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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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551 女官アリシア

 昼食が終わった後、すぐにアリシアが顔を出した。


「御機嫌いかがかしら? レーベルオード伯爵令嬢」

「えっ?」


 アリシアの挨拶にリーナは驚いた。


「アリシアさん、どうして私のことをレーベルオード伯爵令嬢と呼ぶのですか?」

「ああ、それは簡単よ。今の私は女官モードでお仕事中だということをわかりやすく示すためね。他人行儀で驚いたのかしら?」

「そうです。なんだか……寂しくて」


 リーナは短い期間ではあったものの、アリシアと共に働いた。王太子付き筆頭侍女を務め、復帰後は女官になったアリシアを信頼し、尊敬していた。


 リーナが側妃候補という立場になったことで、過去に関わった者達が態度を変える。今の立場にふさわしく振る舞うというのはわかる。


 そのため、ヘンリエッタ達がリーナに頭を下げ、細かく世話を焼いてくれることも、仕事だと考えればおかしいとも思わない。そのことを寂しいとも悲しいとも思わなかった。


 しかし、アリシアの態度が変わったことに対しては、リーナは心穏やかではいられなかった。


「私はアリシアさんから沢山のことを学びました。とても信頼していますし、尊敬しています。勝手なのかもしれませんが、姉のようにも感じていました。だから……名前で呼んでくれたら嬉しいです。側妃候補というだけでは身分は変わらないはずですし、同じ上級貴族、ですよね?」


 アリシアは微笑んだ。


「嬉しいことを言ってくれるわね。でも、呼び捨てにするのは難しくなってしまったわ。なぜなら、王太子殿下が公の場で寵愛されていることを示してしまったからよ」


 リーナは王太子に寵愛される女性だ。ただの貴族の女性として扱えば、それは王太子を軽んじていると取られる可能性がある。


 アリシアはただでさえ王太子の乳母の娘、幼馴染、信頼されている女性として多くの者達から嫉妬され、注目されている。


 いくら王太子やリーナと個人的に親しいとはいっても、それを公の場で堂々と示そうものなら、きりがないほどの陰口や中傷を受けることになりかねない。


「名前でも可能な場合や状況もあるけれど、公の場ではレーベルオード伯爵令嬢あるいはリーナ様と呼ばなくてはいけなくなるわね。私は女官でもあるから、余計に相手をどう呼ぶかは注意が必要なのよ」

「そうですか……」

「私のことはウェズロー子爵夫人と呼びなさい。アリシアと呼び捨てにしてもいいわ」

「呼び捨てなんて……無理です!」

「今はまだ側妃候補だけど、いずれはより上の立場になるわ。上になるということは、同列の者が少なくなり、多くの者達が下になるということなの。相手のことを自分と同列にしたい、下に見たくないと思っても許されないこともあるの。それが身分社会、階級制度なのよ」


 アリシアは丁寧でありつつも、言い聞かせるような口調で説明した。


「だから、寂しいと感じてしまうかもしれないけれど、しっかりとルールや礼儀作法を守ること。わかったわね?」

「はい。これも……勉強ですね」

「そうよ。勉強なの。私のことを呼び捨てにしたり、ウェズロー子爵夫人と呼んでも、私はそのことを不満に思ったり、他人行儀だと思ったりはしないわ。だって、当たり前のことだもの。それよりも公私混同せずにきちんと振る舞っていると感じて嬉しくなるわ」

「嬉しい、のですか?」

「ええ。だって、そうするように今教えたのは私だから。私の教えをしっかりと守っている、勉強したことが身についているわけでしょう? 教えた甲斐があったと思えるし、誇らしいわ」


 アリシアはリーナの性格を知っている。


 自分の身分や立場が上になったからといって、これまでとはがらりと態度を変え、相手を見下し、傲慢になることはない。むしろ、自分が上だと示すこと、振る舞うことに違和感を覚えてしまい、遠慮してしまう。


 謙虚は悪いことではない。しかし、遠慮ない者達の中で謙虚に振る舞うことが美徳とは限らない。相手によっては自分の方が上なのだと示すことで身を守ることもできる。


 だからこそ、アリシアはリーナに教えるだけでなく、納得させなければならない。


 ルールや礼儀作法を守る。アリシアも周囲も喜ぶ。勉強の成果だとリーナに理解させ、納得させようとした。


 その作戦は成功し、リーナはアリシアの説明に納得した。


「……私、アリシアさんから教わったことを無駄にしたくありません。だから、しっかりとルールと礼儀作法を守ります。アリシアさんが教えて良かったと思ってくれるように頑張ります!」


