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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編
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569 デーウェンへの誘い

 デーウェンの特産品は海産物だけではない。多種多様な食材もある。


 アイギスは食事に絡めつつ紹介するが、エルグラードにも多種多様な食材がある。しかも、大陸の穀物庫と言われるほどの食料生産を誇っている。簡単には売り込めない。


 そこで、リーナを利用する作戦を実行した。


「リーナは海を見たことはあるかな?」

「本物は見たことがないです。でも、絵では見たことがあります」

「ぜひ、本物を見て欲しい。デーウェンは観光業にも力を入れている。海辺の景色が堪能できるホテルが多くあって、今も続々と建設中だ。勿論、王族が宿泊してもおかしくない最高級ホテルがいくつもある」

「申し訳ございません。私は後宮に入ったので、旅行は無理だと思います」


 後宮に入ると、許可がなければ外出できない。部屋の外にでるためにも許可が必要な位だ。他国に旅行に行く許可を貰うのは非常に難しいに決まっている。また、旅行中は勉強もできなくなる。


 本物の海を見たいとは思うものの、絶対に無理だとリーナは思った。


「普通に旅行するのは無理だろうね。でも、クオンと一緒なら大丈夫だよ」

「クオン様と?」


 それこそ難しいとリーナは思った。クオンは執務で忙しい。旅行する暇などないと思った。


 しかし、アイギスは解決策を提案することも忘れなかった。


「クオンは外交に関わる執務も増やすみたいだし、王太子のうちに周辺国へ訪問しておくべきだ。最初の国外訪問先は距離的に近いミレニアスになったのはわかる。エゼルバード王子が留学していた国だしね。でも、デーウェンにも来て欲しい」


 アイギスはクオンにデーウェンを訪問して貰いたかった。


 クオン自らが訪れ、その国の良さや素晴らしさを実感すれば、外交や様々な分野に影響を与える。


 また、エルグラードの王太子がわざわざ訪問したという事実が、訪問国の立場を国際的にも向上させる。


 デーウェン大公国はエルグラード王太子の初めての国外訪問先に選ばれたいと思っており、そのための誘いを何度もしていたが返事が芳しくなかった。


 そして、ついにはミレニアスに先を越されてしまう。しかも、訪問したのが王太子だけでなく王子全員という破格の内容だった。


 ミレニアスはエルグラードの周辺国の中でも国境までの距離が近く、王都同士も近い。街道も整備されているために移動しやすい。第二王子の留学先で、ミレニアス王太子とは非常に親しくしている。何よりも、国境問題を速やかに解決し、軍事衝突や戦争を避けたいという思惑がある。ただ、友好を深めるための訪問ではなく、政治的な重要度が高い訪問だった。


 様々な要因を考慮すれば、王太子の訪問先がミレニアスになるのはわからないでもない。だが、デーウェンとしては悔しくもあり、面目が潰れたと思う気持ちもあった。


 アイギスはクオンの親友を自負しているだけに、デーウェンへ呼ぶことができないのは自らの力不足を露呈し、デーウェンの軽視を肯定する風潮を強めてしまうことになるため、放置できないことだった。


「クオンが忙しいのはわかっている。でも、新婚旅行には行くだろう?」


 新婚旅行という言葉に、全員が注目した。


「外交訪問も兼ねてしまえば予算も節約できるし、警備も万全だ。リーナも安心して同行できる。それにリーナが海を見たいと言ったことがデーウェンへの訪問につながったとわかれば、両国の友好をより深めることに貢献したことになる。デーウェンは国を挙げてクオンだけでなく、リーナも大歓迎するよ。諸外国のウケがいい妻を持つのはクオンにとっても都合がいいはずだ。どうかな?」


 クオンは考えた。


 自分の友人を通してリーナの立場を強化することは考えていたものの、国外訪問を絡めることは考えていなかった。


 新婚旅行という案も悪くはないが、かなり先の話になる。また、側妃と新婚旅行に出かけることができるのか、旅行先は国外でもいいのかといった詳細についても調べなければならない。


