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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第一章 召使編
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55 貢献と褒章

 リーナが掃除を担当する応接間について、特別な指示があった。


 しばらくの間、後宮の応接間の数部屋が常時使用される。


 重要な書類等があることから二十四時間警備がつく。


 付近も含めて、関係者以外の立ち入りはできない。


 その結果、応接間の掃除はしないことになったが、付属のトイレだけは違う。


 毎回警備の確認を取り、手早く最低限の掃除や備品交換を済ませることになった。


 リーナは厳重な警備に緊張しながら、毎日掃除に通うことになった。





 そんなある日。


「お仕事中すみません。お掃除が終わりました」


 リーナはドアの前に立つ警備に伝えた。


 掃除をする前と終わった後には、必ず応接間の前に立っている警備に声をかけることになっていた。


「わかった。少し待つように」

 

 応接間のドアをノックした。


「失礼します。トイレ掃除が終わりました」


 ドアを開けた者にそう告げる。


 男性はリーナを上から下までじっくり見つめた。

 

 どこかで見たことがある男性のような気がしたが、はっきりとは思い出せなかった。


「掃除に関することで話がある。中に入れ」

「はい」


 リーナは応接間に入った。





 応接間は豪華絢爛な部屋だった。


 基調としているのは黄色と金色。金の控えの間にどこか似ている。


 部屋の中には立派そうな服に身を包んだ数人の男性がいた。


「ここに」

「はい」


 リーナはおずおずと自分を呼ぶ者の側に行った。


 プラチナブロンドに空色の瞳を持つ美貌の持ち主。


 以前、リーナが緑の控えの間で倒れた際に会った高貴な者だった。


「久しぶりですね。元気にしていますか?」

「はい。お久しぶりでございます。元気にしています」


 リーナは緊張しながら答えた。


「仕事はどうですか? 少しは楽になりましたか?」

「はい。残業をすることはほとんどありません。過労で倒れるようなことはないと思います」

「そうですか」


 高貴な者は微笑んだ。


 その場が華やぐような美しい笑みだが、リーナから見るとなんとなく怖い。


 高貴な者が持つオーラのせいかもしれないと感じた。


「この部屋で何が行われているか、知っていますか?」

「いいえ」

「何か聞いていないのですか?」

「何かとは?」

「常に使われ、関係のない者は立ち入り禁止ということです」

「それは聞いています。二十四時間使用されるため、掃除はしないことも。ただ、私の担当する場所については、毎回警備の許可を取った後で掃除するようにと言われました」


 リーナは自分を部屋に招き入れた男性をちらりとみた。


 確か高価なペンを回収した者だと思い出す。


「掃除に関するお話があるとお伺いしましたが、どのようなことでしょうか?」

「備品のタオルが焼却処分されることについてです」


 以前、リーナが回答した質問票には自由欄があった。


 自分が日々の生活で思うことや不満なこと、無駄だと思うこと、おかしいと感じることについて書くようにという説明があった。


 リーナは最高品のタオルが一回使用されただけで焼却処分されるのは無駄だと書いた。トイレットペーパーについても書いた。その理由もできるだけ詳細に。


「トイレに常備されている最高級品のタオルは王族が使用しているかもしれないと思われ、使用済みのタオルは全て焼却処分されます。そうですね?」

「はい」

「今は応接間を非常に多くの者達が出入りしています。付属のトイレも利用され、その分だけタオルも焼却処分されてしまいます。ですが、王族は使用していません」


 どうしてわかるのだろうかとリーナは不思議に思った。


「タオルを全て焼却するのは、王族が使用したタオルかどうかがわからないからです。王族の使用品をクリーニングし、許可なく他の者が使うわけにはいきません。いかにも正論のように思えますが、まとめて焼却処分してしまえばいいという安易な考えに飛びつき、悪しき現状に甘んじています。これは怠慢です」


 リーナは高貴な者の言葉に驚いた。


 無駄とは思っていたが、怠慢だとは思わなかったからだ。


「今のやり方は間違っています。指摘された通り、無駄なことです。余計な経費がかかってしまいます」


 その通りだとリーナは思った。


「常に既存かつ一律の対応をするのではなく、その状況に適した対応を検討すべきです」


 所詮タオルだと思うかもしれない。


 一年単位で考えても目立つような額ではないかもしれない。


 だが、この対応が改められない限り何年どころか何十年、何百年も無駄なことを続けてしまうことになる。


「王家の予算も税金も無駄にはできません」


 高貴な者ははっきりとした口調で言い切った。


「些細なことでも改善していけば、確実に悪しき部分が減ります。より大きな悪しき部分や無駄を未然に防ぐことにもつながるでしょう」


 リーナは高貴な者の言葉は正しいと思った。


 些細だという理由で放っておくべきではない。いつまで経ってもそのままだ。


 少しずつでも改善していけるのであれば、その方がいい。


 悪い部分を減らし、いつかは全てが良くなるはずだと思った。


「タオルの焼却処分はしません。再利用されることになりました」

「えっ!」


 リーナは驚き、聞き返した。


「本当でしょうか?」

「本当です。私の方から改善するように伝えました。国王の許可も取ってあります。洗濯部にも通達済みです」


 今後、王族が使ったタオルはゴミ箱に捨てられる。


 使用済みタオル入れにあるものは王族以外の者が利用したタオルしかないため、クリーニングに回して再利用される。


「王族がタオルを入れる箱を変えるだけで、すぐに無駄をなくすことができます。王族が自身のハンカチを利用すれば、捨てるタオルも出ません。非常に簡単です」


 リーナは驚いた。


 王族が使用したタオルを見分けるのは難しいと思っていたが、実はとても簡単だったことが判明した。


 王族自身が使った後のタオルをゴミ箱に捨てるだけだった。


 ゴミ箱に入っているものは備品であっても拾ってはいけない規則になっている。


 綺麗に見えるタオルであっても必ず焼却処分される。


「貴方は掃除部です。洗濯部ではありません。関係ないこととして伝えられない可能性があるため、私から伝えることにしました。貴方が気づいた無駄は改善されたのです。満足ですか?」

