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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編
550/1358

550 パスカルの来訪

 昼食前になるとパスカルが真珠の間に顔を出した。


 王宮に泊まり込んでいるものの、ヘンデルが不調で休んでいることもあって、代理であるパスカルは多忙を極めていた。


 しかし、入宮したばかりの妹が寂しい想いをしていないかどうかを確認する必要がある。必死で仕事を片付けながら指示を出し、昼食だと言って執務室を後にしたのだ。


 リーナがどのように侍女達と過ごしているかを知るため、パスカルはわざと取次ぎをさせず、静かにドアを開けた


 真珠の居間は笑顔に満ちていた。


 中心で輝かしい笑みを浮かべているのはリーナ。その周囲にいるスズリや侍女達の表情は柔らかく、くつろいでいるように見える。


 予想外の光景に驚いたのは一瞬で、パスカルはすぐに部屋の空気に自然と溶け込むような笑みを浮かべてから声をかけた。


「ご機嫌いかがかな?」


 突然、パスカルがいることに気付くことになったリーナは驚きながら叫んだ。


「お兄様!」

「居心地は悪くなさそうかな? 侍女達と話もできているようだね」


 パスカルはリーナに近づきながら、部屋の中の状況をより細かく観察した。


 リーナと話をしていたスズリや室長補佐のヘンリエッタを始めとした侍女達はソファや壁際に設置された腰掛を移動させて座っていた。


 リーナと身分差がある者、侍女達は基本的にリーナの前では座らず、立ったまま控えたり話をしたりすることになる。


 リーナが部屋にいる際にソファや腰掛を使用する場合は、リーナの許可が必要だ。ソファに関してはリーナが不在の場合であっても勝手に使用することはできない。


 主は主の席、侍女は侍女の席という完全な差別化と身分や主従関係にのっとった明確なルールがある。


 恐らくは話が長くなるか、侍女達を気遣ったリーナがソファや腰掛への着席許可を出したのだろうと思われた。


 そのことについて、パスカルは口を挟むつもりはない。優しいリーナらしい気遣いだと思える。


 しかし、部屋の中にいる後宮の侍女達の数は十人。スズリやマリウスを含めると十二人。


 居間などに設置されている腰掛は八人分。四人分少ない。


 護衛であるマリウスが座ることはほぼないといえ、それでも三名分少ない。


 それはすなわち、この部屋に待機すべき侍女の数が多すぎることをあらわしていた。


 王太子の後宮担当者として、パスカルはこのことを伝えなくてはならなかった。


「女性が多いと華やかだね」


 パスカルは侍女達がすぐに移動したことによって空いた席に座った。


 兄であり王太子の側近でもあるため、着席する際にリーナの許可を求める必要はない。遠慮なく座ることができる。


「まず、先に注意しておくことがある」


 注意と聞いたリーナを始め、部屋にいる者達はすぐに緊張した面持ちになった。


「ここは特別な部屋だ。ソファに座ることができるのは身分の高い者だけになる」


 パスカルは笑みを絶やすことはなかったが、その口調は甘さに満ちたものではなかった。


「お兄様、私が許可を出したのです」

「リーナは優しいからね。侍女達も話の内容などによっては座る必要があるだろう。でも、ここは後宮だ。王太子殿下が突然来訪されるかもしれない。そのことを常に想定しておく必要がある」


 パスカルはこの先に問題が起きないようにしっかりと説明をすることにした。


「王太子殿下の席は最上位ということを踏まえ、上座の一人掛けの席は常に空けておく。王太子殿下以外は座らない。座ることができるのは王太子殿下が指示をした場合や、許可を出した場合だ。リーナも座らない。必ずソファに座るように」

