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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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570 晩餐会の終わり

 最後のデザートはキウイとレモンのジェラードだった。


「リーナはキウイが好きかな?」


 キウイは酸味があるため、苦手だという者もいる。


「美味しいと思います。朝食でキウイジュースを選ぶことができるので飲んでいます。美容と健康にもいい果物だと聞きました」

「嬉しいね。是非とも、他国ではなくデーウェン産のキウイを贔屓にして欲しい」

「デーウェンからの輸出量が最も多いと聞いていますので、キウイを食べるとすればデーウェン産だと思います」


 リーナは特別な事を言ったつもりではなく、配膳長から聞いたことを取り入れて答えただけだった。


 しかし、リーナの言葉はアイギスを喜ばせた。


「デーウェンはキウイの生産量と輸出量が大陸一だ。近年は酸味の少なくて甘みが強いゴールド品種の栽培に力を入れている。グリーン品種よりも生で食べやすいと感じる者が多い。今はまだ一般的な認知度が高い果物とはいえないが、いずれはレモンと同じくらい一般的な果物にしていきたいと思っている」

「レモンと同じぐらいというと、相当なことでは?」


 黄色い果物と聞いて、真っ先に思いつくのがレモンだ。リーナが住んでいた王都外れの辺りでも売られていた。最も安価で一般的な果物かもしれない。


「エルグラードは広大だ。今はまだ王都やデーウェンに近い地方での需要が中心だが、全土における需要拡大を目指したい。そうなれば、輸出量は更に増大する。エルグラードで一般的な果物として認知されれば、周辺国での取り扱いも間違いなく増えるだろう」


 リーナは疑問に思ったことを質問した。


「でも、一般的な果物になるということは、高価な果物ではなくなってしまうのではありませんか? 安くなると、沢山売れても益が出にくい気がします」


 アイギスはリーナの意見を肯定するように頷いた。


「勿論、単価が落ちれば沢山売れても収益は減るだろうね。でも、それでいい」

「どうしてですか?」


 商品を売るのであれば、儲かる方がいい。


 沢山売れても儲けが少ないのでは困るだろうとリーナは思った。


「キウイを生産している国はデーウェン以外もある。いくらデーウェンがキウイを高く売り続けたくても、他の国が沢山作ってデーウェンよりも安く売り込んでしまうと、安い他国のキウイばかりが売れて、デーウェン産が売れなくなるかもしれない」


 リーナはその通りだと思って頷いた。


 一般の購入者は安い方がいいに決まっている。


 商人達も大量の取引額になれば、単価としては非常に微々たる差額だとしてもかなりの差額になる。少しでも安い商品がいいと思うに違いない。


「いずれはデーウェンも値段を下げて売るしかなくなる。価格競争になると、低価格で量産できる国が有利になる。但し、生鮮食品は遠方まで売りに行くのが難しい。鮮度の問題だけでなく、多くの輸送料が価格に反映してしまうからだ」


 商品自体の単価が売値になるわけではない。そこに輸送費、人件費、税金、様々な経費と商人の利益が上乗せされた額になる。


 いくら商品自体の単価が安くても、輸送費などが高ければ、最終的な値段が非常に高くなってしまうかもしれない。それでは価格競争に負けてしまう。売れない。


「そこで、今のうちにキウイといえばデーウェン産という認識を広めたい。同じ価格であれば、自分の知っている産地の商品を買う。長年同じ産地のものを購入していれば、安心や安全、信頼につながるだろう」

「そうですね。確かにずっと買っている商品の方が安心です。デーウェンはエルグラード中に固定客を作ろうとしているわけですね?」

「その通り。そして、今のうちに今後に備えた投資をしておくことも重要だ」


 商品を輸送して販売するというのは非常に簡単そうに思えるが、実際は様々な問題があり、諸費用がかかる。


 食品は単価が安いため、大量に売って益を上げる方法が主流だ。しかし、長期保存ができない、加工がしにくい場合は鮮度があるうちに売りさばかなくてはならない。


 産地に近い場所だけで売るのであればいいが、それだけでは需要も頭打ちになりやすい。できるだけ遠方へ速やかに輸送して売ることができれば、需要を伸ばすことができる。国内だけでなく他国にも売れるだけ売りたい。


