548 秘書スズリ
朝食後、リーナは改めてスズリから様々な連絡や報告を受けることになった。
「今後の生活に関する後宮側からの説明は全て文書によって通達されることになりました。その方が双方でどのような通達をしたのか正確に把握できますし、王太子府側が内容を確認することもできるからです。通達の文書は王太子府の方に提出されます。担当者の方で確認して問題がなければ写しを取り、その写しがリーナ様の元に届くそうです。ですので、リーナ様は届いた文書を読んで、後宮でどのように生活すればいいのかを確認して欲しいということでした」
リーナはわかったということを示すように頷いたものの、質問をした。
「その文書は何度も見ることができるのですか?」
「はい。写しなのでこちらで保管し、必要な際はそれを見て確認して欲しいということでした。その文書は秘書である私やリーナ様のお世話をする部屋付きの侍女達も見ることができる書類になります」
スズリは打ち合わせの際に書いたメモに視線を移した。
「……書類には種類があって、私文書と公文書というのがあるそうです。私文書というのはリーナ様の私的な文書です。公文書というのは後宮や王太子府といったところから届く書類です。これらの文書には閲覧権限が設定されていて、その権限がない者は見ることができません。なので、閲覧権限をどうするのか決めて欲しいということでした」
文書といっても様々な文書がある。国などが発行する書類は公文書になり、それ以外の私的文書とは区別される。
また、後宮内では様々な文書がやり取りされる。貴重な文書は大切に保管され、役職付きなどの閲覧権限がある者しか見ることができない。そのため、自分がどの程度の閲覧権限があるのかを知っておく必要がある。
侍女見習いだった頃のリーナには全体通達のような後宮にいる者すべてに通達されるような書類、範囲内通達といった仕事上で必要と思われる部署、担当範囲における書類は閲覧できたが、それ以外の多くの書類は閲覧できなかった。
伝令役であっても、口頭通達でなければ内容を知ることはない。文書や手紙を届けるというだけに徹していた。
そのことを知っているだけに、リーナはスズリの説明だけではよくわからないと思った。
「閲覧権限はすでに決まっているはずです。それぞれの役職や担当、職種等によって決まるものだからです。なのに、閲覧権限をどうするのか決めて欲しいと言われたのですか?」
「えっ?」
スズリは驚き、メモを見返した。
「私が聞いた話ではリーナ様に決めて欲しいと……おかしいのでしょうか?」
スズリはリーナを自分の主、特別な立場だと認識している。その主に関わる書類を誰が見ることができるのか、決めるのは当然リーナだと思っていた。
しかし、リーナはそれをおかしいと感じた。閲覧権限はリーナが設定するものではなく、後宮等の役職などによって決定されるものだと知っていた。
「メモを見せて下さい」
「はい」
リーナはスズリのメモを見た。
重要だと思うようなことを走り書きしたのだとわかる。しかし、詳しいことまでは書かれていない。まさにリーナに伝えるということが簡潔に記されているだけだ。それを見ただけではさっぱりわからなかった。
「……ヘンリエッタさん」
「ヘンリエッタで構いません。侍女のことは役職名か名前だけでお呼び下さい。そのことはご存知のはずです」
静かに控えていたヘンリエッタがそう言うと、リーナは肯定するように頷いた。
「なんとなく言いにくくて……その、役職名とか、慣れなくて……」
言い訳だった。単に過去において上司だった者を呼び捨てにするような行為はしにくいと思ったが故の。
勿論、そのことは部屋にいる侍女達全てが見抜いていた。
「リーナ様、呼称は重要です。遠慮は無用にお願い致します。それが正当、適切、礼儀作法です。そうして頂けない方が困ります。私達がリーナ様に正しいことをお伝えしていないと思われ、担当官に叱責されてしまいます」
「わかりました」
これからはしっかりとルール通りに呼ぼうとリーナは思った。
「……さっき、スズリが言っていたことなのですが、どのように思いましたか? 閲覧権限はすでに設定されているので、私が決めることではありませんよね?」
