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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第一章 召使編
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56 第二の進撃

 クオンは書類を見つめていた。


「負けちゃったね」

「悔しい」


 クオンは本心を打ち明けた。


「悔しいね」


 ヘンデルも同じく。


 クオンの手元にあるのは後宮に関する書類だ。


 エゼルバードは王族会議で後宮の医療費を削減するという衝撃的な提案をした。


 ただの思い付きであれば調査権を自分のものにできない。


 きっかけがあった際、自身が狙われた可能性があると指摘し、内部調査の結果を取得していた。


 それが事実であるかどうかを確認することを理由に初期調査に手を付け、医療費に関することを書類にまとめて提出した。


 その結果、問題の発見者かつすでに事情に詳しいエゼルバードに調査権が認められた。


 調査権があれば、強制調査ができる。


 後宮側は必要だと思われる書類を見せ、調査に協力しなければならない。


 その後の進展も早く、次の王族会議ではかなりの医療費が無駄になっていることが報告された。


 それは仕方がない。前回の王族会議の際に予測していたことだった。


 しかし、国王からも後宮の備品に関する提案があった。


「重要な部屋に付属するトイレの備品である最高級タオルが、一回使用しただけで焼却処分になっている」


 この件もエゼルバードが発見したが、医療費の調査で忙しい。


 そこで国王が対応することになった。


 だが、その後の説明は国王ではなくエゼルバードからだった。


 王族の使用品をクリーニング後、許可なく他の者が使用する前例を作るのはよくない。


 王族の使用したタオルを焼却処分するのは問題ない。


 問題なのは、王族が使用しているタオルかどうかを見分けられないことだ。


 だが、簡単に見分けることができる。


「通常、使用したタオルは手洗い場の下にある使用済みタオル入れの箱に入れます。ですが、王族はゴミ箱に入れます。これで解決です」


 ゴミ箱の中身は全て焼却処分される。


 使用済みタオル入れの箱にあるものは全て王族が使用したものではないため、クリーニングに回して再利用できる。


 そもそも、王族が自分のハンカチを使えばタオルを利用しない。タオルを捨てる必要さえなくなる。


「後宮のトイレを利用する際は、タオルをゴミ箱に入れろ。あるいは自分のハンカチを使え。わかったな?」

「では、そのことを通達する書類を配布しますので、確認の上サインをお願いします」


 クオンはサインした。苦々しく思いながら。


 クオンも最高級タオルが焼却処分になっているのを知っていた。


 側近のヘンデルも知っていた。


 二人ともリーナから聞いていたというのに、対応することなく放置した。


 しかし、エゼルバードは発見するとすぐに対応した。


 解決するのは非常に簡単だった。


 王族がタオルを入れる場所を変えるだけ。


 クオンはその発想に驚くしかなかった。


 たったそれだけのことで、備品の費用が浮く。


 エゼルバードはこのことを自身の手柄にすることなく、国王に譲った。


 明らかに機嫌取りだった。


 削減できる医療費が多いと、没収分を全額手に入れることができないかもしれない。


 そこで最終的な金額が出る前にエゼルバードは医療費、国王は備品費を貰うという取引をしたのだ。


 医療費に続き、備品費についても見事にやられてしまった。

 

 早い者勝ちなのはわかっているが、クオンが知っていることだった。


 予算を横取りされたような気分になった。


「悔しい」


 クオンは執務机の上に突っ伏した。


 このような態度を取るのはかなり珍しい。


 それだけダメージを受けているのがわかりやすかった。


 たかがタオル。されどタオル。


 エゼルバードの提出した試算によると、予想よりも多かった。


 その理由も判明する。予算だからだ。実費と同額ではない。大目になる。


 また、タオルを買うほど納入費も増える。買わなければ納入費も節約になる。


 この二つを合わせることで多くなったのだ。


「今なら飴を食べてもいいよ?」


 クオンはずっと飴を食べていなかった。


「そうする」


 クオンは大きなため息をつくと、キャンディポットの中にある飴を口に放り込み、ガリガリと噛んだ。

 