「そうだったのですね。申し訳ありません」


 リーナはすぐに立ち上がって席を移動した。


 元々はソファに座っていたのだが、侍女達をソファに座らせるため、一人掛けの椅子に移動したのだ。


 その際、侍女達は戸惑うような表情をした。それはリーナが王太子のために空けておくべき席へ移動したからだった。


 リーナは王太子から寵愛されている。一人掛けの椅子に座ったからといって叱責されることはない。むしろ、王太子のいない場合は最上位の者になるため、最上位の席に座ることは間違い、マナー違反とも言いにくい。むしろ、リーナだけは許される行為だとみなし、侍女達は何も言わなかった。


「侍女達もリーナの行動が適切かどうか、よく考慮するように。王太子殿下に寵愛されているとはいえ、公式な身分は側妃候補だ。自分に与えられた部屋の中ではある程度自由にできるものの、他の者達がいる場所でのふるまいは礼儀作法を守る必要がある。普段からそのことを理解して行動できるように支えて欲しい。リーナは学ぶために入宮した。日々生活する中でも学ぶことがあるはずだ。必要なことはしっかりと伝える。それもまた侍女の役目だ」

「かしこまりました」


 ヘンリエッタは恭しく頭を下げた。


「侍女達は自らの立場をわきまえ、ソファや椅子には座らないこと。リーナに言われても固辞するように。それから部屋の中に待機する者達の人数も多すぎる。腰掛の数が上限だ。話し相手はスズリかマリウスが務める。総合的な役割をこなす上位の者はともかく、担当長以下は任された仕事をしっかりと管理監督するように」

「申し訳ございません。以後、注意致します」


 パスカルの話はまだ終わらず、すぐにまた別の話が始まった。


「リーナへの通達がある。後宮から届く書類に関しては王太子府で精査中だ。もう少し時間がかかる。スズリの件は父上に伝えた。同行する侍女の業務変更については僕も知らなかった。王太子府に通達されていない。後宮の内部的な変更があったようだ」


 以前、キフェラ王女の我儘な態度に関し、パスカルは王女付きの筆頭侍女であるクリスタに指示を出した。


 それは後宮の侍女で担当している業務の一部、スケジュールの管理や問題が起きている部分に関することを王女が同行した侍女のレーテルに割り振ることで解決するというものだ。


 効果はてきめんで、これまでは散々我儘三昧だったキフェラ王女の態度が一変した。


 これを受け、同じく側妃候補の立場をわきまえない要求や問題行為に手を焼いていた後宮の侍女達は、クリスタの真似をすることにした。同じくスケジュール管理や問題が起きている部分に関する業務を側妃候補に同行した侍女にさせることにしたのだ。


 それがいつの間にか正式なルールとして後宮に承認されてしまい、新しく入宮した者達に関しては、最初から同行する侍女にスケジュール管理などの秘書業務をさせるということに変更されていた。


「この件は王太子殿下の方でも対処することになった」


 後宮内における細かなルールは後宮だけで設定や変更をすることができる。非常に重要なことのみ、後宮担当の官僚や国王の承認がいることになっていた。


 後宮の侍女達が担うべき業務の一部を側妃候補に同行する侍女にさせるということは、一時的な対処であれば問題ない。だが、常時ということになれば、後宮内だけの変更で済ませるのは良くない。


 王太子側としては内部的なことだといって勝手にルールを変更され、リーナに都合の悪い状況にはなって欲しくないという思惑もあることから、王太子が直々に国王と後宮担当者に抗議することが決まった。


「詳しい指示が届くまではマリウスがスズリの補佐をするように。また、パールの装飾品を詰め忘れたという伝令が屋敷から届いていた。急ぎの伝令ではなかったので、僕の耳に入るのが遅くなった」


 パールのことを聞いた侍女達の表情に安堵が浮かんだ。


「他にも忘れ物や次の配送物の予定がある。検品にも時間がかかるため、使用できるようになるには数日かかるかもしれない。面会希望に関しては王太子殿下の許可がない者は全て却下する。後でウィズロー子爵夫人が様子を見に来る。何かあれば彼女に相談するように。王太子殿下への要望も取り次いでくれる」


