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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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566 デーウェンの大公子

 王宮では急きょ晩餐会が開かれることになった。


 それはプライベートな用件でエルグラードを訪れているデーウェンの大公子アイギスが、親交のある王太子に会いに来たためだった。


 手土産はデーウェン大公国の特産品が多数。デーウェンからの食料の品目や輸出量を拡大したいというアピールである。


「久しぶりだね、クオン!」


 アイギスはヘーゼル色の瞳を輝かせながらにこやかに挨拶をした。


「雰囲気が柔らかくなった気がする。ようやくできた恋人のおかげかな?」

「特別大使は委縮していたが」


 エルグラードは外交及び経済に関する交渉をデーウェンと開始した。


 デーウェンの特別大使が挨拶に来たものの、エルグラード国王ではなく王太子がこの件を担当するため、謁見相手は王太子になると聞き驚愕した。


 エルグラード国王ハーヴェリオンは強大国の統治者であるにもかかわらず、相手をむやみに威圧するようなことはしない。むしろ、非常に友好的に振る舞うことが多かったため、周辺国の者達は謁見に対して極度に緊張することはなかった。


 とはいえ、国王の外交判断が甘いわけではない。冷徹な部分は宰相、厳格な部分は首席補佐官が担当しているだけの話だ。それでも国王直々に威圧されるよりはましだった。少なくとも、国王の様子は悪くなかったと報告できるからだ。


 しかし、王太子との謁見は全く違う。


 圧倒的な王者としての風格と考えを読ませない表情、いかにも切れ者だと言わんばかりの鋭く強い視線のせいで、その場にいるだけでも十分なほどの威圧感がある。


 謁見を乗り切るだけでもかなりの精神力が必要だというのがもっぱらの評判だ。


 デーウェンの特別大使もまた王太子と謁見しただけでかなりの精神的消耗を強いられることになる。しかも、帰る際に第三王子レイフィールが率いるエルグラード軍の行軍と鉢合わせした。


 エルグラードは話し合いによる平和的な解決を優先しているため、近年は徐々に軍事規模や予算を縮小している。


 しかし、王宮の広場を埋め尽くすほどの大規模な部隊が整然と統率され、行軍する様子は圧倒的な軍事力を想像するのには十分だった。


 特別大使はすっかり意気消沈して大使館に戻り、プライベートな理由で訪問中の大公子に報告するという形をとって泣きついたのだった。


「大使は交渉相手が悪すぎると言っていた。まだ何も始まっていないも同然だというのに、成果が出ないかもしれないと嘆いていたよ。まずはエルグラードが機先を制して一歩リードかな?」


