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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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536 土星の間

 挨拶回りの最後に向かったのは、第三側妃の住む土星宮だった。


 これまで歩いてきた場所は三階ということもあり、身分の高い者達が通るのにふさわしい豪華な、あるいは繊細な装飾が施された廊下や部屋ばかりだった。


 しかし、土星宮は白い壁と白い縁取り、白い大理石の柱と床が続く廊下だ。


 身分の低い側妃や寵愛を失った側妃、まったく見向きもされない側妃などが土星宮にある部屋を与えられたという説明をエゼルバードから受けていたリーナは、後宮に住む側妃全員が豪華絢爛な宮殿に住んでいるわけではないことを改めて実感した。


 但し、あくまでもこれまで通って来た場所に比べればというだけでの話で、土星宮が住居として問題がありそうな場所ということではない。


 見方によっては白で統一されており、非常にさっぱりとしているだけでなく余計なものもない、清潔感に溢れた場所だった。


 何も置かれていないのは掃除がしやすいかもしれないけれど、しつこい汚れや染みがあると大変そう……。


 リーナは職業病ともいうべき感想を胸に秘めつつ、廊下を歩いた。




 第三側妃のセラフィーナとの謁見は土星の間で行われた。


 これまでも宮殿の名称がつけられた部屋が使用されていたため、土星の間で行われることに関しては、リーナは驚くことはなかった。


 但し、謁見については違う。第二側妃と同じような謁見になると予想していたリーナは、またしてもその違いに驚くことになった。


 第三側妃セラフィーナは部屋の下座となる扉付近に起立した状態で、エゼルバードやリーナ達が部屋に入ると、深々と頭と腰を下げる礼で迎えた。


 エゼルバードはセラフィーナに声をかけることなく、そのまま上座に設けられた席へ向かったため、リーナも同じく上座に向かうことになる。


 上座には一人用の椅子が三脚。エゼルバード、セイフリード、リーナの席だと思われたが、他に椅子はない。つまり、セラフィーナの分がなかった。


「リーナも着席しなさい」


 そう声をかけたエゼルバードが着席したため、戸惑いつつもリーナは着席した。


 セイフリードはエゼルバードと同じタイミングで着席している。


 三人が座ると、下座にいたセラフィーナは礼の姿勢を維持しながら言葉を発した。


「第二王子殿下、第四王子殿下に申し上げます。この度は土星宮にお越し下さりましたこと、心より感謝申し上げると共に歓迎申し上げます。また、本日入宮されましたレーベルオード伯爵令嬢と顔合わせする機会を頂きましたことにも、御礼申しあげます」


