557 二人の夕食会(一)
クオンの希望により、食堂の座席は対面ではなく、斜めの位置になるよう設けられた。
そうすることで、互いの距離をより近づけ、会話をしやすくする目的もあった。
「実は、お前がどのような食事をしているかという検分目的もある」
クオンは朝の段階ですでに夕食はリーナと共に取りたいと思っていたが、後宮には一切何も伝えていなかった。
それは実際に執務の予定がどうなるかわからないこともあるが、後宮側がしっかりと臨機応変に対応できるか、王太子が来るとわかって慌てて対応を取り繕わないようにするためだった。
とはいえ、リーナの部屋に来てからでは食事の支度が遅くなりすぎてしまう。そこで、後宮に来る際、リーナが誘いを断らないことを見越し、第三厨房に直接伝令を送っていた。
「第三厨房はセイフリードの食事を担当している。お前の好みもわかっているだろう」
「私の好み?」
リーナは眉をひそめた。
「セイフリード王子殿下の好みでは?」
「セイフリードの食事をお前が食べていたのは知っている」
リーナはドキッとした。
「セイフリードは食事に対して非常に気を遣っているからな。できるだけ好むようなものを出し、少しでも食べさせたいと思ったがあまり効果はなかった。ならば、毒見といって代わりに食べる侍女の好みをある程度考慮するようにと指示しておいた」
毒見といって代わりに食べる侍女。それは勿論リーナのことだった。
実際にはセイフリードの元に食事を運ぶ段階で毒見は行われているため、運んでから毒見をする必要はない。
しかし、セイフリードは自分の食事を疑いほぼ食べない。勉強になるといってリーナに食べさせ、セイフリード自身はリーナが持って来る侍女用の食事から興味を引くものだけ食べていた。つまり、食事を交換するようなことをしていたのだ。
いくら王子が食べないといっても、王子用の食事をただの侍女が食べていいわけがない。命令とはいえ、リーナがセイフリードの食事を食べていたことが知られると、それが問題になる恐れがある。
そこであえて毒見という理由を挙げることにより、リーナがセイフリードの代わりに食事に手をつけることを正当化していたのだった。
「海産物が好きなようだな?」
「海産物は高価なので、侍女の食事にはほとんど出ません。どんな味か知っておくのも勉強になると言われて……勿論、美味しかったですけど、特別好きということでもないです」
すでに色々と知られているのだろうとリーナは諦め、正直に白状した。
「来週からデーウェン大公国との交渉が始まるが、海産物の輸入に関しても話し合う」
クオンは執務ばかりをしていると言っても過言ではない日々を送っている。どうしても話題として取り上げるのは執務のこと、政治的な内容に結びつくようなことになってしまう傾向があった。
勤勉な王太子としては当然の結果なのかもしれないが、政治に女性は関われない。興味がない、興味があっても意見を言うことはできない、あるいは遠慮なく言い過ぎて会話が上手くいかないということが多々あった。
リーナもまた女性は政治に関わるべきではないと教えられている。
クオンがどんな仕事をしているのか、どんなことに興味を持っているか知りたいものの、デーウェン大公国についてはよく知らない。そこで、無難で簡単な返事をすることにした。
「そうですか。大変そうですね」
ここで話は終わらなかった。むしろ、リーナの簡単過ぎる返事が次の会話を生んだ。
「デーウェン大公国についてはどの位知っている?」
リーナは固まった。
わかりやすいとクオンは思いつつ、確認のために尋ねた。
「よくわからないか?」
「はい……名前は聞いたことがある程度です。申し訳ありません」
リーナは自分の勉強不足を反省したが、クオンは気にすることはなかった。
「構わない。よく知っているという方が驚く」
「もしかして、あまり知られていない国なのですか? あ、でも、海産物を輸入しているのであれば、むしろ有名な気もしますけど……」
