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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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535 木星の間

 第一側妃の次は第二側妃の部屋に向かい、挨拶する予定だった。


 レイフィールの生母である第二側妃レフィーナは木星宮に住んでいる。


 木星宮は火星宮の右隣にあるものの、二つの宮殿は直接出入りすることができない。木星宮に近い火炎門から一旦月光宮に戻り、月光宮の右端にある木星門から行くことになった。


「ここが木星門です」


 黄金色の大扉は閉められていた。


「なぜ、閉められているのです?」


 木星宮へ行くには必ず木星門を通らなければならない。その後、土星宮に行くことを考えたとしても、木星門を利用するであろうことは明らかだ。


 だというのに、門が閉じられているというのはおかしかった。


 まるで、招かざる客だというような意味に捉えられてもおかしくない。


「午後の予定は通達されているはずだ。それを考慮し、門は開けておくべきではないのか?」


 ロジャーが警備に確認すると、警備の者達は緊張した面持ちで答えた。


「……大変申し訳ございません。現在、脱走したシロとクロロを捕獲中のため、門を閉じております」


 シロ? クロロ?


 他の者達にとっては警備の説明で十分理解可能だったが、リーナには無理だった。


「木星門は通れないのか?」

「いいえ。開けるのは問題ありません。ただ、廊下で遭遇しないとも限りませんので、事前に捕獲中であることをご報告申し上げてから開けることになっていました。護衛の方々はくれぐれもご留意いただけますようお願い申し上げます」

「襲撃されたら処分する」


 絶対的な口調でそう言ったのは、これまで無言のままだったセブンだった。


 警備達はセブンの醸し出す強い冷気に寒気を感じつつも、なんとか言葉を発した。


「……できるだけ穏便に……お願い申し上げます」

「放し飼いにしているのが悪いのです」


 第二王子であるエゼルバードの意見は決定であり、正義になる。


 警備達は重々しい面持ちで木星門を開けた。


「全員、警戒しなさい。私やリーナに危害が加えられれば、大問題になります」


 エゼルバードはそう言った後、思い出したように付け加えた。


「セイフリードも注意しなさい。シロとクロロは非常に俊敏です。首に噛みつかれれば、まず助かりません」


 セイフリードは苦々しい表情で答えた。


「駄犬が来たら処分しろ」


 未成年ではあるものの、第四王子の言葉もまた決定であり、正義になりえる。


 同行していた護衛騎士達は厄介な状況だと心の中でため息をついた。


 一方、リーナはシロとクロロというのは犬の名前ではないかと密かに推測した。




 第二側妃レフィーナとの謁見は木星の間で行われた。


 金の刺繍が施された黒と白のドレス、燦然と輝くエメラルドのティアラ。完璧な正装姿のレフィーナは着席していたが、リーナ達が部屋に入るのと同時に立ち上がった。


「ようこそ、木星宮へ。第二王子殿下、第四王子殿下を歓迎申し上げます。それから後宮へ入られたレーベルオード伯爵令嬢にも、お会いできて嬉しく思います」


 レフィーナは微笑みながら軽く一礼した。


 第一側妃エンジェリーナの謁見時とは全く違う様子に、リーナは驚いた。


「こちらまでわざわざお越しいただいて恐縮です。どうかお座り下さいませ。お飲み物もすぐに手配させます」

「飲み物は入りません。長居をする気もないですしね」


 エゼルバードは断ったものの、レフィーナは微笑みを浮かべながら侍女に飲み物の用意を言いつけた。


「どうかお気になさらず。とても珍しい茶器を手に入れたので、ほんの一瞬であっても、お見せしたいだけなのです」


 レフィーナはなぜお茶の用意を言いつけたのかを説明した後、席の方へと移動した。


「リーナは私と一緒に座りましょう」


 エゼルバードはそう言いながらソファ席の方に移動するだけでなく、さっさと着席した。


 エスコートされているリーナもほぼ同じくして座ることになり、別の椅子に着席したセイフリードもまた着席する。


 しかし、レフィーナは同じタイミングで着席をすることはなく、三人が座った後から着席した。


 その様子を見たリーナは余計に困惑した。


 側妃なのに、どうして最後に座るの? 私達が客人で、接待役だから?


