553 友人の申し込み
「改めて確認するわね。年齢順にするわ。カミーラ=シャルゴット嬢、ベルーガ=シャルゴット嬢、ラブ=ウェストランド嬢よ。三人とは王立歌劇場で会っているはずだけど、覚えているのはウェストランド嬢だけでしょうね」
リーナはまたもや驚きの表情になった。
「王立歌劇場で?」
「そう。詳しくは二人から直接説明して」
「わかりました。ですが、先にご挨拶させていただきます。私は王太子殿下の首席補佐官を務めるヴィルスラウン伯爵ヘンデル=シャルゴットの妹カミーラと申します」
カミーラはいかにも高位の貴族の令嬢らしく優雅な笑みを浮かべて挨拶をした。
「レーベルオード伯爵令嬢のことは以前、王立歌劇場で何度もお見かけしています。ノースランド伯爵令嬢にご同行されている時も、ベルフォード卿の案内で内密にご視察をされている時も」
ノースランド伯爵令嬢とベルフォード卿という名称を聞き、レーベルオード伯爵家の養女になる前なのだとリーナは思った。
「ボックス席への招待の際、様々に手配をしたのは兄でした。最初は女性の案内役をつけるつもりでしたので、私の方に話が来たのです。ですが、私と一緒にいると目立つかもしれないと再考され、地味で目立ちにくいベルフォード卿が案内役として選ばれました」
「そうでしたか」
リーナは案内役の話が先にカミーラの元に来ていたと知り、だったら知っていてもおかしくないと思った。
「勿論、化粧室での騒ぎも知っています。あの場にいましたから。キフェラ王女に絡まれた時のことです。私の方からお声がけをすることもできましたが、残りの休憩時間を考えるとすぐに決着がつきそうだと思いましたので、あえて静観しました」
リーナはあの場にカミーラがいたと知り、驚愕の表情になった。
「私は密かにレーベルオード伯爵令嬢とベルフォード卿の様子を観察し、問題が起きた際は裏から処理して欲しいと兄に頼まれておりました。化粧室で問題が起きた際は、レーベルオード伯爵令嬢が化粧室を出た後に動きました。あの場にいた者達に緘口令を出したのです。勿論、側妃候補の方々への対処もしました。そのおかげであの一件は社交界の話題にならず、内密に握りつぶすことができたのです」
カミーラは自分が優秀であることやすでにリーナのために動いていること、信頼できる者なのだとアピールした。
「王太子殿下の命令により、今後は裏からではなく表から、レーベルオード伯爵令嬢を守る役目を務めることになりました。どうぞ遠慮なくお声掛けくださいませ。妹もお役に立ちます。そうよね、ベル?」
カミーラは挨拶をさせるため、わざと妹に会話を振った。
「勿論! 私はベルーガ=シャルゴット。ヘンデルとカミーラの妹よ。ベルって呼ばれているの。大変だと思うことが沢山あるかもしれないけれど、私とカミーラが力になるわ! カミーラは女性にしておくのは勿体ないほど頭がいいの。だから、面倒なことは全部カミーラに任せておけばいいわ。むしろ、面倒なことをいかに適切に素晴らしく解決するかに生きがいを感じているような性格だから!」
妹の言葉に姉は微笑みを崩さなかったが、内心では舌打ちした。
カミーラが目指すのは側近や参謀的な立場であって、雑用係や面倒事処理係ではない。妹の言葉は不適切で説明不足だと感じた。
「私は素早さと行動力を重視しているの。だからダンスが得意だし、乗馬も大好き! 散歩に行く時は絶対に誘ってね? いざという時は護衛になるわ。剣術は兄より得意なの! 体術だってできるのよ! 但し、苦手なこともあるわ。ラブみたいに堂々と豪華な宝飾品を身に着けること。まさか宝石で名前をあしらったヘアバンドなんて……屋敷ではともかく、人前で堂々と着用するなんて思わなかったわ!」