 パスカルは立ち上がるとリーナの側へ移動した。


「昨日はよく頑張ったね。王太子殿下はリーナのことをとても褒めていた。国王陛下も好印象を持ってくれたようだ。朝議の際、リーナに配慮するようお言葉があったらしい。宰相が王太子殿下の元へ来て、重臣一同からの入宮祝いを届けたいと話されていた。王太子殿下はリーナが喜びそうなものがいいと伝えていたよ」

「お兄様、昨夜お話があった入宮祝いのことですが、いつ頃から庭園の方に行けるのでしょうか?」

「早速行きたくなってしまったのかな?」

「気になってしまって……」


 パスカルは微笑んだ。


「昨日のことはあくまでも検討される内容であって、正式な決定事項ではない。実際の贈り物は一部変更になると思う。なぜかというと、王宮敷地内にある庭園の中には王妃や側妃専用の庭もあってね。さすがにそれは遠慮した方がいい。そういった調整も入るから、もう少し先になると思うよ」

「そうですか」

「明日からは側妃候補としての勉強が始まる。初日は他の候補との顔合わせが目的だ。リーナは学校に通ったことがないから不安なこともあるかもしれない。だけど、シャルゴット姉妹が助けてくれるよ。そのための入宮だからね」

「シャルゴット姉妹というのは、私と一緒に入宮した方ですよね?」

「彼女達はヘンデルの妹だ。王太子殿下の命令で、リーナのことを守るために入宮した。側妃候補としてリーナの側にいれば一緒に行動できるし、後宮にも入れるからね。とても優秀な女性達だから頼りになると思うよ。但し、注意がある。彼女達は様々な助言をしてくるかもしれないが、全てを受け入れる必要はない。違うと思った助言には従わないこと。何が正しくて、何がリーナらしいことか。自分自身でよく考えてから答えを出すように。すぐに答えを出す必要もない。わからないことは僕に相談すればいい。わかったね?」

「はい」

「じゃあ、夕食前にまた来るよ。この後まだ色々と予定が詰まっていてね。でも、何かあればいつでも伝令を出して。じゃあね」


 パスカルはリーナの額に軽く口づけると、にっこりと微笑んで退出した。


 リーナは大きく肩を落としてため息をついた。


 本当はパスカルにまだいて欲しかった。朝聞いた私的文書の閲覧権限についても相談しかったが、忙しそうだと思うと引き留めることができなかった。


「パスカル様はとてもお忙しいので、後宮に顔を出すだけでも大変だと思います。寂しく思われるかもしれませんが、その分私がいますから!」

「ありがとう、スズリ。頼もしいわ」

「何か……本でもご用意致しましょうか?」

「恐れ入りますが、そろそろ昼食を取られてはいかがでしょうか?」


 リーナは時計を見た。


「昼食にします」

「私は朝食を食べ過ぎたせいで、まだお腹が空きません」


 スズリが正直な感想を言うと、リーナもまた正直に答えた。


「実は私も同じです。でも、昼食の時間を逃すと次に出てくる食事が軽食に変更されてしまいます。どんな食事が出るのかを確かめるためにも、昼食にします」

「リーナ様は勉強家ですね! パスカル様がおっしゃったように、日々生活する中からも学ばれようとしています!」


 スズリは感心したように叫んだ。


「嬉しい誤解です。単に食いしん坊なだけですけど」

「私も食いしん坊なので、どんな昼食なのか気になってきました!」

「では、昼食のご用意を致します。リーナ様は衣装替えを」

「もう着替えるのですか?」


 ドレスが汚れているわけでもなければ、長時間の着用で汗をかいているわけでもない。


 リーナは着替える必要性を感じなかった。


「食事の前に衣装を着替えるのは基本です。これは貴族としてのたしなみのはず。レーベルオード伯爵家では違ったのでしょうか?」

「ドレスに問題がないようであれば昼食前の着替えは省略し、軽く身支度を整える程度で済ませていました」

「そうでしたか。ですが、ここは後宮。レーベルオード伯爵家ではありません。着替えていただきます」

「わかりました」


 リーナは昼食前に着替えることになった。



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