 更にリーナはどのタイミングで挨拶すればいいのかも迷ったが、エゼルバードがリーナの疑問を解決した。


「先ほどとは違う様子に驚いているかもしれませんが、今の状況こそが正しいということを覚えておきなさい。側妃は国王の妻ですが、王家内においての立場はかなり低く、一番下になります。この場で最も身分が高いのは誰かといえば、王位継承権第二位の私です」


 貴族だけでなく、王族においても序列がある。その序列は王位継承の順位と等しいため、国王、王太子、王子、王女の順でより身分が高いことになる。


 側妃は王家の一員だが、王族の配偶者としての身分になる。本人が国王の血を引く王族、王位継承権を持っているわけではない。


 しかも、側妃は正妃でもないため、王妃、王太子妃、王子妃よりも下になる。結果的に、側妃は王家の中で最も低い身分ということになる。


「先ほどは側妃とはいえ、私の母親との謁見でした。子供は母親を敬うべきというのが模範的かつ常識的です。だからこそ、母上は着席したままでした。ですが、第二側妃はただの側妃です。私が敬うべき相手ではないので、王族の序列に従って行動するのが正しいことになります」


 エゼルバードは更にこの場にいない者についても説明を付け加えた。


「ちなみに王妃についても同じです。国王の妻ですが、生まれつきの王族ではありません。国王の配偶者としての身分を与えられることにより、王家の一員になった者です。生まれつきの王族の方が上になりますが、正妃の中では最も高い身分になります。また、国王が妻として、王太子が母親として尊重すれば、王妃という身分自体の上下は変わりませんが、国王や王太子に配慮した形になる、より丁重に扱うということになるわけです」


 リーナはエゼルバードの説明を考えていた。


 家族の中で一番偉いのは父親、二番目は母親、その次はより年長の子供というのがリーナの知る順番だ。それが正しく、常識的だと思ってきた。


 しかし、貴族は少し違う。一番偉いのは当主だ。次は跡継ぎ。それは父親や長男がつくため、あまり差はないようにも思えるが、母親が二番目に偉いわけではない。三番だ。


 伯爵家に例えるのであれば、当主の伯爵、跡継ぎの子爵、伯爵夫人の順番になる。貴族においては爵位を持つ本人が最も上で、その次は付属する形で何らかのタイトルを持つ者ということになる。


 そして、王族においてはもっと違う。一番偉いのは国王、次は王太子、その次は王子。王妃は二番どころか三番目でもなくなる。正妃ではない側妃は最後だ。


 クオンの妻になるとはいっても、側妃という身分では王家において一番下の立場でしかなく、決して偉いわけではないのだとリーナは思った。


「あまり時間をかけたくないので、私から紹介するだけにします。兄上の側妃候補として入宮したリーナ=レーベルオードです。真珠の間に滞在します。あまり関わることはないように思いますが、知っておくように」

「ご紹介、恐れ入ります。第二王子殿下のおっしゃる通り、レーベルオード伯爵令嬢と会う機会は少ないかもしれません。ですが、何らかの催しの際には顔を合わせる可能性もございます。王太子殿下はレーベルオード伯爵令嬢をとても大切にしているようですし、そのご意向を重視したいと思っております」


レフィーナは王太子が寵愛する女性であれば、その意向を尊重するという姿勢を明言した。


「それから、私は王宮において侍女として働き、その後公爵家の養女として側妃になりました。経験上、レーベルオード伯爵令嬢のお力になれることがあるかもしれません。後宮の者ではわからないことがあるばかりか、間違った認識を導くようなこともございます。もし、何かわからないことがあれば、遠慮なくご相談下さいませ。王妃様にご相談することはできないと思いますので」


 王妃は息子の妻としてリーナを迎えることを歓迎していない。正妃にふさわしくないというだけでなく、側妃であってもかなりの忍耐と譲歩をしている状態だ。


 リーナが困っていても、親身に相談に乗り、力を貸すようなことをするわけがない。むしろ、そのことを利用してリーナを排除しようと目論む可能性さえあった。


「わからないことについては、兄上に代わり、私が教えるつもりです。ただ、女性特有のこともあるでしょう。それについては力になって欲しくもありますが、序列を無視するようなことはしない方がいいでしょう。母上の不興を買うのは得策ではありません」