「はい! とても嬉しいです!」


 リーナは満面の笑みを浮かべた。


「わざわざ教えてくださりありがとございました!」


 リーナは深々と頭を下げた。


「内密の話ですが、国王はこの件に関する改善を喜んでいました」


 リーナは目を見張った。


「微々たることではあるが、必要なことに少しでも多くの予算をまわしたい。無駄なことに予算を取られないのはいいと言われました」


 これは本当だった。


 国王は喜んでいた。無駄はない方がいい。


 この改善によって予算が浮く。微々たる額ではあるが、後宮予算からその分が引かれ、国王の自由な予算に変更された。


「まだあります」


 高貴な者はポケットから取り出したものを見せた。


「覚えていますか?」

「はい」


 ペンだった。


「これは見舞いとして与えたものです。高価なことから問題になる可能性があり、部下が懸念して回収しました。そうですね?」

「はい」

「貴方は言葉をかけただけで十分だと言い、すぐにペンを返却しようとしました。とても謙虚です。そして、後宮に無駄なことがあると教えてくれました。タオルだけでなく医療費についても」

「医療費?」

「二階の休養室は贅沢過ぎます」


 その通りだとリーナは思った。


「今は後宮の医療費にどの程度の無駄があるのかを調べています。休養室以外の部分でも無駄が見つかりました。貴方のおかげでより大きな無駄が改善されようとしています」


 リーナは高貴な者の言葉に驚くしかない。


「後宮の医療費は減額されるでしょう。ですが、後宮の医療が疎かになることはありません。むしろ向上します。無駄がなくなり、必要な部分に予算を回すことができるからです」


 古い設備しかない地下の医務室は閉鎖され、設備が充実している一階や二階の医務室で治療を受けることができるようになる。


 二階の医務室につけられていた無駄な予算は一階に回されて有効活用される。


 地下の医務室につけられていた予算は全て没収される。


 この分は後宮ではなく王立病院や国立病院の予算が不足している部分に充てられ、多くの国民を助けることにつながる。


「貴方は貢献しました。そのことを正当に評価したいところですが、できません。後宮の情報漏洩に問われないよう、内密にしなければならないのです」


 リーナは何度も頷いた。


 情報漏洩に問われたくない。ぜひとも内密にして欲しいと思った。


「そこで、私が個人的に貢献を認め、褒章を与えることにしました。このペンです。召使いに与える見舞品としては高価過ぎるかもしれませんが、褒章であれば構わないでしょう。受け取りなさい」


 リーナは不安げに高貴な者を見上げた。


「お聞きしたいことが」

「なんですか?」

「これを受け取っても処罰されないでしょうか? 賄賂にならないでしょうか?」

「処罰されません。賄賂ではなく褒章です」

「情報漏洩の方も大丈夫でしょうか? 質問票に書いたせいですよね?」


 高貴な者は微笑んだ。


「大丈夫です。私の方でうまく対応します。但し、余計なことを言ってはいけません。質問票のことも、褒章のことも秘密です。これまで通り真面目に仕事に励みなさい。この件に関しては悪影響が出ないよう配慮するつもりです」

「ありがとうございます。ご配慮に心から感謝致します」

「受け取りなさい」

「はい」


 リーナはペンを両手でうやうやしく受け取った。


 部屋にいた他の者達はリーナの忠誠と貢献を褒め称えるために拍手をした。


 私……良いことをしたんだわ!


 リーナは嬉しくてたまらなくなった。


「ありがとうございます! 一生大切にします!」

「これは私のペンではありません。他人へ貸し出すためのペンです。新品ではありませんが良い品です。インクも補充させました。私的な手紙を書く時にでも使えばいいでしょう」

「はい」

「リーナ」


 高貴な者が名前を呼んだ。


「ここでどのような話をされたかは秘密です。ただ、タオルが再利用されることになったことを教えられ、ゴミ箱に捨てられているタオルは焼却処分するよう通達されただけです。いいですね?」

「わかりました」

「まだあります。功績に免じて教えてあげましょう。私は第二王子のエゼルバードです」

「だ、第二王子!」


 リーナは衝撃の事実に体が震えた。


 王族ではないかと思ったことがあったが、本当に王族だった。


 平民、しかも孤児である自分が王族に会えるとは思っていなかった。奇跡だと感じるしかない。


「これからも王家のために尽くしなさい。直接的ではなくても、貴方の仕事は突き詰めれば王家を支える仕事です。励みなさい」

「はい! 一生懸命励みます!」


 リーナは力を込めて答えた。


 頑張ろうと思う気持ちを伝えたかった。


「用件は終わりです。下がりなさい」

「はい! 失礼致します!」


 リーナはぎこちない仕草でなんとか一礼し、部屋を退出した。


 廊下に出た後はすぐに動けなかった。


 まさか王族に会い、自身の貢献が認められ、褒章を得られるとは夢にも思っていなかった。


 リーナが無駄に気づいたことも、それを教えたことも無意味ではなかった。


 国王も喜んだ。後宮のためにもなる。


 大勢の人々が喜ぶ結果になったのだ。


「おい、大丈夫か?」


 警備に声をかけられ、リーナはハッとした。


「大丈夫です! 失礼します!」


 リーナは嬉しさとやる気を感じながら、次の掃除場所へと向かった。



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