「すでに閲覧権限が明確に設定されているのは公文書の方になります。私的文書に関しては基本的に宛先に応じて判断するということになっておりますが、それだけでは判断しにくい場合もございます。ですので、私的文書に関する閲覧権限ではないかと推察致します」
なるほどとリーナとスズリは思ったが、それだけではまだよくわからないと思った。
「私的文書を勝手に閲覧してはいけないので、閲覧できる権限を決めるというのはわかります。でも、それは私が決定するものなのでしょうか?」
「それが基本です」
ヘンリエッタが答えた。
しかし、余計にリーナは困惑した。
「お兄様が判断するとか、ではなくて?」
「勿論、そのように設定されても構いません。ですが、そうなるとここに文書が届く意味がなくなってしまいます。一例ではございますが、レーベルオード子爵がリーナ様にあてた私的文書を届けさせたとします。リーナ様が私的文書をレーベルオード子爵に届けて判断して貰うという設定をされてしまうと、届いたものは開封されることなくレーベルオード子爵の元に送り返されてしまいます。そうなると、レーベルオード子爵が常に直接手紙を渡しに来なければならなくなります」
「それは困りますね」
リーナはようやく理解できたような気がした。
「では、私が全部開封します」
「それはお薦めできません」
ヘンリエッタがすぐにそう言った。
「後宮では非常に多くの文書がやり取りされます。リーナ様に届くものもかなりの量になるかもしれません。小包等に関しては厳重に検閲されるのですが、薄い手紙等、安全性に問題がなさそうだと思えるものに関しましては、簡単な確認だけになります。開封して初めて問題が発覚するようなことがないとも限りません」
ヘンリエッタはリーナ様が全てを開封するのではなく、閲覧権限を許可した者が開封し、安全性を確認した上で手元に届けるように設定すべきだと進言した。
「通常は側近、秘書、あるいは書類に関わるような業務をする者が担当します」
「では、スズリが開封すればいいのですか?」
「それでも構いませんが、リーナ様付きの侍女は多くおります。閲覧権限を細かく設定することで、リーナ様やスズリ殿の代わりに開封をする者を指定し、手間を省いた方がよろしいかと存じます」
閲覧権限にも細かい種類がある。
手紙などを全て開封し、確認できるほどの権限もあれば、単に外装を解くだけの権限だけが与えられることもある。
封筒を開封したとしても、大抵の文書はすぐに内容を見ることができないように表紙がついているか、折り畳んである。そのままの状態で渡せば、内容を知ることはできない。
単に開封することと不審なものではないかの確認だけを他の者がすることができる。
また、届いた荷物は全てリーナの部屋に直接届くわけではなく、控えの間、ものによっては書斎や衣装部屋など、目的や内容によっても異なる場合がある。
届いたものをどこで閲覧できるかということについても細かく指定することができ、また一人では開封しない、役職付きやレーベルオードの者の監視下など、より細かい指定やルールを定めることも可能だった。
「細かく設定しておけば、重要な手紙が勝手に開封されることはございません。また、そのことを後宮や関係者に通達しておけば、開封権限を考慮した荷物や手紙が届くようになると思われます」
「考慮した荷物や手紙、ですか?」
「わかりやすくいえば、封蝋、特殊なシール、親展の表記等がございます。公文書におきましても、非常に重要なものにはこのような配慮がされ、場合によっては封筒の色や大きさが特殊なものになることもございます。リーナ様だけに開封して欲しいということであれば、このような印をつけておいて欲しいなどと伝えることもできるわけです。他の側妃候補の方々も、実家から届く手紙や荷物に関しては特に注意を払い、細かく指定された方法での郵送物にし、開封する者も実家から同行する侍女、あるいはご自身のみと指定されている方が多いかと思います」
なんとなくはわかったとリーナは思ったが、具体的にどのように管轄権限を決めればいいのかについては、やはりわからない、判断しにくいと思った。
 





