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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第一章 召使編

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54 目の付け所

 クオンは王族会議が終わると、無表情のまま急ぎ足で執務室に戻った。


 ヘンデルに開口一番伝える。


「エゼルバードが動いた」

「予算を奪われそう?」

「いや、奪われた。あれは恐らく承認される」


 クオンは執務机の上にあるキャンディポットに手を伸ばした。


 しかし、蓋が開かれることはなかった。


 クオンが途中で手を引いたのだ。


「凄いね。ずっと食べてないよ?」


 リーナに菓子を全て譲った日から、クオンはキャンディポットの飴を食べていない。


 お茶の時間に出される菓子さえもほとんど食べなくなった。


 それだけではない。長年執務を理由に拒否してきた健康診断を受けた。


 時々、体を動かすために双剣の対戦訓練をするようにもなった。


 周囲は驚いたが、良い変化だった。


 下手に理由を探って台無しにすることはない。


 なぜ生活を改めたのかを聞くことなく黙って見守る。健康のためにもできるだけ長く続けて欲しいと応援していた。


「後宮の医療費を削減するよう提案して来た」

「なんだって?」


 ヘンデルは驚きを隠せなかった。


 プラチナブロンドと空色の瞳を持つ美貌の第二王子は気まぐれで我儘で天才の王子だ。


 面倒な仕事は優秀な兄がすればいいと考え、自らは率先して遊び、要職にもついていない。


 だが、王子としての活動範囲は広い。


 多忙な王太子の代わりに社交や外交で活躍している。


 最も力を入れている分野は芸術だが、教育・医療・福祉・環境にも興味があるという理由で手厚く保護している。


 そのエゼルバードが、自らのテリトリーともいえる医療費の削減を提案した。


「増やすの間違いじゃん?」

「削減だ」

「資料は?」

「国王の所にある。側近と検討後に私の方へ回ってくる」

「どんな感じだったわけ?」

「後宮には三つの医務室がある」


 地下、一階、二階だ。


 地下は下位用、一階は上位用、二階は高位用になっている。


「地下の医療室は常に混んでいる。休養室も常時満室のような状態だ。しかし、一階や二階は混雑していない。一階の休養室は常に空きがある。二階の休養室はほとんど使用されてない」

「二階が無駄だからいらないって?」

「なくすのは地下だ」


 ヘンデルはすぐに理解した。


「なるほどね。一番設備の悪い場所はいらない。設備の良い場所で治療や休養をさせようってことか」

「正解だ」


 エゼルバードが王族会議で提案したのは、後宮の医療費削減、具体的に言えば地下の医務室をなくすことだった。


 利用者で見ると二階の医務室が最も活用されていない。休養室も空いている。


 無駄に思えるが、無くせない事情がある。


 二階の休養室は王族や側妃が使用するかもしれないからだ。


 一方、地下の医務室は混雑しているが、重病人は少ない。症状の多くは風邪だ。


 休養室が満室なのは、利用者数が圧倒的に多すぎること。


 その理由のほとんどが多人数で共有している大部屋での感染を防ぐためだった。


 一階や二階を利用する者の自室は個室や二人部屋。多くても四人部屋まで。


 大部屋ではないため感染の影響が少なく、自室で休養も取りやすい。


 だからこそ、診療は受けても休養室は利用しない。


 そのような状況を知ったエゼルバードは医務室利用の階級差別化を撤廃するよう提案した。


 後宮で働く者や後宮の近くで緊急事態が発生した場合、後宮の医務室を所属や階級に関係なく利用できるようにする。


 設備も環境も悪い地下の医務室と休養室は閉鎖し、一階と二階だけにする。


 設備が整っている医務室や休養室での早期治療及び回復を目指し、病気の蔓延や療養者数の増加を防ぐ。


 地下の医療施設の予算は必要ない。二階における無駄な予算は一階にまわす。


 後宮にいる者の健康を守り、医療費の無駄を探るべくエゼルバードは調査許可を求めた。


「でも、なんでそんなことになったのかなあ?」

「過労で倒れた若い女性をエゼルバードが発見したらしい」

「働き過ぎってこと?」

「そうだ」


 俺の超過勤務も凄いよ?


 ヘンデルは心の中でぼやいた。


「医師の診断を受けた際、最長二十二時間労働であることが判明した」

「可哀想だなあ。若い女性ってところが」

「だが、本当は別のことを隠している可能性や不審者に襲われた可能性も考えた。そこで本当に過労なのかを調べた結果、医務室や休養室に無駄がありそうだとわかったらしい」


 なるほどとヘンデルは頷いた。


 つまり、元から目をつけていたわけではなく、偶然の発見だった。


「試算もあった?」

「詳しい調査をしないとわからないらしい。だが、医療費は側妃と王子の命にかかわる費用だ。かなりの額だろう」

「その三分の一を奪いに来たというか奪ったも同然か。やるなあ!」

「さすがに驚いた。まさか後宮の医療費に目をつけるとは思わなかった」


 普通は医療費を必要だと考える。患者が多くいる以上、削減できないとも。


 だが、医療費であっても無駄であれば必要ない。


 クオンは弟の鋭さと目の付け所に感心するしかなかった。


「父上もレイフィールも唖然としていた」

「そうだろうね」


 ヘンデルは頷いた。


「第二王子側は祝杯をあげているかもね?」

「まだ国王の許可が下りていない」


 国王と側近が話し合い、調査権を認められなければならない。


 許可が出れば、エゼルバードの指揮で正式に調査できる。


 多額の医療費が無駄になっていると判明すれば、無駄な分が没収になる。


 手柄として没収分をエゼルバードの予算に振り替えることができる。


「予算の振替が決定してから祝杯をあげるのではないか?」

「負けてられないね」

「そうだな。レイフィールも後宮の予算を狙って動いているようだ」

「こっちもなんか考えないとだね」

「次の王族会議に間に合わせるのは難しい気がする」

「でもまあ、なんかないかは常時探らせているからさ」

「リーナではないだろうな?」


 クオンはヘンデルを睨んだ。


「違う。お金で釣った者だよ」

「ならいい」

「お菓子で釣った者もいるけどね」

「リーナではないだろうな?」


 気にしているなあ……。


 ヘンデルは笑うのを堪えられなかった。


「違うって。ずっと会ってないよ」

「ならいい」


 第二王子の進撃が続くことを、クオンとヘンデルはまだ知らなかった。


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[一言] ]_・)リーナ、優秀………………(笑)
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