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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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532 私的な取引

 食堂でエゼルバード、セイフリードと共に食事をしていたリーナだったが、その途中に姿をあらわした者がいた。


 王太子付き侍女長レイチェル=ガーシュイン。更に王太子付き侍女次長ルチェーナ=ディッシェンド、侍女長補佐二名、侍女次長補佐二名、新緑の私室付き室長、同室長補佐の合計八名だった。


「至急のお呼びとか。万全を期すため、全員で参りました」


 エゼルバードの冷たい表情に不機嫌さが加わった。


「非常に不愉快なことがありました。詳しくはレーベルオードの護衛から聞きなさい」


 普段であれば、同席しているはずの側近に状況を説明させる。しかし、午前中は王太子やその側が対処することになるため、側近を同行していなかった。


 護衛騎士が説明することはできるが、どのような説明になるかがはっきりとしない。その点、リーナの私的な護衛兼側近のマリウスは意見を述べる機会があったため、状況をどのように把握しているのかわかっていた。


 護衛騎士の役目は護衛だ。説明が長引き、本来の役目をこなせないのは困る。それに対して私的な護衛はあくまでも補佐的なものでしかない。午後の予定に同行しなくても問題ない者であることも、説明をマリウスに任せる理由になった。


「この件は兄上にも報告するように。但し、重い処罰は優しい心を持つリーナを悲しませ、嫌な思い出を与えてしまいます。そうならないための配慮が必要であることも伝えるように」

「かしこまりました」

「真珠の間付き室長が問題を起こした。今は室長補佐が代わりを務めている。初日からこのような事態が起きたのは後宮の責任だとも伝えておけ!」


 セイフリードも不機嫌な表情で言葉を付け加えた。


 レイチェルはセイフリードの補足から王宮側の不手際にするなという意向を察しつつ、

怒りの矛先が自分達ではないことを密かに喜んだ。


「かしこまりました。以上でしょうか?」

「母上に伝令を。遅延の状況を説明しなければなりません」

「恐れながら申し上げます」


 レイチェルは淡々とした口調で述べた。


「王太子殿下の命令により、すでに側妃様方への事情説明をするための者が派遣されております。後宮の伝令ですので、どのような説明がされているのかわかりませんが、午前中の予定が遅延していることはお伝えしているはずです」

「恐らくは言い訳がましい説明でしょう。もう一度出しなさい。リーナや王宮側の責任ではなく、後宮側の責任だとことをしっかりと伝えるのです」

「かしこまりました」

「下がりなさい」

「失礼致します」


 レイチェル達は深々と一礼すると、すぐに部屋を退出した。


「ああ、忘れていました」


 エゼルバードはそう言うと、給仕をしている侍女へと視線を向けた。


「ロジャーとセブンを呼びなさい。至急です」

「はい!」


 侍女は急いで部屋を出て行った。


 ドアが閉まると、セイフリードは吐き捨てるように言った。


「給仕は礼をしなかった。後宮の侍女は礼儀知らずだ!」

「全てがああではないでしょうが、要望に応えられる者が選ばれているのか疑問です」

「以前僕付きだった者達は全員兄上が解雇した。その程度のレベルだということだ」


 エゼルバードはセイフリードを見つめた。


「セイフリードがこのような性格になってしまったのも、後宮で育てられたからでしょう。私やレイフィールのように王宮で育っていれば、多少はましだったかもしれません」

「話を挿げ替えて僕を蔑むな!」

「同情しているのですよ」

「必要ない」

「では、お小遣いを上げましょう。それとも菓子がいいですか?」


 完全に馬鹿にしたような提案だとセイフリードは怒り、罵るはずだった。


 同じ提案は過去に幾度となくあり、その度にセイフリードは激怒している。


 しかし、今回は違った。


「いくらだ?」


 エゼルバードは意外な返事に眉を上げた。


「いくら欲しいのですか?」

「一億。現金だ。金貨はよくない。紙幣か銀貨がいい」


 エゼルバードは探る様な視線をセイフリードに向けた後で答えた。


「……いいでしょう。但し、一億ミーレです。エルグラード貨幣にすると目減りしてしまうかもしれませんが、お小遣いですから仕方がありません」


 セイフリードはエルグラード通貨で払うのが常識だと考え、通貨の種類を指定しなかった。


 エゼルバードは個人財産として外貨を多く保有していることから、セイフリードが要求した一億に対し、価値の低い外貨での一億にした。


 エルグラード国内で外貨は使えない。エルグラード貨幣に両替すれば手数料がかかる。近年は外貨両替の手数料が値上がりしている傾向にあるため、セイフリードの手元に残るのは要求した額に比べると、桁違いに少なくなってしまう。


 ペテン師め!


