保した者こそ、前レーベルオード伯爵だったのだ。
皮肉なことに、前レーベルオード伯爵が死亡したことが、その存在の大きさとありあまるほどの貢献度を多くの者達に実感させることになった。
「前伯爵は間違いなくエルグラード史上最高の外務大臣でした。諸外国における知名度も抜群です。リーナはエルグラードと諸外国を強く結びつけ、双方の発展と繁栄に貢献した人物の孫なのです」
エゼルバードの説明により、前レーベルオード伯爵がいかに優秀だったか、諸外国の者達にもよく知られているかがわかったものの、リーナは違和感を拭えなかった。
というのも、リーナは確かにレーベルオード伯爵家の令嬢だったが、養女だ。血のつながりがない。
「私は養女ですが……」
「関係ありません。レーベルオード伯爵家の者であるということが重要です。それに、レーベルオード伯爵家とヴァーンズワース伯爵家は領地が隣であることから、古くから婚姻関係を結んでいます。リーナの生母の血筋を遡れば、レーベルオード伯爵家の者に辿り着きます。つまり、間違いなくレーベルオード伯爵家の子孫の一人なのですよ」
ほとんど赤の他人も同然だが。
全員が心の中で呟いた。