 前例がある場合はいいが、ない場合は難しい。そもそも、側妃とは結婚式をしない。正妃にしなければ、新婚旅行は無理かもしれない。


 クオンとしては、なしくずしに側妃候補から側妃にするだけで済まそうとは思っていない。可能な限りはリーナのためにできることはしたい。


 結婚式も国家行事としてはできないが、個人的にすることはできる。レーベルオード伯爵からも要望が出ていた。


 しかし、側妃になることが優先だ。


 現状では細かい予定は後回しにしたいのが本音だが、何もできないわけでもない。


 クオンも王太子のうちに特に重要な関係国を訪問し、エルグラードの統治者としての存在感を見せつけておくのは有効だと思っている。


 その際にリーナを同行させ、妻になる女性であることを認知させることができれば、重要関係国が認める女性ということになり、国内におけるリーナの評価も向上する。


 他国の者達は国内の者達とは違う基準で判断する。


 リーナの出自が低いことを全く問題視しないわけではないが、それよりも王太子が寵愛する女性を軽視し、怒りを買うのは得策ではない。国益を損ねることになるのは明らかだと判断するはずだ。


 しかも、リーナはレーベルオード伯爵家の養女。他国においてレーベルオード伯爵家の影響力は国内の比ではない。


 代々受け継いできた人脈と信用に加え、前レーベルオード伯爵、グランディール国際銀行の存在も相まってかなりのものだ。


 リーナを養女に迎えた際も、国外からの祝福と贈り物が相次いだ。そして、クオンがリーナの入宮を命じたことで、レーベルオードやグランディール国際銀行に関する注目が一層集まった。


 レーベルオード伯爵家の資産価格もかなり変動してしまったため、クオンはレーベルオード伯爵と話す際、パスカルが相続する際の税金対策についても相談されたほどだ。


 クオンが考えている間に、話題は次へと進んでいた。


「デーウェンはとても古い歴史がある。温暖な海の中に浮かぶミュノーア島が発祥で、海洋国家として栄えて来た」


 ミュノーア島を中心により多くの島々を傘下に治め、大陸の沿岸部にも進出した時代はミュノーア王国と呼ばれており、デーウェン大公国ではなかった。

 

 時代が過ぎると、大陸の国々との関係性が重要になる。どの国も海に面する領土が欲しい。


 ミュノーア王国は大陸の沿岸部にある領土の防衛を強化し、副王が治めるデーウェン大公国を定めた。沿岸部の領土を属国化したのだ。


 属国化したのは副王に可能な限りの判断をさせて王の負担を少なくするため、細かいことまでいちいち海を渡って本国の指示を仰がなくて済むようにするためだった。


 また、いずれは沿岸部の領土を拡大したいという狙いもあり、その際に本国と属国で切り離すことによって、属国のための兵役負担等を本国がしないで済むようにするためでもあった。


 この属国化は思わぬことで役に立つ。それは、本国であるミュノーア島が他国に制圧されてしまった際、属国は別の国だとみなされ、攻め込まれなかったことだ。


 本国の王族は死亡。島々の海兵団は白旗を揚げ、ミュノーア王国は滅亡した。


 しかし、デーウェン大公国は黙っていなかった。完全に他国化する前にミュノーア島以外の島々と力を合わせ、ミュノーア島を奪還したのだ。


 デーウェン大公はミュノーア王国を再興しなかった。


 デーウェン大公は自らの治めるデーウェン大公国を本拠地に定め、ミュノーア島を始めとする島々を傘下に治める形にした。


「デーウェンは大陸の影響を受けた文化を持っている。それに対し、ミュノーアを始めとした島々は海洋国家だった頃の文化が色濃く残っている。同じく国でも全く違う文化が混在し、共存している。エルグラードも複数の文化を内包している。でも、海という存在は言葉では言い尽くせないほど大きい。デーウェンへ来ると、人生が百八十度変わってしまうという者もいるよ」


