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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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547 優しく温かい

 リーナは選んだドレスに着替え、ピンクのパンプスを着用した。


 髪型も化粧も終わった。


 しかし、装飾品がなかった。


 リーナが要望したのはクオンが誕生日プレゼントとして贈ってくれたネックレスとイヤリングだったが、どの衣裳部屋の金庫にもないことが判明した。


 まさか……紛失?!


 侍女達が真っ青になったのは言うまでもない。入宮した早々、王太子から贈られた品がないのは大問題、紛失であれば大事件だ。


 とはいえ、見つからないことを報告しないわけにはいかない。


 カタリーナは震えながらヘンリエッタに報告した。


 すでに第一衣装室にはないことが報告されていたため、他の衣装室にあると思っていたヘンリエッタは報告を聞いた途端、体が震えるのを抑えることができなかった。


 マリリーに続き、私まで責任問題になってしまう……。


 心の中で激しく動揺したものの、やはり報告しないわけにはいかないと考えたヘンリエッタは正直に見つからないことをリーナに伝えた。


「そうですか。もしかすると、荷物として詰め忘れたのかもしれません。スズリが戻ったら聞いてみて下さい」


 侍女達とは対照的に、リーナは冷静そのものだった。


「そのように致します。ご要望のものを揃えることができず、申し訳ありません」


 ヘンリエッタが深々と頭を下げるのと同時に、寝室にいた侍女達全員もまた頭を下げて謝罪を示した。


「沢山ある荷物の中から探すのは大変だったと思います。お疲れ様でした。取りあえず、スズリに確認してもわからないということであれば、代わりのものを用意して下さい。どれを合わせるかは任せます」

「かしこまりました」


 ヘンリエッタは一時的にとはいえ、心が軽くなった。


 状況的に見ればヘンリエッタ達を責めてもおかしくないといのに、リーナはレーベルオード伯爵家に宝飾品を置いて来てしまった可能性を考慮し、侍女達の不手際とは限らない可能性を示した。


 実際に宝飾品がどこにあるのか、もしくは紛失しているのかは未確定だが、リーナが冷静に対処し、侍女達を労う言葉を口にしたことで、侍女達の心の中に広がる不安を和らげたのは確かだった。




 身支度を終えたリーナは自分専用の食堂に向かった。


 小さいながらも豪奢なダイニングテーブルの上にはピンクのバラと白い小花が飾り付けられ、上品で可愛らしい小鳥の置物が置かれている。


 テーブルの上にセットされている食器もピンクのバラで、いかにも女性が好みそうな雰囲気のものだった。


 これらはリーナの喜びそうなものを揃え、食事を楽しんで欲しいと思えばこその用意だ。リーナは自分のために揃えられたテーブルのセットを喜んだが、その一方でこれからはここで食事を一人で取るということを強く感じさせた。


 もうお父様とお兄様と一緒に夕食を取ることもない。私だけで食事をすることになる。仕方がないけれど、凄く寂しい……。


 リーナは心の中で呟きながら着席した。


 その後、朝食時に用意するジュースの種類について説明され、何味のジュースにするかを吟味していると、打ち合わせから戻ったスズリが顔を出した。


「おはようございます、リーナ様」

「おはよう」


 リーナはスズリが無理をして笑顔を作っていることがすぐにわかった。


「何かあったみたいですが、どうしたのですか?」


 スズリは小さなため息をついた後、打ち合わせの際に説明を受けたことなどを報告することにした。


「私は侍女として身の回りの世話をするのではなく、秘書としてのスケジュール管理や調整を行うことになりました。一日三回、スケジュールについての打ち合わせがあり、その間はお側を離れることになります。リーナ様の起床時間等によっては、朝のご挨拶等が遅れてしまうと思います」


 リーナは頷いた。


「先ほど聞きました。秘書の仕事はどうですか?」


 スズリは正直に答えた。


「大変難しいです。私はずっと侍女として働いて来ました。秘書として働いて来たわけではありません。秘書の仕事は専門外です。このようなお仕事になるとわかっていれば、別の者が選ばれたと思います。この件は閣下にお伝えし、早急に検討して頂きます」

「わかりました」

「力が及ばず、申し訳ございません」


 スズリはうなだれるように頭を下げたが、リーナは優しく微笑んだ。


「いきなり専門外の仕事をするのは大変です。少しずつ勉強しながらこなしていくことも、スズリならできると思います。でも、レーベルオード伯爵家としてどうするのかを決めるのはお父様です。どうするのかがわかるまでは、スズリらしく頑張ってみて下さい」