 セイフリードは心の中で盛大にエゼルバードを罵ったが、要らないとは言わなかった。


「一週間以内に用意しろ」

「何に使う気なのか聞きたいですね」

「僕のクラブの資金だ。プライベートの詮索はするな。でないとやり返す」


 大学でセイフリードが主催するクラブがあることを、エゼルバードは知っている。


 金銭が必要であれば王子予算あるいは個人資産から出せばいい。しかし、未成年であるがゆえに、本当の意味で自分のための予算や資産を自由に使うことができないということもまたわかっていた。


 エゼルバードは自由を愛し、尊ぶ。


 セイフリードが苛立つ原因の一つ、自由にできない窮屈さを理解することができた。


「……そうですか。では、友人達に馬鹿にされないためにも、十倍にしましょう。但し、条件があります。それとは別に百億ミーレ渡しますので、私の代わりにエルグラード貨幣に両替して欲しいのです。私やその友人達が両替すると、何かと勘繰られて面倒なのでね。どうですか?」


 エゼルバードは多くの外貨を保有しているが、自由に売買するのが難しい状況もある。


 大量の外貨を動かすと、それをエルグラードの政治や外交等に結びつける者達が大勢いるため、為替相場などが大きく動いてしまうことがある。


 セイフリードに与えるという名目で保有する外貨の一部を動かせるのは、エゼルバードにとっても都合が良かった。


「ミーレは暴落している。損失が出てもいいのか?」

「構いません」

「換金した金はどうすればいい? すぐに現金化するのは難しいだろう」


 乗り気であることがわかる発言に、エゼルバードはより強い驚きを感じた。


「可能な限り現金化し、無理な部分は金貨にしなさい。金貨の種類は問いませんが、知名度の高いものがいいですね」

「手数料が増える。いいのか?」

「微々たることなど気にしません」

「わかった。だが、僕からも一つ提案がある」

「何ですか?」


 エゼルバードは珍しいとばかりにセイフリードを見つめた。


「サニーガ金貨を知っているか?」


 エゼルバードは記憶を探った。


「……うろ覚えですが、手が複数ある神の模様が描かれているものでは?」

「そうだ。僕の代わりに上限枚数まで買ってくれるのであれば、購入金額の倍支払う。どうだ?」


 エゼルバードは眉をひそめた。


「そこまでして買う価値があるのですか?」

「知り合いが収集している」

「その知り合いに転売するのですか?」

「欲しがるかどうかはわからないが、その気ではいる」


 セイフリードがこのような話をしてくるのは非常に珍しい。人生初の内容だ。


 エゼルバードは強い興味を覚えた。


「他にも何かありそうですね」

「嘘は言ってない」


 エゼルバードは即決した。


「わかりました。買ってあげましょう。但し、本当の理由を話しなさい。私は金銭的に困窮しているわけではないので、セイフリードが暴利を貪るようなことをしても気にしません。聞かなかったことにします。この条件を飲めないのであれば、他の者を探しなさい」


 セイフリードは給仕の者達を下げた。


 部屋にはセイフリード、エゼルバード、リーナの三人だけになった。


「ここだけの話だ。サニーガ金貨は知名度が低く、流通量が非常に少ない。今は珍しい意匠が一部の収集家に人気を博しているだけだが、いずれは投資目的でも人気が出る」


 セイフリードの説明を聞いたエゼルバードは、いずれ金貨の価値が上がることを予想し、先買いしておくつもりなのだろうと推測した。


「サニーガ金貨には発行枚数を管理するためのシリアルナンバーがある。運が良ければ貴重なナンバーが手に入る。それが欲しい」

「なるほど」


 エゼルバードは理解した。


 セイフリードが欲しいのは、貴重なシリアルナンバーのサニーガ金貨だけだ。


 貴重な金貨はかなりの金額で転売できるか、相応の恩をきせることができる。どんな形にしてもセイフリードに益がでるため、手に入れたいというわけだ。


 だが自分では買えないため、別の者に買わせたい。できれば、シリアルナンバーのからくりを知らない者に。


「つまらない内容ですが、どうしてもというのであれば買ってあげてもいいですよ。グランディール銀行で扱っているものですか?」

「取り扱っている。どうせ、僕への小遣いを手配することになる。ついでに購入しておけばいい。ちなみに通常のオークションに出しても儲からない。知名度が低すぎるため、高値はつかないだろう」

「お願いします位言ったらどうですか?」


 セイフリードは不機嫌そうに眉をひそめたが、要求を飲んだ。但し、エルグラード語ではなく、ミレニアス語で。


 ここまでされると、取り消すこともできない。


「……まあ、いいでしょう。ついでですからね」


 取引が成立する。


 これは驚くべきことだった。


 非常に仲が悪いと言われる第二王子と第四王子が個人的な話をするどころか、内密の取引までした。


 エゼルバードとセイフリードの関係が少しどころか大きく変化しつつあることをあらわす出来事だった。



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