 リーナはアイギスの話に引き込まれ、デーウェン大公国への興味が高まった。


「それほどまでに魅力的な国なのですね」

「デーウェンには多くの職人達が移民としてやってきた。その技術が伝わったおかげで、様々な工芸品がある。お薦めの土産も沢山あってね。まずはカメオかな」


 デーウェンといえば海、海運業や海産物が有名だが、優れた工芸品も生産している。


 カメオというのは大理石、貝、宝石や鉱石に浮彫を施した装飾品や工芸品のことだ。


 デーウェンを訪れる者に人気の土産の一つであり、裕福な女性達はブローチやペンダントを好んで購入する。男性には懐中時計が人気だ。


 基本的にはすでにある商品の中から選ぶのだが、自分の似顔絵などを元に特注品を作ることもできる。


「クオンはリーナのカメオをあしらった懐中時計を作らせればいい。時間を確認する度に、愛する女性の姿も確認できるよ」


 悪くないとクオンは思った。


「リーナもクオンのカメオをあしらった何かを持ち歩いてお守りにするとかね。時計は少し重い。軽いものがいいなら指輪やブレスレット、ブローチでもいいね。旅行の時は、大切な思い出と共に一生愛でることができるような品を手に入れるものだ。デーウェンはガラス工芸が有名な場所もある。特に装飾的なグラスの人気が高くて評価も高い。コレクターもいるほどだよ」


 アイギスは食卓の上にあるグラスに視線を向けた。


「このグラスはデーウェンのだね? 食器もだけど」

「今夜の趣向に合わせた」


 晩餐会はデーウェンの素晴らしいものを味わうという趣向だけに、食事の内容だけでなく、盛り付ける食器に関してもデーウェン産の最高級品を使用していた。


「私が贈ったもののような気がする」

「初めて使った」

「一回でも使う機会があって良かった」


 王族や王家宛に届く贈り物の数は相当な数になる。いくら最高級品、実用的なものを贈っても、ほとんどは未使用のままになってしまうのが普通だ。


 本当に心からの気持ちを込めた贈り物もあるが、他国からの贈り物は基本的に自国品の自慢あるいは売り込みも兼ねている。いわゆる商品の見本といっても言い過ぎではない。


「旅行の記念として特注のペアグラスを作るといいよ。プライベートな祝い事や夕食の際に使えばいい。勿論、食器も合わせて薦めるよ。訪れた場所を思い出すような絵柄を選べば、食事をしながら旅行のことを思い出せる。話題に花も咲くはずだ。勿論、愛も深まるだろうね。食事中の会話に活かすこともできる。クオンにはきっと役立つよ」


 クオンもアイギスの案を気に入り、リーナを連れてデーウェンを訪問したいと思った。


 しかし、安易に返事をすることはできない。


 非公式な晩餐会とはいえ、クオンの返事次第では、アイギスが早速デーウェン訪問のための準備や根回しに動きかねない。


 個人的な判断と王太子としての判断を、当然のごとく混ぜるわけにはいかない。


 しかし、長年の付き合いがあるだけに、クオンの気持ちをアイギスは表情から読み取った。


「結構気に入ったかな? まあ、慎重に考えてくれればいいよ。急いでいるわけではないしね。ただ、島嶼部は十月中旬からはオフシーズンだ。風が強くなるし気温も下がる。雰囲気も寂しくなるね。船でミュノーアなどにも行くなら、オンシーズンがいいかな」


 アイギスは妹に視線を移した。


 クオンとリーナを新婚旅行という方法でデーウェンに誘致したことへの反応を確認するためだった。


 普段は大公女という身分柄、誰にも遠慮することなく自分の意見をはっきりという性格のアリアドネは、澄ました表情をしているばかりか、微笑まで浮かべていた。


 意外と大丈夫そうだな? 


 晩餐会が始まる前、アリアドネはセイフリードと会話していたが、特に問題が起きることもなく過ごすことができたようだった。


 アリアドネは素敵な王子様に王都で貴族の若者に人気がある場所を教えて貰い、かなりの上機嫌だった。


 セイフリードの見た目は非常にいい。かなりの美少年だ。すでに大学に通っていて卒業間近であることを見ても、非常に頭がいいとわかる。期待の若手、有望株。若い世代の女性達にとって、最上級の夫候補であるのは間違いない。


 アリアドネがセイフリード王子との縁談に乗り気になってくれればいいのだが……勿論、セイフリード王子も。


 アイギスは切実な気分でそうであって欲しいと願った。



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