541 祝いの夕食会
リーナは王宮に到着した。
入宮日の夜は王太子との夕食を取ることになっている。その後は後宮に戻って就寝になるため、この日の最後の予定ともいえる。
朝早くから予定があるだけでなく、失敗や問題がないように緊張していたリーナは相当疲れていることを自覚していた。
しかし、予定を変更することはできない。
クオン様と会えるのよ! 物凄い御馳走も待っているはずよ!
疲労感を誤魔化すようにそう思いながら、リーナは重い足を進ませた。
「リーナ!」
リーナの姿を見たパスカルは満面の笑みを見せた。
控えの間に通されたリーナはそこに父親と兄の姿を見て驚いた。
リーナは王太子と夕食としか聞いていなかったため、クオンと二人だけで夕食を取ると思っていた。
「お父様とお兄様も一緒にお食事をするのですか?」
「そうだよ。朝食の予定が変更になって良かったよ」
「え?」
「元々の予定ではリーナしか呼ばれていなかったけれど、朝食の席をほとんど一緒にできなかったことを理由に、夕食にも招待されることになった」
「そうでしたか」
「食べ物を口に入れている間は話せない。だから、遠慮なく食べていればいいよ。会話は僕と父上が担当するからね」
パスカルは遠慮なく食事をすることでリーナが会話をしなくても平気なこと、自分達に任せておけばいいことを伝えた。
「わかりました」
リーナはクオンに会えることや一緒に夕食を取れることは嬉しかったが、食事中の会話に関する自信がなかった。
自分は食事をしていればよく、会話などは兄と父親が担当してくれると聞き、リーナはほっとした。
「私がエスコートする」
リーナのエスコート役は父親であるレーベルオード伯爵が務めることを、すでにパスカルとの間で取り決めていた。
父親と兄と共に夕食へ向かうリーナは何の不安も感じていなかった。
しかし、緑の会食の間に入った途端、リーナは緊張した。
緑の会食の間には大きなダイニングテーブルがある。朝食の時と同じであるため、初めてみるものではない。
但し、ダイニングテーブルに用意された座席数は六つ。
他にも誰かいるの?
リーナは侍従の示す席に座りながら、ヘンデルなどの側近も一緒に食事を取るのかもしれないと考えた。
「ご起立下さい」
リーナはすぐに起立した。勿論、パスカルとレーベルオード伯爵も同じく起立する。
扉が開き、入室してきたのは国王で、その後に無表情のクオン、母親の王妃が続いた。
国王陛下と王妃様も一緒なんて……!
リーナの心拍数は一気に上がり、表情も体も強張った。
国王、クオン、王妃が席についた後、リーナは父親と兄と共に着席をした。だが、本心を言えば、着席することなくこの部屋から逃げ出したい気分だった。
「急きょ、父上と母上が同席したいと言ってきた」
本来の予定では国王と王妃が共に夕食を取る予定ではなかった。
しかし、国王と王妃はクオンとリーナの夕食会に同席する旨を伝えた。
同席をしたい、ではない。する、ということは国王の決定、命令も同然だ。よほどの理由がなければ覆せない。
クオンは二人だけの時間を邪魔されたことに苛立ちつつも了承した。
その代わり、リーナを守る味方、牽制役としてパスカルとレーベルオード伯爵の二人も夕食に招待することにしたのだった。
「何はともあれ、息子の望む女性が入宮したのは何よりだ。そこで、父親である私からも入宮祝いを贈ろう」
国王ではなくクルヴェリオンの父親として、ハーヴェリオンは笑みを浮かべながら言った。
「何が欲しい? 遠慮なく申してみよ」
早速話しかけられた……。
まだ食事は来ていない。飲み物が用意されている最中だ。口の中に食べ物があるために話せないという理由は使えず、リーナは発言しなければならない状況になった。
「……国王陛下に申し上げます。寛大なるお心遣いに感謝申し上げます。また、あまりにも突然のお言葉に驚いておりますので……どのようにお答えすればいいのかわかりません」
リーナは王族に対する発言をする際の基本を守って答えたつもりだった。
第四王子付きとしての経験、そして、側妃への挨拶の際の失敗があったことで、より言葉には注意が必要だという気持ちがあったからこそ、しっかりとした言葉を返すことができていた。
「緊張しているようだ。今夜はクルヴェリオンの両親として同席している。堅苦しくする必要はない」