 アイギスはそう言いつつも笑いながら自らの濃い茶色の髪を手で払った。


「まあ、私には関係ないけどね。それよりも、少し髪が伸びてしまったかな。早く切らないと。大使の前でそう言ったら、自分が切られると思って青ざめていた」

「別に急いで切る必要はない」


 髪も大使も。


 弱気の大使のままでいる方がエルグラードにとって都合がいい。そのために、レイフィールと打ち合わせして、軍の様子を見せて威圧した。


「取りあえず、クオンが担当をするなら私から一言伝えておかないとね。お手柔らかに頼むよ」

「普通に対応する」

「厳しい対応でなくて良かった」


 クオンは状況を見守っていたキルヒウス及び護衛を下がらせた。


 部屋にはクオンとアイギスの二人だけになる。


 二人はソファに移動した。


「まずはおめでとう。もう入宮させたと聞いた。随分と早い展開だね?」


 アイギスは早速探るような視線を向けた。


「三十になる前に婚姻するつもりだとか?」

「そうだ」


 肯定の言葉にアイギスは思わず眉を上げた。


「随分と前倒しすることにしたね? 以前は四十までになんとかすると言っていたのに」

「あの時は相手がいなかった。今はいる」

「元平民だと聞いた。正妃にするのは難しそうだ」


 アイギスはすでにクオンの恋人に関する情報を得ていた。


 エルグラードの王太子が社交デビューしたばかりの女性を見初め、自らの主催する音楽会に招待したばかりか、入宮するように命じた。


 女性は名門貴族であるレーベルオード伯爵家の令嬢だが、本当の娘ではない。元平民の養女であることも知っていた。


「取りあえず側妃にする。内密ではあるが、父上からの許可は貰っている」


 エルグラードの法律においての婚姻制度は一夫一妻制だが、王家だけは側妃制度を取り入れているため一夫多妻だ。


 そのため、王族であっても平民を妻にすることが可能だ。但し、有力貴族の養女にして体裁を整えるのが最低限の条件になる。


 また、王子妃にはなれるが、エルグラードで最高位の女性になる王妃や王太子妃になった前例はない。国王や王太子が夫の場合は側妃止まりであることも、周知の事実だった。


「取りあえずというのは、いずれは正妃にしたいと思っているとか?」


 クオンが妻を複数持つ気がないことをアイギスは知っている。


 ようやく選んだ女性は側妃にしかできない。そうなれば、別の女性を飾りの正妃に薦める声が出るに決まっている。


 クオンがそれを受け入れるわけがない。そうなると、まずは側妃にし、後から何かしらの理由をつけて正妃に格上げするつもりなのだろうと考えられた。


 てっとり早いのは息子を産ませることだ。国母になることを理由に、相応しい身分に格上げするといって正妃にするのがわかりやすい。


 但し、この方法は決して安易な道ではない。


 なぜなら、王太子の生母が側妃のままという前例があるからだ。


 どんなに身分の低い女性であっても側妃になればいい。その子供は王族になり、自動的に王位継承権が与えられる。わざわざ後から生母の身分を高くする必要はない。


 より王太子の立場を強化したいというのはあっても、身分制を重視する者達からの反発を招くことを考えれば、側妃のまま据え置く方がいい。少なくとも、過去においてはそうだった。


「焦ってことを仕損じるのは論外だ。少しずつでも着実に行く」

「クオンらしい。どんな女性なのか、会うのが楽しみだ」

「お前に言っておくことがある」

「ん?」

「調子に乗るな」


 クオンに対してだけではない。自分の恋人に対しても。だからこそわざわざクオンは言葉にした。


 アイギスはクオンの慎重さに笑みを浮かべつつ答えた。


「気を付けるよ。その代わり、うちの妹のこともよろしく」


 デーウェン大公家の者は国際的な感覚と見聞を広めるため、ある程度の年齢になると国外、基本的にはエルグラードへ留学するのが慣例だ。


 アイギスもエルグラードに留学し、その際にクオンと親しくなった。


 アイギスの妹アリアドネは十三歳。秋からエルグラードに留学することになっていた。


「妹が大人しくしているか気になる。外面はいいが、内心はかなりの我儘姫だ」

「弟は忍耐力がない。問題が起きていないといいが」


 兄である二人は同時にため息をついた。


 現在、アリアドネは別室にいる。


 政治的な話もするであろうことを理由に、まずはアイギスだけでクオンに会うことになった。


 どの程度の時間がかかるかわからないため、アリアドネの話し相手をセイフリードが務めている。


「私は乗り気ではない。セイフリードはまだ学生だ。大学院にも進むだろう。縁談は早い」


 デーウェン大公はエルグラード国王に娘と第四王子セイフリードの縁談を持ちかけている。そのため、本人同士で顔合わせをしておくようにという国王の指示が密かに出ていた。


 セイフリードがアリアドネの話し相手をしているのはそのせいだった。


「十三歳では婚姻もできない」

「大学院を卒業した後で婚姻するのであれば丁度いいかもしれない」

「お前はこの縁談に賛成しているのか?」


 アイギスは曖昧な笑みを浮かべた。


「私はセイフリード王子をよく知らない。なんとも言えないな。ただ、エルグラード王家と縁戚関係になるのは悪くない。国益にもなるし、個人的にも歓迎ではある」


 アイギスは覚悟を決めた。ついに話す時が来たと。


「ただ、アリアドネが想いを寄せているのはクオンだけどね」


 間が空いた。


「……空耳が聞こえた」

「空耳じゃない。はっきりと言う。妹はエルグラードの王太子に懸想し、王太子妃の座を虎視眈々と狙っていたようだ」

「アリアドネと会ったのは相当昔だ。私のことなど覚えていないだろう」

「覚えているよ。お菓子をくれた素敵な王子様としてね」


 クオンが学生だった頃、アイギスが妹を大学に連れて来たことがあった。


 アリアドネは留学中の兄に会いに来たにも関わらず、全く構って貰えないことに腹を立てて泣き喚いた。そのため、しぶしぶ大学に同行させたのだ。


 幼児だったアリアドネは初めて来る場所で知らない者達に囲まれ、号泣してしまった。


 その時、アリアドネに菓子を与え、泣き止ませたのがクオンだった。


 当時のクオンはイライラした時に食べる常備薬のようなものとして、ポケットに飴やチョコレート、クッキーなどの菓子を入れて持ち歩いていた。


 それが偶然役に立った。クオンにしてみれば、それだけのことだ。


 アリアドネがクオンを親切だと思い、好印象を受けたのはわかるとしても、なぜ、王太子妃の座を狙うことになるのか。あまりにも年齢差があり過ぎて無理なのは明らかだ。


 飛躍し過ぎて理解しにくいとクオンは思った。



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