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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編
549/1358

549 つながる笑み

「……わかっては来ましたが、細かく判断するのは難しそうです。どのような指定をすべきか、お兄様に相談したいです」

「パスカル様は必ず顔を出されるそうですが、いつになるのかはわからないとのことです」


 スズリが別のメモを見ながら言った。


「ですので、面会許可についてもパスカル様にお伺いを立ててあります」

「面会許可?」

「リーナ様と同じ日に入宮された方々を始め、側妃候補の方々やその方にお仕えする筆頭侍女などがご挨拶をしたいと面会を希望しております。後宮外部からのそういった要望は全て王太子府を通すことになっておりますのでこちらには届かないのですが、後宮内における面会希望は直接こちらに届いてしまいます。ですが、勝手に許可を与えないようにということですので、リーナ様もご了承ください」

「ということは、私が誰かに会いたい時は、必ず全て……王太子府とかの許可が必要なのでしょうか?」

「はい」

「後宮と王宮を行ったり来たりするのは大変そうですね」


 リーナは伝令を担当したからこそ、自分付きの伝令担当の苦労を思いやったが、スズリは全くそのことを気にしてはいなかった。


「えっ! むしろ、うらやましいです」


 スズリは後宮内では限られた場所にしか出入できないことを厳しく注意されていた。例えリーナのため、必要な要件があったとしても、後宮の侍女ではないことから行動できる範囲は決して広くはない。


 基本はリーナの部屋と自分の部屋、その二つを行き来するために必要な廊下をはじめとした必要不可欠な場所のみだけ、自由に歩き回ることができる。


 庭園に散歩しにいく、仲良くなった侍女と後宮の侍女達が利用するような場所に行くこともできない。部屋の窓を開くことも安全面を考慮し、極力避けるように通達されていた。


 リーナや後宮の侍女が同行することで多少は範囲が広がるものの、一人ではリーナに与えられた主要な部屋以外には行くことができない。


 以前は購買部に行く許可が出ていたが、現在は禁止されている。必要なものは全て後宮の侍女を通して入手することになっていた。


 女性として他人には知られたくない、言いにくいような品物であっても自分で買いに行けない。


 下着は勿論のこと、生理用品なども全て用意するため、遠慮なく言って欲しいと侍女に言われたスズリだったが、気分は喜ぶどころか沈む一方で、まるで自分まで豪華な監獄に幽閉されてしまったかのように感じた。


 しかし、くよくよすることはできない。多少の違いはあるものの、リーナもまた同じく限られた場所のみで生活しなければならない。


 自分が不満を感じるほど、リーナは自分のせいだと苦しみ、悲しむに決まっているとスズリは思った。


 だから、笑顔を。


 リーナが皆に向けるような優しく温かく、勇気づけられる笑顔を忘れない。うまくいかなくても、上手に笑えなくても、いつだって努力しているリーナをスズリは見習いたいと思った。


 だからこそ、懸命に胸の中に湧きあがる想いを押しとどめ、にっこりとした表情を作った。


「リーナ様は安全性を確保するためにできるだけお部屋にということでしたが、国王陛下が王宮敷地内にある全ての庭園に出入する許可を入宮祝いとして贈られるとのことでした。正式な文書が発行されないといけないらしいので、それまで待つ必要があります。きっと、優秀な官僚であるパスカル様が早く文書が発行されるようにして下さいます。贈り物が届けば、王宮敷地内にある庭園に散歩しにいけるようになります。護衛騎士がいれば事前に外出の許可を求める必要はなく、リーナ様の気分に合わせて散歩できるそうです」

「国王陛下からの贈り物については知っています。正式に届くのが楽しみですね」

「はい。とっても!」


 スズリの笑みが深くなる。心からの笑みだ。


 リーナは笑みを返した。やはり同じく、心からの笑みを。


「スズリは勿論ですが、ヘンリエッタも一緒に散歩しに行きましょう。確か、世話役の侍女なども業務上の同行であれば可能だというようなお話でした。後宮以外の景色を見るのもきっと息抜き――勉強になると思います」


 リーナは納得しやすそうな理由をつける言い方に変更した。


 何かをする際には理由が大切になる。正しい理由であれば、納得される。間違、軽率、我儘だと指摘されない。そうされないために、わざと理由をつけることもある。身分の高い者ほど、自らの言動の正当性には注意を払う。


 特に、勉強をするため、経験を積むといった理由は勉強中のリーナにとっては非常に使い勝手がよく、正当性を主張するのに丁度いい。相手も勉強の為ならと思い、悪く思わない。


 レーベルオード伯爵家で教わったことが、リーナの判断につながった。


「はい。ぜひ、ご一緒させていただきたく思います」


 ヘンリエッタの後宮生活は長い。一旦は離宮の侍女として再就職したことによって外に出たものの、さほどすることなく後宮に戻ることになった。


 リーナの言葉はヘンリエッタを喜ばせ、心からの笑みにつながった。


「沢山散歩する場合は、交代で誰かを同行させた方がいいかもしれません。ヘンリエッタのお仕事の邪魔をしないようにしないといけませんし。そういったことは可能でしょうか?」

「散歩される時間によります。ですが、調整すれば問題なく同行できるかと思われます。但し、確約はできません。役職付きゆえの会議などもございますので、位の者達を同行させることになるかもしれませんので、交代でもいいとおっしゃっていただけるのは非常に助かります。何名同行させるかにもよりますが、護衛騎士は男性ですので、女性である侍女を数名同行させた方が何かとよろしいかと存じます。化粧室に行きたい、お茶が飲みたいといった要望も伝えやすくなります」