国王が許したからといって、いきなり態度を崩すような女性はその時点で問題だ。例え国王でなくても、クオンの父親というだけで十分緊張する相手でもある。
リーナは単純に無理だと感じた。
「何でもいいのか?」
リーナの代わりに質問したのはクオンだった。
「希望自体は遠慮しなくて構わない。だが、何でもいいわけではない。駄目なものも多くある。王太子妃の座は無理だな」
入宮したばかりの恋人とその家族の前ではっきりとそう言った父親をクオンは睨んだ。
「わざわざ言うことではない。入宮したばかりではないか!」
「非常に大事なことだ。但し、側妃も無理だとは言っていない。ここでねだる意味もないが。王太子は自力で周囲に認めさせ、側妃にするつもりだ。それができないのであれば諦めろとも言ってある」
クオンは大きなため息をついた。
「リーナの入宮を祝うための食事会だ。無理やり同席したことを思えば、もう少し発言に配慮をして欲しいものだが?」
「配慮として入宮祝いをやると言ったのだ。国王が入宮を認めたということを示すには丁度いいではないか」
「国王が認めなければ入宮はできない。すでに示されている。入宮代もしっかりせしめ、臨時収入だと喜んでいたくせに」
クオンはリーナの入宮に合わせ、三人の女性を追加で入宮させた。その分の入宮代も全てクオンが負担している。
つまり、四人分の側妃候補の入宮代が国王の臨時収入として計上されていた。
「お前が支払ったとしても、結局は私の金から出ている」
国の予算は王家予算と統治予算がある。王家予算は王家の当主である国王のものといえる。その中から王太子予算が振り分けられるため、国王が自分の金から出ていると主張するのは間違いとは言えない。
しかし、クオンは否定した。
「今回の支払いは王太子予算からではない。個人資産から出しているため、父上の金ではない。そもそも私の方が父上よりも多く執務をこなしているというのに、王太子予算が少なすぎるのではないか?」
「エルグラードで最上位になるのは国王だ。国王の予算が最も多いのは当然だろう」
「働きに応じて予算を配分すべきではないか? 執務だけでなく予算も譲って欲しい」
「細かい部分は任せているが、国王として頂点に君臨するには相応に予算が必要だ」
仲が良さそうには見えない親子の会話が始まったが、その間に食事が運ばれる。
リーナは食事を取りながら静観することにした。
できるだけ目立たないように、会話の邪魔をしないように。お父様とお兄様が議論しながら食事をする時と同じようにすればいいだけ……。
リーナはそう思っていたが、国王からの質問にはっきりと答えたわけではない。
しばらくすると、クオンと国王の視線はまたリーナに戻ることになった。
「そろそろ考えたか? 何がいい?」
もしかして、会話の間に考えろということだったの?!
食事をしていたリーナは食事と言葉に詰まった表情になった。
「陛下、娘にはできるだけ不自由をさせないように私の方で様々なものを用意しております。慎ましい性格ゆえに何かをねだるようなこともなく、小遣いもほとんど使いません。王太子殿下からも多数の贈り物をいただいておりますゆえ、この場で希望をお伝えするのは難しいかと存じます」
ようやくレーベルオード伯爵が父親としてリーナを庇うように発言した。
「宝飾品でいいか?」
「王家に伝わる由緒正しい品がいい」
息子の注文に父親は眉をひそめた。王家に伝わる由緒正しい品を与えれば、正式な王家の一員だと示すことになる。
側妃になった祝いであればともかく、側妃候補としての入宮祝いとして贈ることはできない。
「新しく作る」
「時間がかかるのはよくない。まさか、一年後に入宮祝いを与えるとでもいうのか?」
「では、既製品から見繕う」
「特別なものでなければ拒否する。王太子の威信に関わる」
またもや国王とクオンの会話が始まる。いかに内輪の夕食会であっても、同席している者達の身分や立場を考えれば、二人の会話に軽々しく口出しできる者はいない。
クオンが積極的に発言しているのは、リーナに好意を持たない王妃が余計な発言をしないようにするためだった。
そのことを国王は勿論のこと、レーベルオードの親子も理解していた。
だが、万全ではない。
ついに王妃が発言した。
 