 セラフィーナは王族へ声をかける基本の礼儀作法にのっとり、挨拶の言葉を述べた。


 その様子は王家の一員である側妃というよりは貴族のように感じられるようなものだった。


「ここへ来るのは何年振りでしょうね? 相変わらずつまらない部屋です」


 エゼルバードは土星の間を一瞥した後に言葉を発した。


「予定時間を過ぎているため、簡単に紹介するだけにします。兄上の側妃候補として入宮したリーナ=レーベルオードです。真珠の間に滞在します。知っておくように」

「かしこまりました。レーベルオード伯爵令嬢、私は国王陛下の側妃セラフィーナと申します。なにとぞお見知りおき下さいませ」


 リーナは驚きのあまり、口を開けてしまった。


 時間の都合によって簡単な紹介だけになるというのはわかる。しかし、第三側妃は自らリーナに挨拶をした。


 通常は身分の低い者が高い者へ挨拶をする。着席に関しても、身分の高い者が座り、低い者が立つのが常識だ。


 だというのに、リーナとセラフィーナの状態は逆だった。


 リーナは慌てて起立すると挨拶をした。


「リーナ=レーベルオードと申します。よろしくお願い致します!」


 きっちりと頭と腰を下げて礼をするリーナを見て、エゼルバードは軽く眉を上げた。


 本来であれば、リーナは起立する必要がない。エゼルバードが着席する許可を与えているからだ。


 そもそも、挨拶をすることもない。簡単に紹介するだけだとエゼルバードが言ったのは、リーナからの挨拶を省くという意味でもある。


 勿論、なぜリーナが挨拶をしたのかもわかる。常識的に考えれば、挨拶されれば挨拶を返すのが礼儀だ。


 しかも、自分よりも身分の高い者からという認識があれば、自分も相応に挨拶をしなければならない、着席のままではいけないと思うに決まっていた。


「リーナ、座りなさい」


 エゼルバードは声をかけた後、すぐに注意をすることにした。


「よく聞きなさい。先ほど、私は簡単に紹介するだけにすると言いました。ですので、挨拶をされたからといって、挨拶をする必要はありません。何か言葉を返すとしても、着席したままで構いません。リーナは今後、兄上の側に席を与えられます。自分自身よりも身分の高い者よりも先に着席する、あるいは相手から挨拶を受けるような機会があることでしょう。ですが、その際は今のように起立して挨拶をしてはいけません。わかりましたね?」


 リーナは疑問を感じた。


 エゼルバードの説明通りにすると、身分の上下に関する礼儀作法を守れなくなってしまう。それでもいいのかどうかをしっかりと確認したいとリーナは思った。


「そのようにした場合、身分の低い私が礼儀作法を守っていない、無礼なことをしてしまったと思われないのでしょうか?」

「単純にリーナ自身と相手との身分差だけで考えると、おかしいことになります。ですが、大抵の場合、二人だけということではないはずです。その場にいる最上位の者の意向に従うという基本事項はわかっていますね?」

「はい」


 リーナは頷いた。


「今の場合は私が最上位ですので、私が決めたことを守るのは無作法にはなりません。また、次期国王となる王太子の意向は常に尊重すべきです。そのことから、この場に兄上がいなくても、リーナに配慮するのが正しいでしょう」


 リーナはクオンの存在がいかに大きく、強い影響力を持っているのか、そして、この場にクオンがいなくても、王太子の意向に従うべきという形で配慮され、守られているのだと感じた。


「但し、どの程度配慮するかは相手次第、個人差があります。配慮の仕方について細かい規定はないので不明瞭、任意の部分もあるのです。様々な場で経験を積めばわかってくるでしょう」

「……難しそうです」


 リーナは思った通りの言葉を発したが、それに応じたのはセイフリードだった。


「簡単だ。基本的にはその場にいる最上の者に従うようにする。それとは別に、国王や王太子の意向にも従う。それらが相反する場合、最も従うべき相手は誰かを選ぶ。お前の場合は王太子だ」


 セイフリードの説明は非常に端的でありつつもわかりやすいとリーナは思った。


 しかし、問題はその後の説明だった。


「僕からもはっきりと教えてやる。今、お前がした行為はかなりの無作法だ」


 エゼルバードはリーナに着席を命じた。よほどの理由がなければ、起立はしない。


 挨拶を受けたため、その返礼として起立するというのは、理由として相応ではない。むしろ、王族の隣に着席を命じられたにも関わらず、突然起立して発言することこそ無作法だった。


「この部屋に来た時点で、席は三つ。配置的に見ても、第三側妃の席はない。僕達は着席、第三側妃は立ったままで挨拶をすることになるのもわかる。それでは駄目だと思えば、エゼルバードは着席の前に話を始めるか、第三側妃の席を追加させていた。そうしなかったのは、これでいいということだ。お前はそれに従って行動すべきだというのに、突然起立し、第三側妃に頭を下げて挨拶をした。着席のまま紹介だけで済ませ、挨拶は省くというエゼルバードの意向に反することをした。この場にはいないが、兄上もエゼルバードと同じ判断をしたことだろう」


 セイフリードはわかっていた。リーナは一を言えば十を察するような者ではない。何が悪いのかを指摘し、わからせることが必要だった。


「どうせ側妃に対して座ったままでは無礼だ、自分よりも側妃の身分がより高いなどと考えていたな?」

「えっ?」


 リーナは自分のしたことが不味かったのだということは理解していたが、自分よりも側妃の身分がより高いという考えを否定するかのようなセイフリードに困惑した。


 側妃は王族の妻だし王家の一員だし……貴族よりも上、じゃないの?


