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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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565 夕礼前

 音楽の授業の後は休憩時間になるが、その後に夕礼があるため学習室にいる必要がある。


 リーナは授業が終わった緊張感が解けたため、大きく息を吸って吐いた。


「緊張されたのではありませんか?」


 すぐにカミーラがリーナに声をかけた。


「はい。とても緊張しました。どんな授業になるのか心配していましたが、基本的には講義になると聞いて安心しました。私……音楽については詳しくなくて」


 リーナが正直にそう言うと、すぐにベルが元気な声で励ました。


「大丈夫よ! 私も音楽は苦手なの。特に名前とか作品名を覚えるのがね。正直に言うと、一つでいいのに三つも答えるなんてと思ったわ」


 ベルはそう言いながら視線をラブにうつした。


「ラブって意外と頭いいわよね。あの作品名が出てくるあたり、普通じゃないわ。講師ウケも良かったし」

「お母様が好きなのよ。ああいう神っぽい感じとかいかにも愛って感じのやつ」


 ベルは納得した。


「ゼファード侯爵夫人は芸術関係に興味があるものね」


 貴族の女性は様々な催しに招待される。


 身分が高く、裕福で力があるものほど招待は多くなるが、全ての招待を受けることは不可能だ。日程が被る場合や王都以外での催しもある。


 そのため、誰がどのような招待に応じるか、出席する催しの傾向を見れば、ある程度の性格や嗜好がわかるのだ。


「愛人といちゃいちゃするための口実よ」


 ラブの容赦ない一言によって部屋の雰囲気が悪くなる。と、その時扉が開いた。


 入室してきたのは背中に満開のバラの花のような華やかさと笑みを讃えた第二王子エゼルバードだった。


 席に座っていた側妃候補達は急いで起立した。


「初めての授業はどうでしたか? 緊張しましたか?」


 エゼルバードはリーナだけを見ながら話しかけただけでなく、その手を取って軽く口づけ、自分の側に引き寄せた。


 流れるような動作は自然かつスマートだが、リーナの恋人は第二王子ではない。王太子だ。


 リーナは少し困ったような表情をしながら答えた。


「エゼルバード様にご挨拶させていただきます。本日はお日柄も良く」

「挨拶は不要です。リーナは私にとって妹のようなものですからね。だからこそ、このようにするのです」


 エゼルバードはリーナへの行動は全て妹のように思っているからだということを周囲にわざとらしく示した。


「何か問題はありませんでしたか?」

「……緊張しましたが、様々なことを知ることができましたし、まだまだ勉強不足であることも痛感しました」

「音楽の授業だったはずです。最初は国歌についてなので、さほど難しい内容ではないはずですが、講師を務めるのは一流の者達です。知らないことも勿論あったことでしょう。でなければ教える意味がありません」

「でも、他の方々はよくご存じのようでした。質問にもすぐに手を挙げて答えていましたし……」


 リーナの話したことは他の側妃候補が優秀であるという内容だった。


 それを聞いたカミーラ、ベル、ラブは強調すべきはそこではないと思い、また、以前からいた側妃候補達は自分達の優秀さを第二王子にアピールして貰えるのは都合がいいと感じた。


 とはいえ、エゼルバードにとってリーナ以外は眼中にない。他の候補者についてはどうでもいいこととして切り捨てられていた。


「気にすることはありません。すでに何度も同じ授業を受けている者達もいます。そういった者達はむしろ答えられなくてはおかしいでしょう。また、音楽に興味がないような場合も、よく知ろうとはしません。私は芸術全般に興味があると思われていますが、音楽についてはたしなみ程度にしか知りません」

「えっ、そうなのですか?」


 リーナは驚いたが、他の側妃候補達も内心では驚いていた。


 エゼルバードは芸術に関わることについては全般的に興味があると思っていた。しかし、本人が違う、音楽はたしなみで程度だと言われれば、そうなのかと思うしかない。


 とはいえ、エゼルバードは天才だと言われている。天才のたしなみ程度=かなりのものという補正が入るのは当然のことだった。


「私は芸術科でしたが、選択コースが美術でした。音楽は別のコースになります。ですが、友人の中には音楽を選択した者もいたので、会話によって自然と音楽の知識も身に付きました。勉強だけが知識を増やすわけではありません。多くの者達と交流し、友人を作ることで自然と身につくこともあります」


 エゼルバードは会話によってリーナの緊張がほぐれたところで質問した。


「ところで、リーナ。この後の予定は何か聞いていますか?」

「いいえ。特には何も」

「では、私と王宮に来てください。お茶にしましょう。その後は晩餐会です。デーウェンの特産品を味わう趣向になります。リーナは海産物が好きですね? 美味しいものを沢山味わえますよ。兄上も一緒です」