「はあ? 何言っているのよ。これほど自分の名前をアピールできるものはないでしょ? 本当は入宮式で身につけたい位だったわ!」
ベルーガから話題を振られたラブは強い口調でそう答えた。
打ち合わせの段階では、ラブに話題を振りやすくするようなものを身に着けるという案が出た。
そこで、自分の名前をアピールするための宝飾品があるということがわかり、それを身に着けて集合することになったのだが、まさかこれほど派手でわかりやすい宝飾品だとは、カミーラもベルも思っていなかった。
やや動揺と緊張を感じていたベルの話の振り方は、お世辞にも適切で印象がよくなるようなものとは言い難く、ラブの機嫌を損ねてしまう結果になった。
「これを入宮式で? 冗談でしょ!」
「言っておくけど、これはお父様が誕生日に贈ってくれた品なの。サファイアは私とお父様の瞳、ルビーは名前と愛情を示しているのよ。馬鹿にしたら許さないから!」
父親の愛情が込められた贈り物だとアピールしたことにより、ラブがヘアバンドを大切なものだと位置づけ、重要な時に身に着けたいと思うこと自体は一定の理解を得られるものだった。
とはいえデザイン的にどうなのか、父親は本当に実用品として贈ったのかについて疑問に思う達も少なからずいた。
「馬鹿にしたわけじゃないわ。ただ、物凄くわかりやすいデザインだから……ラブが考えたの?」
ラブが独創的なことはベルも知っている。いかにもラブが考えそうなデザインだと思ったが、予想は外れた。
「お父様が自ら考えた特注品よ! 離れて過ごしていても、特別に思っていることがわかりやすいようにね。私の名前自体、お父様がつけたものだしね!」
「……凄い父親ね」
ラブの父親はゼファード侯爵ではない。ゼファード侯爵夫人が愛人との間にもうけた子供であることは公然の秘密だった。
これ以上父親の話題が続くのは良くない気がしたため、ベルはラブを落ち着かせる話題にしなければと感じた。
そこでようやく会話によって生じた流れと雰囲気を変えるべく、カミーラが口を挟んで来た。
「ラブがとても愛されていることがよくわかる品だわ。素敵なヘアバンドをレーベルオード伯爵令嬢に披露したかったのね。とても素晴らしい選択だわ。ベルはその感嘆をうまく伝えることができなかっただけ。頭のいいラブなら理解できるわよね?」
ベルはようやく姉が援護に動いてくれたことにほっとして、安堵の表情を浮かべた。
「女性の衣装はとても重要なのよ。だからこそ、衣裳担当がいるけれど、その者達に全てを任せるのは愚行ね! なぜなら、衣裳担当の組み合わせは決してルールを破らない。適切といえば聞こえはいいけど、無難で当たり前過ぎるのよ。流行を取り入れているといっても、それは誰かが生み出した流行を真似るだけ。私ぐらい身分が上になると、自分で流行を生み出すべきだわ! レーベルオード伯爵令嬢が侍女達の言いなりにならないように、私が友人として色々教えてあげるわ!」
「ラブは親切ね。身分や強くて早い口調からきつく見えるかもしれないけれど、良い所が沢山あるのよ」
カミーラはしっかりとラブを褒めた。
「そうそう、なんだかんだ力もあるしね。さすがウェストランドの姫君って感じよ!」
ベルは笑顔を振りまきながら言った。
「私もぜひレーベルオード伯爵令嬢と友人になりたいわ! カミーラもそうでしょう?」
「これから先、多くの障害があることは明白です。より近い立場にいることで、いつでも助力できるようにしておく必要があります。レーベルオード伯爵令嬢、私達と友人になっていただけませんか?」
三人の強い視線を受けたリーナはひるんだものの、なんとか踏みとどまり、伝えるべき言葉を発した。
「ごめんなさい。お友達にはなれません」
カミーラ、ベル、ラブは揃って驚愕した。





