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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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561 学習室(一)

 ドアが開いた。


 レーチェが中に入ると、護衛騎士が続く。


 素早く室内の安全が確認された後、リーナは部屋の中に入った。


 部屋の中には多くの女性達がいたが、全員側妃候補付きの侍女達だった。


「おはようございます!」


 侍女達の声は揃ってはいない。そのため、次々と朝の挨拶の言葉が部屋の中に響き渡った。


 ようやく挨拶の言葉が言い終わると、リーナはヘンリエッタを見た。


「もう話してもいいでしょうか?」

「念のために申し上げますが、この者達への挨拶は簡単にするか、なしでお願い致します。ここは控室ですので、学習室ではありません。ここにずっといては、遅刻や欠席になってしまいます。時間までに学習室の中に入ることが重要です」

「でも、あそこの時計を見ると、まだ九時ではないですよね?」

「九時を知らせる時計の音が鳴り終わる前に、学習室にある自席に着席していなければなりません」

「わかりました。皆さん、おはよう。朝からご苦労様です」


 リーナは簡単に挨拶をした。


 本人としてはそのつもりだったが、以前から入宮している他の候補者達とは明確な違いがあった。


 他の側妃候補達は自分以外の候補付きになっている者達を警戒、あるいは敵視している。そのため、侍女達が挨拶をして来ても無視するのが常だ。身分の低さからいっても、挨拶は不要と判断してもおかしくはない。


 ところがリーナは挨拶をした。それだけでは普通の反応だが、リーナはご苦労様ですという侍女達を気遣う言葉を付け加えた。


 だからこそ、リーナが王太子の寵愛を受けた側妃候補として戻って来たにも関わらず、傲慢な態度をしないことに驚き、また感心した。


「レーチェ、早く扉を」


 ヘンリエッタは控室にリーナを長居させたくなかった。


 というのも、ヘンリエッタは長く側妃候補付きをしているがゆえに、側妃候補付きの侍女達がどのような者達なのかもよく知っている。


 また、側妃候補は自分付きの侍女達に情報収集をさせようとするため、ここで見聞きしたことが側妃候補に伝わってしまう。


 リーナにとって不利になりそうなことは未然に防ぎつつ、無事学習室まで見送るというのが同行する侍女達の責務だった。


「この扉の先が学習室になります。学習室に侍女を同行させることはできないため、私共はここまでとなります。本日は初日になりますため、特別にマリウス殿とスズリ殿、護衛騎士の方々は中に入ることができます。但し、明日からはやはりここで待機することになりますので、必ずリーナ様の席など部屋の配置をご確認下さいませ」


 レーチェは学習室の説明をした後、扉を開けた。


「どうぞ、お入りくださいませ」


 まずは護衛騎士が中に入り、部屋の中の様子を確認した後で道を開ける。それは中に入っても問題ないという合図であるため、リーナは中に入った。すぐ側にスズリは控え、マリウスはリーナに続くようにして入室した。


 リーナは予想よりも学習室が広かったため、やや驚くような表情になった。


 部屋の右側には大きな黒板と教壇がある。その前には複数列の椅子と机のセットがおかれていた。


 自分以外の候補者達の姿を見たリーナは、自分の装いが正しかったことを悟った。


 なぜなら、全員がこのまま舞踏会などに出席することができそうな豪華なドレスを着用していたからだ。


「おはようございます。レーベルオード伯爵令嬢」


 真っ先に声をかけたのはカミーラだった。


「今日から授業が始まりますわね。どのような内容なのか、とても楽しみですわ」


 カミーラは悠然と微笑みながらも素早くリーナの側に近寄った。勿論、妹のベルも一緒だ。


「おはよう! よく眠れた? 私はぐっすりと眠れたおかげで早起きできたわ!」


 非常に元気溌溂なベルとは対照的に、ラブは不機嫌極まりない表情だった。


「おはよ」


 挨拶はそれだけであり、リーナに近寄ろうともしない。


 この様子を見れば、リーナを守る役目や味方どころか、敵対し合っているようにも見える。


 しかし、ウェストランド公爵家の直系という高い身分を持つラブが挨拶をするということ自体に意味があった。


 いくら名門伯爵家の令嬢であっても、ラブは無視できるだけの身分があった。それを無視しないということは、それだけ王太子やリーナに配慮している、ということになる。


 次々と三人から挨拶をされたことで、リーナもまた挨拶をした。全員に。


「皆様おはようございます。側妃候補として入宮し、勉強することになったリーナ=レーベルオードです。ご存知の方もいるかとは思うのですが、私は養女です。多くのことを学んでいる最中のため、未熟な点もあるかとは思いますが、よろしくお願い致します」


 リーナはアリシアに覚えるように言われた挨拶を一言も漏らさずに伝え、また、絶対に頭を下げるようなことはせず、にっこりと微笑みながら首を少しだけ傾ける程度までにするという所作も実行した。


 これでリーナは自分よりも身分の高い令嬢に対しても、王太子の寵愛を盾に傲慢な態度を取らずに挨拶をしたということになる。


 ポイントとしてはここで頭を下げるとリーナが自ら身分の低さや立場の弱さを受け入れたと思われかねず、王太子の寵愛者として尊重されにくくなってしまう。


 側妃候補という立場は同じ、また出自の身分差があるような場合でも、王太子の寵愛を受けていることがそれを補い、かつ相手に対して無礼にはならないような礼儀作法にのっとって接するように注意することが重要だった。