「はい。勿論でございます」


 スズリは力強く頷いた。


「この件はすでにマリウス様にも伝え、助言をいただきました。また、パールのネックレスとイヤリングの件につきましても、まずは持ち込み品の検分リストを調べることになりました。リストにないようであればレーベルオード伯爵家に問い合わせをし、詰め忘れたかどうかを確認します」

「スズリは難しいと言いましたが、話を聞いているとお仕事ができているように思います」

「それは違います」


 スズリは首を横に振った。


「私はどうすればいいのか悩んでばかりです。検分リストのことも、マリウス様から教えて貰いました。本当はマリウス様が秘書業務をした方がいいと思うのですが、護衛も重要な役目です。秘書は後宮の方々との打ち合わせもあるので、リーナ様の側にいる時間が少なくなってしまうことから、他の者が秘書業務をすべきだと言われました」


 確かにマリウスが秘書業務をすればいいのかもしれないとリーナは思ったが、何度も打ち合わせのために不在にするということであれば、護衛の役割との両立は難しい。


 リーナの安全を確保するための対策は施されているはずであり、護衛騎士も常時いる。しかし、護衛騎士は基本的に控えの間から先には入って来ない。


 応接間や居間など、普段リーナが使用する部屋内に待機することが可能なのはレーベルオードの護衛と決められていた。


「入宮早々、苦労をかけてしまってごめんなさい」

「そんな! リーナ様のせいじゃありません!」


 スズリは必死になって否定した。


「リーナ様こそ、昨日はずっと様々な予定をこなされて疲れているはずです。今日はゆっくり休むための日なのに、朝からこのようなお話をお耳に入れてしまいました。申し訳ない気持ちでいっぱいです!」

「スズリは優しいですね」

「リーナ様の方が優しいです! 私はリーナ様にお仕えできて本当に良かったと思っています。リーナ様はスズランの花、みんなに幸せを届けてくれる希望の花です!」

「私がみんなに幸せを?」


 そんな力はないとリーナは思った。


「反対です。私の方がレーベルオードの者達から幸せを貰いました」

「いいえ。リーナ様のおかげでレーベルオード伯爵家に仕える者達はとても大切なことや多くの喜びと幸せを感じることができました。本当はずっとリーナ様がレーベルオード伯爵家にいてくれたらいいのにと思います。でも、リーナ様自身が幸せになるための入宮です。そして、リーナ様はきっとレーベルオードだけでなく、もっと多くの人々に喜びと幸せを与えていかれる方。だから、皆、涙ではなく笑顔でお見送りしようと……」


 スズリはレーベルオード伯爵家を出立した時のことを思い出した。


 スズリ、頑張って来い!


 私達の分もリーナ様をお支えして!


 レーベルオード伯爵家に仕える者達から貰った激励の言葉が頭をよぎる。


「わ、私は皆の分もリーナ様をお支えしようと……なのに、能力がなくて……」


 スズリは涙をこらえるような表情で下を向き、スカートをぎゅっと握りしめた。


 一生仕えるつもりでリーナに同行したものの、予想外の仕事をすることになったことで、自分がいかにまだまだ不足であるかをスズリは思い知らされた。


 打ち合わせをした後宮の者は、スズリの言動に対し、秘書業務をこなせるのか懸念するような言葉を口にした。


 立派な秘書を目指して勉強するにしても、すぐにはなれない。時間がかかる。未熟で経験不足の秘書では役に立てない。それどころか足を引っ張ってしまう。


 スズリは足手纏いになり、リーナに迷惑をかけたくなかった。ならば、自分のできることは秘書業務をしっかりとこなせる者と交代することしかない。そう思うものの、リーナの側で働けなくなってしまうことへの悲しみと悔しさが溢れ出て止まらなかった。


 リーナは席を立つとスズリの側に行き、その手を取った。


「私も自分には能力がないと思ったことがありました。何もできない自分が情けなくて、悔しくて、悲しくて、どうすればいいのかわからなくなって……でも、大丈夫です。誰だって最初は何もわからない、できないところから始めます」


 リーナは微笑んだ。


「わからないことがわかるように、できないことができるように、少しずつ努力していけばいい。自分を信じて。そう励ましてくれたのは王太子殿下でした。今もずっと、その言葉が胸の中に残っています。だから、私は頑張れます。スズリも自分を信じて、頑張る勇気を出してください」


 リーナは自分の気持ちがスズリに伝わるように手に力を込めた。


「スズリは真面目で誠実で優しいです。仕事も一生懸命にします。それは誰もが認めるいいところです。どんなに能力があって仕事ができても、不真面目で不誠実で優しくない人だったらどうですか? 結果さえ良ければいいとは限りません。心が大事なことも沢山あるのです。スズリにはちゃんと大切な部分があります。真面目に、誠実に、一生懸命頑張ろうと思う心が。それもまた立派な能力です。侍女の仕事だって沢山できるではありませんか」