「みんなでお散歩できたら楽しい……ですし、勉強になりますね。色々意見を教えて貰らえれば、新しい発見があるかもしれません」

「素敵ですね。私、植物についてもっと勉強しておきます! ウォータール・ハウスの庭園なら幼い頃からわかっていますが、王宮の庭園には珍しい植物が沢山ありそうです!」


 スズリの言葉を聞いた部屋付きの侍女達は、自分達も同行できるかもしれないという内容に喜びの笑みを浮かべたが、同時に植物の知識を身に着ける必要性を感じた。


 植物について勉強しよう。庭園についても。より詳しい者であれば、能力がある、担当として相応しいと思われ、沢山同行できるようになるはず。


 侍女達は空き時間に猛勉強する決心をした。


「リーナ様のおかげでスズリ殿はすっかり元気になられたようで何よりです。それに、部屋付きの者達もリーナ様に同行したいと思っていることがわかるような表情ばかりです。リーナ様は皆を元気づけ、喜ばせる才能に長けていらっしゃるように思います。私もスズリ殿に負けないように植物と庭園に関する勉強をしたいと思います」


 ヘンリエッタがそう言うと、スズリは余計にやる気が出たというような表情になった。


「やっぱり、リーナ様はレーベルオード伯爵家が誇るスズランの花ですね!」

「そうなれたらいいですね。もっと沢山勉強しないと」

「リーナ様は本当に謙虚です!」


 スズリの笑みにつられるようにリーナは微笑んだ。


「私は謙虚と言われますけれど、実際は謙虚ではないかもしれません。出されたお菓子は遠慮なく食べてしまうことが多いですし」

「食べるために用意されるのですし、全然構わないように思いますけど」

「さっき、お茶が飲みたい時は侍女に伝えるといったようなことをヘンリエッタが言いました。散歩の時にお茶が欲しいと言われたら困りませんか? 後宮に近い庭園なら大丈夫なのですか?」

「遠出する場合は休憩時の飲食物についても配慮するのが通常対応です。お茶だけでなく、お菓子やお食事など、予定の時間にあわせて配膳長が手配します」

「えっ、それってピクニックですよね? リーナ様、凄いです! 私、絶対同行したくなりました!」


 スズリは庭園の散歩がピクニックのようなものだとわかり、浮かれるような様子になった。


 それを見たヘンリエッタがすかさず注意する。


「用意されるのはリーナ様の分だけです。スズリ殿の分はありません」

「えっ、そんな! あ、でも、よくよく考えれば当然ですよね……」


 スズリは自分の立場からしてみれば仕方がないとは思いつつも、落胆する気持ちを隠しきれなかった。


 その様子を見たリーナがすかさず提案する。


「だったら、沢山用意して貰えばいいと思います。毒見――じゃなくて、味見を頼みますので、どんな味か教えて下さい。それを聞いて私が食べるかどうかを判断すればいい気がします」

「ぜひ、毒見でも味見でもさせて下さい! 私、頑丈なので簡単にはお腹を壊しませんから! 仕事という理由で美味しいものが食べられるのは役得です!」


 スズリの食いしん坊な性格はリーナも知っている。自然と笑みがこぼれた。


 その様子を見守るヘンリエッタも、部屋付きの侍女達もやや呆れつつ、笑みを浮かべていた。


 誰でも美味しいものを食べることは好きだ。リーナ付きの侍女になったことで飲食物に関してはかなりの待遇を受けているのは全員が自覚しており、確かに役得だと思っていた。


 その後、庭園でピクニックやお茶会ができれば楽しいかもしれないという話題になった。


 リーナ一人で飲食物を取っても寂しい。だからこそ、リーナのためにスズリも一緒に参加し、結果として飲食物を取るのであれば問題はないだろうという意見も出た。


「だったら私付きの侍女達も一緒に参加してくれると嬉しいです。その方が楽しいと思います」


 後宮の侍女達は笑みを浮かべた。


 身分や立場の差を考慮すれば、リーナと侍女は共に茶会を楽しむことはできない。スズリは特別な侍女、秘書だからこそ理由をうまくつけることで可能になるかもしれないが、後宮の侍女達は別だ。


 だが、リーナはそういった常識をよくわかっていない。だからこその提案だった。


 それでも侍女達は嬉しかった。なぜなら、リーナは自分が楽しむだけのためにそう言ったわけではない。自分付きになった侍女達を気遣い、楽しい気分を味わって欲しいという優しさからの提案だからだ。


 レーベルオード伯爵家から同行した侍女であるスズリが特別視され、自分付きの者として配慮されるのはわかる。他の側妃候補達も実家から同行した侍女は特別視し、様々に配慮がされるように要求してきた。


 しかし、リーナはスズリだけでなく、自分付きになった後宮の侍女達にも同じような配慮を考えた。つまり、それだけ自分付きになった後宮の侍女達のことを大切にしようと思っている証拠だった。


 後宮の侍女を軽視し、召使のように見下して無理な要求をつきつけ、自分の側近ともいえる実家からの侍女と差別化して冷遇した側妃候補達とは完全に違った。


 リーナ様は他の者達とは違う。私達を軽視しない。冷遇しない。大切に思い、気遣って下さる。


 そのことが後宮の侍女達の心を温め、安心させ、喜ばせた。そして、リーナ付きになったことが自分にとっての大きな幸運、明るい未来につながっていく予感がした。


 一人の笑みが次の笑みにつながり、やがては次々と部屋中に広がった。部屋の中に優しく温かい雰囲気が満ちていった。


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