 リーナは常識的な正しい判断をしていたつもりだった。だが、大切なことを見落としていることに、全く気が付いていなかった。


「お前はここが後宮という特殊な場所であることを忘れている」


 リーナの常識的な感覚は、決しておかしいものでもなく、間違っているものでもない。側妃と貴族の令嬢を比べた場合、どちらの身分が上かということであれば、間違いなく側妃だ。王宮どころか、エルグラード中でこの常識が通用する。


 しかし、後宮という場所は例外だった。


「馬鹿でもわかるように教えてやる。王宮などにおいては身分が重要だ。寵愛されていない飾りの側妃であっても、側妃というだけで貴族よりも上位の立場になる。貴族の令嬢が王族に寵愛されていても、貴族という身分を逸脱することはできない。だが、後宮においては王族にいかに寵愛されているかが重視される。身分は二の次だ。飾りの側妃よりも、寵愛されている女性の方が上位になる」


 リーナは唖然とした。


 後宮で働いていたため、王族に寵愛されている女性が非常に大切にされるということは知っていた。


 しかし、王族が寵愛されているということがいかに影響を及ぼし、身分差も覆す場合があるということを理解していなかった。


「現在の後宮において、最も高位の王族に深く寵愛されている女性はお前だ。しかし、後宮の所有者である国王が、お前を最上位に扱うという正式な通達をしているわけではない。だからこそ、国王の側妃達がどのように接するかは個人差が出てくる」


セイフリードは生母である第三側妃セラフィーナに視線を変えた。


「常識的に考えれば、国王の側妃達を始めとした後宮の者達は王太子の意向を尊重する。でなければ王太子が新国王になった際、その後の生活が保障されないばかりか、命も危ぶまれる。子供や実家の庇護が弱い場合は、王太子の不興を買わないように振る舞う。王太子の寵愛する女性を最大限に配慮し、機嫌を取ろうとするだろう」


 リーナは理解した。


 三人の側妃達はリーナに対し、それぞれ違う反応を見せた。


 基本的には配慮しているが、どの程度かはそれぞれが考える程度になった。


 そして、第三側妃だけは、側妃とは思えないほどの配慮をした。リーナには席を用意しつつも、自分の席は用意していない。わざわざ自分から挨拶するほどだ。


 なぜ、これほどまでにするかといえば、今後の生活、命運がかかっているからだ。


 現在は国王の側妃として後宮に住み、相応の生活が保障されている。しかし、その保証は一生確約されているわけではない。


 王太子であるクオンが新国王になれば、後宮の所有者も新国王になる。前国王の側妃達がどうなるかは新国王次第。自分を庇護してくれる者、王族の身分を持つ子供がいないと、それこそどうなるかわからない。


 第三側妃はセイフリードを産んだが、親子関係はすこぶる悪い。赤の他人のごとく、ないも同然だ。将来、セイフリードが生母を庇い、面倒を見るような可能性は全くない。


 だからこそ、第三側妃は異常なまでに腰が低い。最大限にリーナに配慮する姿勢を見せることで、王太子の機嫌を取ろうとしているのだ。


「国王の側妃というだけで、多くの者達は頭を下げ、膝を折る。お前がこれまでに知っていた世界ではそれは正しい。だが、それはまさに表面しか見ていないのと同じだ。後宮では裏の姿も見ることになる。王子を産んだ側妃であっても、その立場は決して盤石ではないことがよくわかっただろう。これも勉強だ」

「今回の側妃達への挨拶回りは、側妃というものがどのようなものであるかを理解する勉強の一環なのです」


 王太子の寵愛を一心に受けるリーナの勉強は、側妃候補として用意されているものだけではない。後宮に入ってから見聞き、経験していく全てが勉強だった。



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