 さんはいらない、と思いながらアリシアは頷いた。


「偉いわ。私も女官としての仕事をしっかりこなさないとね。連絡事項があるのだけどいいかしら?」

「勿論です!」


 リーナは頷いたが、アリシアの連絡事項はリーナに仕える者達への連絡事項でもあった。


「まず、今後の生活について問題や不備、不満、気づいたことや改善したいことは遠慮することなく後宮の侍女達に言うこと。そして、どのようなことを伝えたのか、リーナ自身あるいはレーベルオード伯爵家から同行した侍女は専用のノートに記入しておくこと」

「専用のノートに?」

「このノートよ」


 アリシアは持って来た封筒の中から黄金色のノートを取り出した。


「これは側妃候補に渡される特別なノートなの。表紙には与えられた部屋にちなんだものになっているわ。ここは真珠の間だから真珠がついているの」


 リーナはノートを見てぎょっとした。


 アリシアの取り出したものはノートというよりも本に見えた。しかも、表紙の中央部分には確かに真珠がついている。


「宝石がついているノートなのですか?」

「そうよ。だから、偽造しにくいわね」


 宝石の名称がついた部屋が与えられるのは、それだけ重要な人物である証拠になる。


 だからこそ、その者がどのような扱いを受けているか、問題や不満等の内容、改善されているかどうかなどをしっかりと確認する必要があった。


「このノートに触れることができるのはレーベルオード伯爵令嬢とレーベルオード伯爵家から同行した侍女のみ。後宮の侍女が触れるのは禁止です。なぜなら、王宮の女官が管理するものだから。ちなみに、王宮の侍女も触れることはできません。触れることができないということは代筆も、手に持つこともできません。掃除の時は要注意です。テーブルなどを掃除するためであっても、ノートに触れることは許されません。普段はレーベルオード伯爵家から同行した侍女が管理する金庫に入れておくように」


 アリシアはノートについてさらに詳しく説明を始めた。


「ここにはレーベルオード伯爵令嬢が日々どのように過ごしたのかといったことも記入して貰います。もう一度言いますが、記入するのはレーベルオード伯爵令嬢か、同行した侍女のみ。嘘を記入してはいけません。偽証の罪に問われます。紛失もしないように。大問題になります」


 リーナとスズリはノートの管理には十分に気をつけなければならないと感じた。


「では早速だけど、二人には記入をして貰います。このペンを使って頂戴」


 リーナはアリシアの示した場所に名前を書いた。スズリも同じく名前を書いたが、緊張したせいでやや字が震えてしまった。


「文字が震えているのはよくないわ。気持ちを落ち着けた後で、下の空白部分にもう一度書いておいて頂戴。いいわね?」

「はい。申し訳ありません」


 スズリは委縮していたが、アリシアはそれをほぐすようににっこりと微笑んだ。


「大丈夫よ。間違えた場所は丸で囲むこと。二重線で消したり塗りつぶしてはいけません。レーベルオード伯爵令嬢、ここに日付と曜日を書いて下さる?」

「わかりました」


 リーナはノートに日付と曜日を書いた。


「ウェズロー子爵夫人から真珠のノートとペンを受け取り、説明を聞いた。そう書いてね」

「はい」


 リーナは言われた通りの文をノートに書いた。


「相変わらず綺麗な字ね」


 アリシアはリーナを褒めつつ、更に指示を出した。


「一旦はここまでの記入で終わりという時は、最後のところに印を書きます。記号などのマークでいいわ。レーベルオード伯爵令嬢が好きな何かを書いて頂戴。但し、毎回書くから、難しくないものがいいわ」

「好きな何か……」


 リーナは迷った。いきなり言われても思いつかない。


「何でもいいのよ。三角でもいいし、ハートマークでもいいの。まあ、できるだけ個性が感じられるようなものがいいけれど、ありきたりなものでも構わないわ」


 個性が感じられるものという言葉に、ますますリーナは悩んだ。


 一向にペンが動かないため、アリシアはスズリの方を向いた。


「貴方にも記入して貰うわ。レーベルオード伯爵令嬢とは違うマークを考えておいて頂戴」

「もう考えました」


 スズリがそう答えたため、リーナは驚いた。


「もう考えたのですか?」

「はい。好きなマークでいいので簡単です」


 簡単なことのようで難しいこともある。


 リーナは思わずため息をついた。


「リーナ様は難しく考え過ぎでは? 何でもいいわけですし、それこそ丸とか三角でもいいはずです」

「スズリはどのようなものを書くつもりなの?」

「花のマークにします」

「ということは、花のマークは避けた方がいいですね」

「そうね。どちらが書いたものなのかがわかるようにするためのものだから。レーベルオード伯爵令嬢のマークは後でつけたすことにしましょう。考えておいてね」


ノートの説明が終わると、リーナと同じタイミングで入宮してきた三人についての説明になった。



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