「リーナ様……」

「だから、能力がないなんて思わないで下さい。ちゃんとあります。私はそのことを知っていますし、認めてもいます。それから、お父様やレーベルオードの者達だって同じように思っているはずです。だからこそ、スズリは私に同行する者として選ばれたのです。自信を持ってください」


 スズリの瞳からは涙が溢れ出していた。くじけそうだった心を優しく温かいリーナの優しさが包んでくれたように感じた。


 自分にもいいところがある。それを活かして頑張ればいい。リーナ、レーベルオード伯爵、同じく仕える者達が信頼してくれている。それに応えたいと思う気持ちが強く溢れ出した。


「や、やっぱり……リーナ様はスズランの花です! 私、ずっとお側でお仕えしたいです!」

「ありがとう。私もスズリにいて欲しいと思っています。でも、ちょっとだけいいですか?」

「えっ? な、なんでしょうか?」


 スズリは不安な表情でリーナを見つめた。


「スズリが泣いているのは悲しいです。だから、涙を拭いて下さい。そして、元気が出るようにご飯を食べましょう。朝食は食べましたか?」

「す、すみません。実はしっかり食べました。とっても美味しくて……でも、リーナ様はまだですよね……」


 リーナは微笑みながら頷いた。


「さすがスズリです。よく気づいてくれました。そして、スズリだからこそ、私も本心を打ち明けることができます。このままだとお腹が鳴ってしまいそうです。私のお世話をしてくれる者達全員に聞こえそうなぐらい大きな音が。それは恥ずかしいので、お腹が鳴る前に朝食を食べてもいいですか?」

「勿論です! 沢山食べて下さい! きっと私が食べた朝食よりも美味しいはずです!」

「後宮の朝食は凄いですね。ジュースだけでも沢山の種類があって好きなのを選べるらしいです」

「何種類ですか?」

「十種類です。オレンジ、リンゴ、パイナップル、モモ、レモン、グレープフルーツ、ブドウ、トマトジュースとニンジンジュース。もう一つ……」


 リーナは考えたが、出てこない。


「あと一つは何だったでしょうか?」

「キウイです」


 配膳長が答えた。


「それです。ちょっと言いにくいというか、珍しい名前ですね」

「近年、隣国が輸出品として大量生産する体制を整えたことで、エルグラードへの輸出量が急激に伸びております」


 エルグラードの国土は広い。ゆえに、国境を接する国の数も非常に多かった。


「隣国というのは、ミレニアスですか?」

「違います。複数の国が競い合うように生産し始めたのですが、最も輸出量が多いのはデーウェンです」

「デーウェン?」


 リーナは首を傾げた。


「確か、海産物が有名な国では?」

「そうです。ですが、他にも様々な特産品があります。ワインやチーズ、ハム、オリーブやオイルも有名です」

「食品ばかりですね」

「私は配膳長です。食品関連の知識が多くございますので、披露させていただきました」


 リーナはなぜ食品ばかりが上がるのかに大いに納得した。


「では、キウイジュースにします」

「かしこまりました」

「スズリの分も用意して下さい。勉強になると思うので、キウイのジュースを飲んで欲しいのです。きっと元気もでます」


 配膳長はすぐに返事をしなかった。


 スズリは侍女、または秘書だ。リーナとは身分や立場の差がある。同じテーブルで食事をすることはできない。


 しかし、リーナが言いつけたのはジュースを用意することであり、共に着席して朝食を取ることではなかった。


「……かしこまりました」


 配膳長はスズリの分もキウイジュースを用意することにした。


 リーナの要望にはできるだけ応える。その通達に添うことだとして。


 だが、配膳長もその場にいた他の侍女達も皆わかっていた。


 リーナがキウイジュースを用意させたのはスズリを慰めるため、美味しいジュースを飲んで元気を出して欲しいからだった。


 リーナに仕える者達は以前、別の側妃候補に仕えていた。その側妃候補達は後宮の侍女達を自分達よりも下だと蔑視し、自分が女主人であるかのように振る舞っていた。


 同行した侍女に対しても優遇はするものの、所詮は侍女でしかない。自ら席を立って手を握り、慰めと励ましの言葉をかけることなどなかった。


 主従関係を考えれば、側妃候補達の行動はおかしくなく、むしろ、当然の行為かもしれない。だが、寛大で慈悲深い主、心が温かい女性だと感じることもなかった。


 リーナ様はお優しい。自らが上の身分になったからといって、下々の者達を見下すようなことはされない。とても丁寧で親切だ。本当に心が温かい女性だとわかる。


 後宮の侍女達はリーナの優しさが穏やかな気持ちを呼び起こし、心を落ち着かせるような気がした。



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