 エゼルバードは静かな笑みを讃えつつも、この場で最上位であるという威圧感がはっきりと示していた。


「勿論、心得ております。これでも元侍女ですので」


 第一側妃をないがしろにすべきでなないというエゼルバードの意向を、レフィーナはしっかりと理解していた。


「予定時刻を大幅に過ぎているのでこれで」

「非常に残念ですわ」

「それから」


 エゼルバードは侍女達がワゴンに用意している茶器に視線を移した。


「あの茶器は使用しない方がいいでしょう」

「お気に召しませんでしたか?」


 リーナも視線をワゴンに移した。


 ワゴンの上に整えられているのは黄金の縁取りのある白い茶器のセットだった。


 但し、レフィーナが珍しいというように象の形をしていた。


 動物の模様を茶器に描くのではなく、ポットの形状に合わせて象を見立てるというのは、確かに珍しいとリーナは思った。


「東方の国では象は幸運のシンボルで、鼻が上向きですと、運も上向くとか。また、白い象は神聖視され、白い象は全て国王に献上されるという国もあるようです。とても素晴らしい茶器だと思うのですけれど」


 レフィーナの説明を聞いたリーナは、鼻の長い動物の形をした茶器は非常に縁起がよく、高貴な者にふさわしい品だと感じた。


 しかし、エゼルバードの表情からは喜びを感じない。むしろ、不機嫌そうだった。


「個人的な嗜好は千差万別です。確かに東方の国において象は縁起がよく、白い象を神聖視する国もあります。とはいえ、ここはエルグラードです。冷静に考えてみなさい。自分より上となる者に対し、象の鼻から出た茶を飲ませる気ですか? 相手によっては象の鼻水だと思うかもしれません。珍しい茶器という言葉に踊らされ、もてなしの配慮が欠けています」


 レフィーナは象の茶器という珍しさばかりを考え、象の鼻から茶が注がれることや、その行為に対する相手の心象を考えていなかった。


 茶を用意してもてなすのであれば、相手が気持ちよく茶を楽しめるように配慮するのが大切だ。茶器はそのためにあるといっても過言ではない。珍しいというだけでは駄目だった。


 レフィーナは自らの至らなさを猛反省し、深々と頭を下げて謝罪した。


「……美術の造詣が深い第二王子殿下をもてなすには、並大抵の茶器ではご満足いただけないと思ったのです。大変失礼致しました。心から謝罪申し上げます」

「茶器を選ぶ際は、慎重かつ冷静に判断しなさい。側妃の不手際は王家の威信に関わります」

「重々承知致しました」


 第二側妃との謁見はそこまでになった。


 リーナはエゼルバードにエスコートされ、木星の間を出た。


 控えの間には第二側妃付きの侍女や護衛騎士などが控えており、来訪した王族及びリーナ達に深々と頭を下げて礼をする。


 だが、しかし。


 その状況にそぐわない唸り声を発する存在がいた。


 リーナ達に威嚇するような眼差しと声を向けているのは、捕獲された二匹の動物だった。


「……また大きくなったようですね。放し飼いはやめなさい。被害が出てからでは遅いですからね」


 エゼルバードは冷淡な口調でそう言うと歩き出したが、エスコートしているリーナが動かなかったため、二歩目が阻まれることになった。


「リーナ?」


 リーナは自分を威嚇するような態度を取り続けるシロとクロロに驚いていた。


「あっ、申し訳ありません! あまりに大きい猫なので……」


 エゼルバードは眉を上げた。


「これはネコ科の動物ですが、猫ではありません。」


 木星宮には側妃のペットも住んでいた。最初は犬だけだったが、現在はネコ科の動物もいる。


「白い方は白虎、黒い方が黒豹です」

「そうでしたか」


 リーナは虎と豹を見て驚いたが、恐怖を感じる様子もひるむ様子も見せなかった。


 それはリーナが虎や豹について全く知らないためだったが、周囲の者達はリーナの態度に驚いていた。



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