 しかし、輸送をするための道路整備は無償ではない。他国であれば余計に。輸出を強化したい国が資金を出し、道路を整備して欲しいと要請することもある。


 また、輸送に必要な船や馬車、倉庫、販売拠点なども必要で、費用は莫大だ。


 そこで、早い段階で設備投資をしておく。


 そうすれば将来的にキウイの単価が下がっても、追加経費がかかりにくい。商品の価格に反映しにくくなり、新規参入との価格競争にも耐えることができる。むしろ、圧倒的なシェアを誇ることで、新規参入を阻む狙いもある。


 また、キウイといえばデーウェンと認知させ、産地の刷り込みをしておく。

 

 すると多くの人々はキウイを買う際にデーウェンを思い浮かべ、デーウェン産を選んで買う。有名なものは品質がよく美味で安全だと思われる。長年取引をしていれば商人達の信用も高くなり、デーウェン産を優先して取り扱う。


 わざわざ巨額の宣伝費をかける必要もなく、デーウェン産のキウイが当たり前になり、多くの需要に応える形で生産体制を継続することができる。


 デーウェンのキウイ生産と輸出は国際的にも長期的に固定化され、安定した税収に結びつくという筋書きだ。


「数年だけ売れればいいわけではない。何十年、できれば何百年に渡ってデーウェンのものが売れるように考えていかなければならない。それが統治者としての責務だ」

「……凄く勉強になりました。アイギス様は将来の展望をしっかりと見据えているのですね」

「リーナはまだ若いし、女性だからね。勉強も大事だけど、それ以上にクオンが体を壊さないように注意してあげて欲しい。あまり表情には出さないかもしれないが、体調不良でも執務を続けてしまう性格だ。可愛い恋人が休んで欲しいと言えば、無下にはできないはずだよ」

「私もクオン様が執務ばかりで体を壊さないか心配しています。健康には十分気を付けて欲しいと思っていますし、そのためにお役に立てるのであれば嬉しいです」

「クオンの人を見る目は確かだ。リーナならいい妃になれるよ」


 晩餐会は終始和やかな雰囲気だった。


 アイギスはデーウェンをアピールするだけでなく、リーナをクオンの恋人、いずれは妃にすることにも賛成しているという態度を示し続けた。


 ほとんど会話に加わらなかったエゼルバードやセイフリードもアイギスの配慮を感じ、王太子の強い味方になるだろうと思った。




 通常の晩餐会の後は別室で男女別に分かれて歓談するものだが、アリアドネの年齢を考慮し、すぐに帰ることになっていた。


「また来るよ」


 今週の土曜日には舞踏会があり、デーウェンの者達が招待されている。アイギスとアリアドネも国賓リストに名を連ねていた。


「できれば土曜日よりも前に会いたい。まだ話がある」

「わかった。ヘンデルに連絡させる」

「今日はヘンデルを見かけなかったね。忙しいのか?」


 アイギスはヘンデルとも友人だったが、今回の王宮訪問時にはヘンデルの姿を全く見ていなかった。


「忙しくしている」

「機会を改めて飲み会でもしよう」

「時間が取れればな。私達はもう学生ではない」

「だからこそ、自ら積極的に時間を作らないといけない。人生を執務だけで終えるべきではないよ」

「わかっている。だからこそ、恋人ができた」

「本当に良かった」


 アイギスは笑顔で挨拶をした後、アリアドネと共に帰って行った。




 帰りの馬車の中。


「お兄様、クルヴェリオン様に私のことを話してしまったの?」


 早速アリアドネは気になっていたことを質問した。


「王太子妃の座を狙っていたことか?」

「そうよ」

「話した。勿論、無理だと断られた。年齢差を考えれば当然だろう。それにクオンには恋人がいる。すでに入宮させているし、妻にするのは間違いない。クオンは昔から妻は一人だけでいいと公言していた。残念だが諦めるしかない」