 そして、このような対応をすることこそが、社交界などでの対応の仕方を学ぶことでもあった。


「おはようございます。レーベルオード伯爵令嬢」


 三人の次に挨拶をしたのはオルディエラ=マーセット公爵令嬢だった。


 すかさずカミーラが口を挟む。


「こちらはオルディエラ=マーセット公爵令嬢ですわ。それからエメルダ=アンファレアス公爵令嬢、シュザンヌ=ピーニエ侯爵令嬢、チュエリー=ホルスター伯爵令嬢、後、帰国中ですけどミレニアスのキフェラ王女、この五人が王太子殿下の側妃候補として残っています」


 カミーラは他の者達が挨拶をする前にさっさと自分が紹介するという形を取った。その方が余計な社交的会話を挟む必要がなく、また授業が始まる前に全員の紹介ができる。


「次にセレスティア=ファーンベルク公爵令嬢、ユーフェミニア=リーデスラー侯爵令嬢。お二人は第二王子殿下の側妃候補、アルディーシア=レイジングス公爵令嬢、メレディーナ=ラッフェルカノン侯爵令嬢のお二人は第三王子殿下の側妃候補になります。以前から入宮されている側妃候補は九名で、基本的には同じ授業を受けることになるそうですわ」

「おはようございます。レーベルオード伯爵令嬢。ご紹介に預かりましたアルディーシア=レイジングスですわ。どうか、アルディーシアとお呼びになって?」


 第三王の側妃候補であるアルディーシアが好意的な笑みを浮かべながら挨拶をした。


「アルディーシア、順番を守るべきではなくて?」


 笑みを浮かべつつも注意の言葉を発したのはファーンベルグ公爵令嬢のセレスティアだった。


「私はセレスティア。エゼルバード様の妻候補ですわ。王太子殿下の妻候補ではないので、親しくできればと思っておりますの。どうぞ宜しく」

「セレスティアは身分主義者よ。内心ではきっとレーベルオード伯爵令嬢を見下しているわ。騙されないようにしないと」


 にこやかではあるものの、早速不穏な内容を口にしたのはエメルダ=アンファレアス公爵令嬢だった。


「私はエメルダ。王太子殿下とは幼馴染よ。よろしく」

「エメルダこそ王太子殿下にゾッコンだから気を付けないと」


 アルディーシアがそう言うと、セレスティアもすぐさま同意した。


「その通りですわ。王太子殿下の候補者には足元を掬われないようにお気をつけあそばせ」

「酷いですわ。そのような言い方をしたら、レーベルオード伯爵令嬢が誤解しかねません。私はシュザンヌ=ピーニエ。侯爵令嬢よ。以前、お会いしたことがあるけれど、覚えていらっしゃるかしら?」


 その瞬間、カミーラがまたもや口を挟んだ。


「見かけただけの間違いですわ。王立歌劇場の化粧室にいらっしゃっただけでしょう?」


 リーナはカミーラの説明により、シュザンヌが自分に会ったという状況を瞬時に理解した。


 つまり、キフェラ王女とのことがあった時だと。


「ディヴァレー伯爵と御一緒しているのも見ましたわ。あの時はかなりの話題になりましたのよ?」


 確かにセブンが若い女性をエスコートし、ウェストランド公爵家のボックス席で共にオペラを鑑賞したことは社交界で話題になった。


 しかし、その対応はあちこちでされている。


 セブンがリーナをエスコートしたのは王太子側だけでなく、エゼルバードやロジャーにとっても想定外の行動だったため、話題の火消しに力を入れた。


 その結果、セブンとリーナの話題は盛り上がるどころか、あっという間に収束して消えた。


「ノースランド公爵家の行儀見習いということでしたけど、あの時はまだ養女ではなかったのでしょう? 平民なのに王立歌劇場に行くなんて問題になったのでは?」

「いいえ。王立歌劇場は平民の立ち入りも認めていますわ。王族の許可があれば問題にはなりません」

「でも、それは基本的に鑑賞する側ではなくて、公演の関係者でしょう?」

「いいえ。高位の官僚の中には平民もいます。その者達も王立歌劇場を利用できます」

「それは高位の官僚であるからで、ただの平民ではないでしょう?」

「ただの平民がノースランド公爵家で行儀見習いをできるわけがありません。ノースランド公爵家に失礼ですわ」

「そうよ。ロジャーに言いつけてやるから!」


 それまでは静観していたラブが強い口調でシュザンヌを睨んだ。


「ゼファード侯爵令嬢はすぐにそのようなことをおっしゃるわね。でも、兄君ではなくノースランド子爵にというのは少し珍しく思いますわ。それほど親しくされてはいないはずなのに」


 シュザンヌはラブとロジャーが親しくないということを知っているがゆえにそう言ったが、それは過去の話であり、現在は王太子主催の音楽会のためにラブが働いたことにより、直接的な関係性が強まっていた。


「はあ? ロジャーはお兄様の友人だけど、直接手紙をやり取りすることもあるのよ? 馬鹿にしないで頂戴!」

「まさか、内密にご婚約されているのかしら?」


 ラブは嘲笑した。


「馬鹿じゃない? すぐにそう考えるのは脳みそが足りない証拠よ!」


 リーナが側妃候補達に質問攻めに合う状況は免れたものの、ラブが騒ぎ過ぎて問題を起こしたと思われ、処罰対象になるのもよくない。


 カミーラは時計をわざとらしく確認して言った。


「そろそろ着席すべきですわ。授業は九時からですが、時計が鳴り終わる前に着席しておく必要があります。座席の配置が一新されたので、ご自身だけでなく、誰がどこの席かを確認しておくべきでしょう」


 カミーラはこの部屋にいる全員が着席することと、自分や他の者達の座席、その配置を確認すべきだと提案した。



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