「有名ではあるが、海産物を輸入している国という以外よく知らないという者も多くいるだろう。エルグラードと国境を接する国は多い。だが、一般的な関心はあまり高くない。隣国のことだといって注視しない風潮がある」
「どうしてエルグラードは沢山の国と接しているのに、その国のことを注視しないのですか?」
リーナの質問は非常にありがちな質問だった。
「国内への関心が良くも悪くも高すぎるのだ。エルグラードの国土は広い。国内事情を知るだけで十分生活や経済が成り立ってしまう。また、遠方過ぎて疎遠な地域では、余計に関心が薄い。国境を接している国の多くが属国であるのも原因だろう」
「属国?」
「エルグラードに従うことを約束している国だ。エルグラードを王とするなら、属国は臣下のような立場だ」
「どうしてそのような国があるのでしょうか?」
「国を安定して存続するためだ」
小国は戦争をしたくない。だが、豊かな小国を周辺国が狙わないわけがない。そこで、強大国の属国になることで、自国を守る。
エルグラードは自国の領土がすでに広大であることから、新たな領土を求めることにどん欲ではなかった。それがエルグラードの属国支配を非常に寛容なものにした。
エルグラードは属国に頼らなければならないような国ではない。また、属国を苦しめるほど搾取すれば、回避したはずの戦争になるかもしれない。自国にとって不利益となることがわかっているからこその方針だった。
そのことに目をつけた多くの小国がエルグラードの属国になることを選択したため、国境沿いに属国という立場になった隣国が量産された。
「もしかして、デーウェン大公国も属国なのでしょうか?」
「違う。デーウェン大公国は属国ではない。非常に重要な隣国だ」
「デーウェン大公国は属国にならなくても大丈夫な強い国、ということですか?」
「大公国と聞くと、小さな国を想像する者もいる。しかし、実際は狭い国土というわけではない。元々は海上国として発達したため、本土は島にあった。だが、今は大陸にある領土を本土にしている。詳しくは教育係に言って勉強しろ。このようなことについて知りたいといえば、教えてくれる」
「私には教育係がいるのでしょうか? 後宮や王宮の偉そうな人達と侍女しか紹介されていない気がするのですが……」
「月曜日に会うだろう。お前だけではなく、側妃候補全員の担当だ」
話は一旦そこで終わり、今度は用意された食事に舌鼓を打ちつつ、感想を述べることになった。
「量が少ない。私は夕食の量を控えるようにしているが、お前は大丈夫か?」
「十分です。コース料理だと品数が多いので、単品の量は少ない方がいいです。色々なものを少しずつ食べた方が体にいいと思うので」
クオンはリーナがパンに全く手をつけていないことが気になった。
「パンは嫌いか?」
「デザートが優先です」
「どうやら同じ考えらしい。私もデザートのために、パンはほとんど食べない。パンを食べる位なら、デザートの量を増やして欲しい位だ」
「クオン様は甘党ですか?」
「かなり。幼い頃は菓子ばかり食べていた気がする。成長してからも、イライラすると甘い物に手が伸びていたからな」
「イライラするのはお菓子のせいかもしれません」
クオンは眉を上げた。
「菓子のせい?」
「私も幼い頃、甘い物をよく食べていました。でも、お菓子ばかりを食べると、お菓子が食べられない時にイライラしてしまうので、甘い物が欲しい時は果物にしなさいと言われました」
「母親に言われたのか?」
「そうです。お母様も甘い物が大好きなのですけど、元々食が細いので、お菓子を食べると栄養のある食事が取れなくなってしまいます。太りたくもなかったみたいで、カボチャをよく食べていました。甘くても野菜ですし、健康にも美容にもいいと言っていました」
「カボチャか。確か、レーベルオード伯爵家での晩餐にスープが出ていたな?」
「そうですね。あれは豆も入っていましたけど」
「カボチャと共に潰してこしたのだろうが、豆の味はほとんどしなかった」
「もしかして……クオン様は調理方法にも詳しいのでしょうか?」
リーナの質問は意外な事実を引き出すことになった。