「諦めてセイフリード王子の妻になれと?」

「私はともかく、父上達はそのつもりだ。初めて会ってみた感じはどうだ? 噂以上の美少年じゃないか」

「そうですわね。見た目は非常に良かったですわ」


 アリアドネは素直に肯定した。


「お話した感じも、悪くありませんでしたわ。でも、初対面ですもの。猫を被っているのはお互い様です。少ない情報だけで決めてしまうのはよくありません。絶対に後悔することになりますわ」

「セイフリード王子は来年成人する。すでにあちこちから縁談話が来ているらしい。本人にその気はないらしいが」

「では、セイフリード王子の縁談はまだ何も決まってないと?」

「学生の内は婚姻しないだろう。とはいえ、エルグラードの第四王子、王太子が後見人ということであれば、婚約だけでも十分に効果はある。少なくとも父上達はそう踏んでいるのだろう。無理して縁談を調える必要はないが、相手に丁度いいのは確かだ。留学中に親しくしておき、妻の候補や友人の一人に名を連ねる手もある」


 やはり、覚悟が必要だわ。


 アリアドネは決心した。


「私、セイフリード王子がどんな方なのかもっと知りたいと思います。それに、このままでは失恋してしまっただけでなく、クルヴェリオン様に全く相手にされなかったと言われ、笑われてしまいますわ。デーウェン大公家が軽視されてしまいかねません。そこで、留学中だけセイフリード王子と婚約するのはどうでしょうか?」


 妹の思わぬ条件にアイギスは眉を上げた。


「留学中だけ?」

「セイフリード王子はすぐに婚姻する気もないわけですよね? ですが、あの美貌。そして頭脳。身分や後ろ盾。今はまだしも、成人すれば多くの女性達が放っておくわけがありません。一気に妻の座を狙う熾烈な争いが始まりますわ。学業に専念したいのであれば、鬱陶しいことこの上ありません」

「まあな」


 アイギスは妹の言葉には一理あるどころか、かなり正しい推測だと思った。


「私も留学するからには、学業に力を入れたいと思っておりますの。セイフリード王子の婚約者であれば変な男性も近寄ってこないと思いますし、私をいじめようとする者もいないと思いますの。他国の者といって軽視されることもありませんわ。留学中も何かと特別に配慮されるかもしれません」

「ふむ」

「正式に婚約を決定する必要もないかもしれませんわ。両家で縁談を交渉中であることを公表するだけでも。さしずめ私は婚約者候補といったところでしょうか。そうなれば、私もセイフリード王子も縁談の交渉中だといって他の方を相手にしなくてもよくなります」


 アイギスはアリアドネを疑うような眼差しで見つめた。


「何かよからぬことを考えているな?」

「セイフリード王子を盾にして、面倒な殿方とうるさい淑女をけちらして、留学生活を満喫したいだけですわ。私、留学することをとても楽しみにしていましたの。お兄様も留学して大きな世界を知ることができた、大きく成長することができたとおっしゃっていたではありませんか」


 確かにアイギスもエルグラード留学で非常に多くのことを得ることができた。


 最初はデーウェン大公家の慣例も、強大国の王族貴族との付き合いも面倒だという気持ちがあった。しかし、実際に留学してみれば、新鮮な出来事との遭遇に驚きの連続だった。

 

 デーウェンと違う文明がまさにあった。


 そして、多くの優秀な者達と共に切磋琢磨したことで、より自らの能力、実力に自信を持つことができた。


 何よりも、エルグラードの王太子と心を通わせるほどの友人になれたのは大きい。


 アリアドネにも留学をすることで、デーウェンよりも強大な国があること、そこには多くの人々がデーウェンとは異なる文化、風習の元で生活していることを含め、言葉では言い表せない多くのことを学び、体験して欲しいとアイギスは思っていた。


 勿論、一生を通じて親しくできる友人、愛する者と巡り合えればいいとも。


「お兄様、実はわたくし、早速お友達になりたい方を見つけたのです」


 アリアドネはねだるような視線をアイギスに向けた。


「誰だ?」

「リーナさんですわ」


 アイギスの表情が瞬時に険しくなった。



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