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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編
542/1357

542 入宮祝い

「入宮とは言ってもただの側妃候補です。相応しくないものを贈るべきではありません。花で良いのでは?」


 王妃の提案はおかしいわけではない。ごく普通かつ無難な内容だ。但し、リーナへの好意や配慮が感じられるものでもなかった。


「入宮式で花は贈られている。同じものを贈る気か? 私が初めて恋人にした女性が入宮したことを軽んじるのは許さない!」

「恋人なら以前にもいたではありませんか」


 王妃が何をいまさらというような口調で言い返す。


 クオンは一気に激しい怒りをあらわすような表情になった。


「一人もいない!」

「エメルダ、シュザンヌ、チュエリー、他にもいるでしょう?」

「全員ただの勉強相手だ!」

「恋人のように扱ったのであれば同じです」

「同じではない!」

「一時的に恋人として認めていたということです」

「実地訓練の相手役を務めただけではないか! 絶対に違う!」


 クオンは一層怒りを高ぶらせ、部屋に漂う雰囲気もますます悪化した。


「勉強とはいえ実際にその者達を恋人として扱い、共に時間を過ごしたのです。親が決めた婚約者を認めないと言い張ったとしても、公式行事にエスコートして伴えば婚約者として扱っている、つまりは婚約者であることを認めたことになります。それと同じです」


 母親の言葉を息子はすぐに否定した。


「婚約者と恋人では全く違う。恋人は両親が勝手に決めるものではない。恋人にするかどうかを決めるのは本人だ。本人の意志が伴わなければ、両親が恋人として選んでも恋人ではない!」


 クオンと父親と会話は祝いの夕食会にふさわしいものとは言い難がったが、母親との会話よりもはるかにましだった。


「夕食はリーナとくつろぎながら取るつもりだったというのに邪魔をした。これ以上の邪魔も失言も許さない。母上はすぐに退出しろ!」 


 立ち上がったクオンは母親を睨みつけた。


 何かにつけて口を出す母親ではあったが、息子のためを思えばこそだとクオンは捉えるように努めて来た。


 母親もまた、どれほど厳しく時に息子の意に沿わぬことであっても、自分の主張は正当なものであり、必ず息子に理解して貰える、尊重されると思ってきた。


 息子が我慢していたとしても、それが息子のためになる。自分の言う通りにすることが最も適切であり、冷静であり、良い結果になると信じて疑わなかった。


 そのツケが、限界が、今まさに訪れた。


 クオンは母親に対してこれほどまでに強い怒りを感じたことはなかった。


 自らの気持ちをはっきりと示しているにも関わらず通じない。否定し、邪魔をし、壊そうとしている。ようやく見つけた真実の愛、幸せを。


 怒りに震える息子を見上げた父親は、深いため息をついた。


 王妃を同席させることにしたのは国王であり、父親であり、夫であるハーヴェリオンの判断だった。


 王太子は愛する女性を自らのものにしたい。どれほど駄目だと言い聞かせたところで、王太子は止められない。邪魔は許さないといい、排除しようとする。両親でも容赦しない。


 その覚悟は王太子主催の音楽会にもあらわれており、王太子は両親を招待しなかった。


 王妃は折れるべきだ。今は王太子に任せればいい。そして、王太子が自らの力でこの試練を乗り切れるのかどうか、未来を切り開いて行けるか見守ればいい。


 執務にしか興味を持たなかった息子がようやく女性に興味を示し、愛を感じ、自らの血を受け継ぐ子供をつくることを考え始めた。そのことに着目し、前進していると喜べば良かった。


 しかし、妻であり母親であり王妃であるクラーベルは黙っていられなかった。そればかりか余計なことをいい、息子の怒りに火をつけ、油を注いだ。


 ハーヴェリオンは事態を収拾するために口を開いた。


「……王妃は心から息子のことを愛している。息子が心から愛する女性を見つけたのは嬉しいが、母親としては息子を奪われるかのような複雑な気持ちもあるのだろう。このところ心労が溜まっているようにも見える。王妃は下がれ。ゆっくり休むように」

「わかりました」


 王妃はすぐに席を立ち、颯爽と部屋を出ていった。


 その様子は、この食事会に出席したのは国王の意向であり、自分の意志ではないことをあらわしているかのようにも見えた。


 クオンは自らの中にある怒りがますます強まるのを感じた。


「クルヴェリオン、まずは座れ」


 クオンが黙ったまま座ると、ハーヴェリオンはもう一度ため息をついた。


「王妃は誰もが納得するように振る舞うのは難しいと知っている。先ほどの発言も息子のためを思えばこそ。もしかすると、お前の恋人のためでもあると思っているかもしれない」

「リーナのためだと?」


 クオンは父親を強く睨んだ。


「どう考えてもリーナのためではない! 悪意しか感じ取れない!」

「それはお前が恋人のことしか考えていないからだ。私は冷静な分、お前よりも多くの考えを巡らせることができる。クラーベルは母親というだけでなく、王妃だからこそ厳しいことを言うのだ。他の者は王太子であるお前には媚びへつらい、本心を隠して騙そうとする。これから先も慢心することなく注意せよという助言なのだ」