 また噛んでいる……。


 だが、ヘンデルは舐めて食べるようには言わなかった。


 心情的にも噛み砕きたいのだろうと感じた。


「せっかくリーナちゃんが教えてくれたのに、無駄にしちゃったなあ」


 クオンは顔をしかめ、もう一つ飴を口の中に放り込んだ。


「無駄をなくそうとしているというのに、無駄なことをしてしまった」

「まあね。でも、ゴミ箱に捨てる発想は思いつけなかったなあ」


 クオンも同じだ。思いつかなかった。


「やっぱりそういうところが天才なのかなあ? 備品費を国王に譲って自分は医療費を確保する判断もね。側近が考えたのかもしれないけれどさあ」


 ヘンデルはぼやいた。


 第二王子の側近は同世代が充実している。


 逆に多忙で超過勤務が当たり前である王太子の側近はクオンが成人した頃からの者が多く、同世代も若い世代もほぼいない。


「私より優秀だ。エゼルバードが国王になった方がいいのかもしれない」

「それはない。本人もその気がない。自由に好きなことをしているから、活き活きしているだけじゃんか」


 ヘンデルは慰めるというよりは吐き捨てるように言った。


 第二王子は執務をしていないわけではないものの、正式な要職につくのを固辞している。


 責任も面倒も嫌なのだ。自分自身が常に最優先。他の者はどうでもいい。


 そのような者に国王が務まるわけがない。

 

「私は咄嗟の機転が利かない。独創的な発想力もない」

「そんなことはない。俺から見れば十分に機転が利くし、独創的な発想力もある。執務の天才だよ。ただ、絵を描く才能はないけど」


 クオンは反論しなかった。


 絵が下手だという自覚は大いにある。


「第二王子にだって欠点はある。努力が嫌いだ。長続きしない。コツコツは嫌い。自分の興味があることにしか動かない。面倒を避ける。自分でやらない。他人に代わりをさせる」

 

 ヘンデルは次々とエゼルバードの欠点をあげた。


「天才だからだ。努力しなくてもすぐにできてしまう」

「自分のできないことを他人に押し付けているだけだよ」


 エゼルバードは確かに天才だと思える部分があるが、全てにおいて天才というわけではない。


 但し、全てにおいて天才だと思わせる能力がある。


 それもまた上に立つ者として求められる資質の一つかもしれない。


「このまま後宮の無駄な予算を、次々とエゼルバードに奪われる気がする」

「それは国王も第三王子も思っているし、後宮側が一番警戒している。医療費と備品に関しては諦めるしかないけど、他の部分はチャンスがある。後宮がエゼルバードを警戒しているうちに、こっちで先に王族会議にあげることができるようにすればいい」

「できそうか?」


 ため息が二つ。


「まだ大丈夫、後宮の存在そのものが無駄だしね。後宮がなくなるまでは何かが残っているってことだよ」


 クオンは思い出した。


「ヘンデル」

「何?」

「まだある」


 ヘンデルはすぐにわかった。


「トイレットペーパー?」

 

 クオンは頷いた。


「でもさ、備品に関してはエゼルバードが見ている。発見されそうじゃん?」

「先に提案だけでもしてみるか?」

「……好きにすればいいと思うけれど、大した額じゃない。タオルよりも少額じゃないかなあ?」

「調べられるか?」

「王太子が後宮で査察中の弟に、備品予算の資料を見せて欲しいって言えば? きっと見せてくれるよ」


 そうだろうとクオンは思った。だが、


「備品予算にまだなにかあると知らせるようなものだ」

「まあね。それは賭けかなあ」


 クオンは賭けることにした。


 後宮に行き、金の応接間にいるエゼルバードに会いに行った。


「兄上? 突然どうしたのですか?」


 エゼルバードは目を輝かせながら尋ねた。


 自称王太子の最高最大の理解者兼信望者兼最愛の弟であるがゆえに。


「お前が発見したことに関することで、確かめたいことがある。備品予算に関する書類がみたい。あるか?」

「あります」

「見せろ」

「ここには医療費関連のものしかありません。備品関連は白の応接間です」

「わかった」


 クオンはヘンデルと共に白の応接間に向かおうとした。


「兄上」


 エゼルバードがクオンを呼び止めた。


「なんだ?」

「一応、伝えて置きます。もしかすると、四種類あるトイレットペーパーについて気になるかもしれません。それについては私の方で調べました」


 賭けは負けだった。


「少額の無駄でしたので、タオルと同じく父上に譲りました。取り分が増えるので機嫌が良かったです。報告は次の王族会議です」


 発見も調査も取引も終わっていた。


「……よく気づいたな?」

「そうですね。偶然ですが幸運でした」


 エゼルバードは微笑んだ。


 リーナという召使いを見つけたのは偶然だった。


 だが、そのおかげで後宮の医療費を削減し、多額の予算を自身のものにできる。


 幸運だ。


 リーナはまだまだ使えそうです。


 エゼルバードは心の中で黒い笑みを浮かべた。


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