「え……」


 お茶だけでなく晩餐会への招待もある。リーナとしては遠慮したいのが本音だったが、他の者達がいる前で堂々と第二王子による直接の招待を断ることは難しかった。


 また、エゼルバードは勘違いをしている。リーナは海産物が好きなわけではない。但し、知識や味覚の勉強としての興味はある。美味しいものも食べるのも好きだ。


 クオンも一緒という部分がリーナに大きな安心感を与え。大丈夫かもしれないという

考えが頭の中に浮かんだ。


「夕礼は早退しなさい。時間がないのでね。行きますよ」


 エゼルバードがリーナの手を取って自らの側に寄せたのは、この後の予定に連れて行くためであり、決して逃がさないつもりだったからに他ならない。


 エスコートという名目の強制連行によって、リーナは初めての夕礼に出ることなく早退し、王宮へと向かうことになった。




 王宮に来たリーナは第二王子の私室の一つに案内された。


「早速用意しなさい」


 エゼルバードの指示により、テーブルの上には食器やカトラリーがセットされる。しかし、それはお茶のためではなく本格的なディナーのためのものだった。


「これからしばらくはお茶の時間という名目で、この部屋で過ごして貰います。その間に今夜の晩餐を模したテーブルマナーに問題がないか確認しなさい。それから覚えておかなければならないことが少々あります。私は忙しいのでセブンとクローディアに任せます。しっかりと勉強をしておきなさい」


 エゼルバードはすぐに部屋を出て行った。


 部屋に残されたのはリーナ、セブン、クローディア、第二王子付きの侍従と侍女。


 スズリ、マリウス、護衛騎士もリーナに同行していたが、部屋に入ることは許されず、控えの間で待機していた。


「着席する」


 リーナはセブンにエスコートされ、小さなダイニングセットの一席に座った。


 リーナの隣にセブン、対面側にクローディアが着席する。


「始めろ」

「かしこまりました」


 侍従がうやうやしく一礼し、侍女と共に準備を始める。


 最初に出された小皿には大きな白い紙が乗っており、前菜と書かれていた。


 侍従が紙をひっくり返すと、そこには前菜の絵が描かれていた。


「今夜の晩餐用に描かれた盛り付けの見本画だ。これを使って事前に晩餐会のマナー、カトラリーの使い方について問題がないかどうかを確認する」


 セブンはそう言うと、より細かい説明を始めた。


「今夜の晩餐にはデーウェンの要人が招待されている。メニューに関してもデーウェンの

特産品を可能な限り使用している。デーウェンと言えば海産物だ。エルグラードにおける海産物を一手に引き受けているのがデーウェンといっても過言ではない。だが、デーウェンの特産品は海産物ばかりではない。他にも多くの食品がある。小麦、ワイン、肉、チーズ、ハム、果物、野菜、ハーブなどあげたらきりがない。今回は全ての食材がデーウェン産だと思え」


 リーナは思わず質問した。


「あの……質問があるのですが?」

「なんだ?」

「私は晩餐会に出席しなければならないのでしょうか?」


 リーナはどこまでも素直かつ正直だった。


「重要な方々が出席するような大事な晩餐会ということであれば、私のようにまだ未熟で勉強中の者は出席しない方がいいと思うのですが……」

「欠席は認められない」


 セブンは静かに、それでいて確固たる口調で言った。


「王太子の側にいるということは、王太子の出席するような晩餐会にも出席するということだ。今はまだ候補だが、側妃になれば重臣や国内貴族だけでなく、国外の王族貴族、大使や外交官、国賓などの重要人物との晩餐会もあるだろう。今のうちに経験を積んでおくべきだ。その考えての招待だ」


 リーナが晩餐会に出席するのは経験を積むため、つまりは勉強するためだった。


「でも……デーウェンの方々の前で失礼をしてしまったら、それこそ外交的な問題というか、大変なことになってしまうのではないでしょうか?」


 リーナは大きなプレッシャーを感じた。


 その様子を見たクローディアがすぐに言葉をかけた。


「あまり深く考える必要はありません。普段の食事と何も変わりません。出されたものを順番通りいただけばいいのです。但し、いつもと違う部分があります。それはいつもとは少し違う食材が出るかもしれないこと。また、美味しくなくても不味いとは言わないことです」


 リーナはクローディアを見た。


「いつも美味しくいただいています。不味いものが出て来たことはありません」

「それはお口に入るものが全てレーベルオード伯爵令嬢の嗜好を考慮しているからです。ですが、今回は違います。王宮における晩餐会としての味付けになるので、嗜好に合わない料理が出てくるかもしれません。ですが、決して不味い、美味しくない、嫌いなどの言葉は言わないで下さい。雰囲気が悪くなります」


 食事を楽しい雰囲気で取ることは重要だ。そのことはリーナにもわかる。


 その雰囲気を大事にするために、万が一嗜好に合わないもの、不味い料理が出ても黙っているというのは理解できた。


「普段であれば、美味しいと思えないものを食べる必要はありません。ですが、今回はデーウェンの要人が出席する晩餐会なので、基本的には全部手をつけていただきます。食べたくないと思った場合はできるだけ小さく、少しずつ食べて下さい。時間切れ、量が多いことを理由に残すのです。勿論、普通に食べていただいても構いません。会話をしてわざと食べない方法もありますが、レーベルオード伯爵令嬢は会話に参加しない方がいいでしょう」


 食事中の会話も重要だ。しかし、リーナには社交会話の経験値がない。会話に参加しようとしてもわからない、話題も知らないことばかりで無理だろうとリーナは思った。


「一通りどのようなものが出てくるか確認し、食べ方がわからないようなものは教えろ。今のうちに正しい食べ方、カトラリーの使い方を教えておく。そうすれば晩餐会で失敗することはない。ただ大人しく食事をしていればいいだけになる。話しかけられても、適当に相槌を打つだけだ。簡単だろう」


 優雅なお茶会とは程遠い、晩餐会のための勉強会が始まった。



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