「余計なお世話だ」

「その通りだ」


 ハーヴェリオンは理解していると息子に伝えるために頷いた。


「しかし、母親というのは息子を愛するほど、世話を焼きたがる。お前のことをなんとも思っていなければ何も言うまい。静観し、どうなっても自己責任だと考えるだろう。また、お前の恋人についても、ただ否定しているわけではない。王妃が賛同したところで、否定する者達が大勢いることに変わりはない。王太子の恋人になるには覚悟が必要だということを伝えたかったのだろう。その証拠に入宮祝いは必要ないとは言わなかった。言い方は不味かったが、相応しいものを贈ればいいというだけだ」

「ただの花を提案した」

「ただの花とは言っていない。どのような花なのかを聞けば、お前が思いつかないような花を贈ることを提案したかもしれない」

「では、父上であればどのような花を贈る?」


 私が花を贈るように言ったわけではないのだが。


 心の中でぼやきつつも、ハーヴェリオンは考えた。


「そうだな……花の宝飾品とか」


 ありきたりだとクオンは思った。だが、ただの花よりはましでもあるとも。


「昔のことだが、私は恋人に庭園を贈った。花が好きだったため、様々な花を植えた専用の庭を贈ったのだ。これなら花でも非常に特別で素晴らしい贈り物ではないか?」


 よりましになったとクオンは思ったが、確認すべきこともあった。


「その相手はリエラ妃のことではないのか?」

「勿論だ」


 力強く頷く父親に、息子は更に質問した。


「庭園を贈ったのはいつだ? 側妃にする前か、それとも後か?」

「……後だな」


 ハーヴェリオンは息子の質問した理由を察した。


 王妃は側妃候補としてふさわしいものと発言した。


 国王であるハーヴェリオンがただの恋人に庭園を贈っているのであれば、王太子である息子が同じく自分の恋人に庭園を贈っても前例があるとみなされ、問題にはなりにくい。


 しかし、ただの恋人ではなく側妃に贈ったということになると、まだ候補でしかないリーナに庭園を贈るのは前例がないことになる。ふさわしい贈り物ではないと判断される可能性があった。


「まあ、私は国王だからな。貧相な贈り物は体裁上難しい。歳をとったせいもあり、気の利いた贈り物を届けたいと思う女性もいない。だが、丁度いいことに私よりも若く、女性に人気のある者達がいる。その者達の意見を聞こうではないか。パトリック、パスカル、それぞれどのような花の贈り物がいいか答えるように」


 急に国王に話を振られたレーベルオードの親子は動揺した。しかも、国王に名前で呼ばれるとも思わなかった。


 通常であれば、レーベルオード伯爵や子爵の呼称になる。名前で呼んだのは親しみをあらわすためであり、息子が愛する女性の家族であることを尊重しているという意思表示に思われた。


 これほどまでの配慮に応えないわけにはいかない。


 レーベルオードの親子は持ち前の優秀さですぐに冷静さを取り戻した。


「……恐れながら陛下、息子はともかく私は女性に人気があるとは思えません。気の利いた贈り物を考えるのは難しく思います」


 レーベルオード伯爵は即座に答えを返した。


「ですが、もし私が愛する女性に花を贈るということであれば、毎日一輪の花を贈ります。多忙で会えなくとも日々配慮している、心から想っていることを示すためです。ささやかであっても、心優しい娘のような女性であれば、喜んでくれるように思います」


 レーベルオード伯爵の答えを聞いた者達は驚きのあまり言葉を失った。


 優秀ではあるが、冷徹だと知られる者が提案することか?


 私と同じく仕事ばかりだと思っていたが……いい答えだ。


 母上にたった一輪しかない、と駄目出しされていたのを知らなかったのですか? 


 男性陣がそれぞれの感想を心の中で述べる一方、リーナもまた驚いていた。


 さすがお父様! 素敵です! 毎日が嬉しくなるような贈り物です! 


 リーナなら喜びそうだというレーベルオード伯爵の予想は当たっていた。


 また、国王と王太子の評価も上々だった。というのも、レーベルオード伯爵、国王、王太子の三人には共通点がある。


 執務で多忙なこと、愛する女性に一途なこと、女性に対して不器用なことだ。


 毎日執務で忙しい。愛する女性は大切にしたい。だが、執務もしなければならない。会いたくても会えない。愛する女性にどうすれば自分の気持ちが伝わるのか。


 離れていても自分の気持ちが伝わるように、花に想いを託して毎日贈る。自分の代わりに愛する女性を喜ばせ、見守って欲しい。例え小さくとも、日々の笑顔、幸せを与え続けて行きたい。


 込められた気持ちが伝わる女性もいる。しかし、伝わらない女性がいるのも事実だ。


 そのことを冷静に理解している者がこの場にいた。


「奥ゆかしい提案はいかにも父上らしいですね。私もそのような方法で愛する女性に想いを伝えてみたくなりました」


 パスカルは自分の父親を褒めた。しかし、これは前置きに過ぎない。ただの社交辞令だ。


「その後で意見を出すのは難しいと感じます。ですが、何も言わないわけにもきません。そこで、一般論を先に申し上げたく思います」


 一般論?


 クオン、ハーヴェリオン、レーベルオード伯爵は揃って表情を動かした。



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