52 復帰後の仕事
「なぜそう思ったのです? 貴族かもしれません」
「休養室で休養し、どうだったのかをお知らせするだけです。なのに、念を押すような言い方をされていました。王族にかかわる情報漏洩をしてしまうと、些細な情報であっても処罰されると聞いたことがあります」
「王家への忠誠心はありますか?」
リーナは正直過ぎた。即答できない。
「本心を答えなさい。ここだけの話、王家などどうでもいいですか?」
「そんなことはありません!」
リーナは否定した。
「後宮で働けるのは国や王家に仕えるのと一緒で、とても名誉なことだと教わりました。なので、凄いことだと思っています」
「凄いだけですか?」
「私は王族に会ったことがありません。どのような方なのかも知りません。きっと凄く偉い方なのだろうとは思いますけど、なぜ忠誠心があるのか聞かれたらどうすればいいのかと思って……」
「平民ですか?」
「はい」
「平民にとって王族は雲の上の存在です。知らないのは当然ですが、今の発言を不敬に問われれば、処刑になってもおかしくありません」
自分の答えは不味かったのだとリーナは悟った。
「国民であれば王家への忠誠心があるのは当然です。国が平和なのは王家のおかげ。心から尊敬していると言えばいいでしょう。不敬なことをすれば、子供であっても処罰されてしまいます。注意しなさい」
「はい。申し訳ございませんでした」
リーナは深々と頭を下げた。
「私は寛大です。王族に関する話は聞かなかったことにしましょう。ですが、調べて貰うことがあるからです。しっかり仕事をするように。いいですね?」
「はい」
ドアがノックされ、男性が顔を出した。
「いかがでしょうか?」
「終わりました。ゆっくり休みなさい」
高貴な者は部屋を出て行こうとした。
「お待ち下さい!」
リーナは慌てて引き止めた。
高貴な者が振り返る。
「何ですか?」
「ペンをお返しします!」
質問票は高貴な者に渡していたが、ペンはまだ返してなかった。
「……見舞いの品として与えます」
高貴な者はそういうと部屋を出て行った。
少しするとドアが再びノックされ、男性が入って来た。
高貴な者に時間だと伝えた男性だった。
「与えられたペンを見せて欲しい」
「はい」
男性がペンを確認する。
リーナは後宮の購買部で買ったペンを使っている。
貰ったペンはどう見てもそれ以上に高価そうな品だった。
「さすがにこれは不味い」
「高価なのでしょうか?」
「その通りだ。悪いがこれは返して貰う。賄賂か盗難品として疑われる可能性がある。問題の発生を回避するためだ。わかるな?」
「はい。私には勿体ないお品です」
男性はペンをポケットにしまった。
「これは私の方からお返ししておく。だが、一度は与えるといったものを取り上げるのは良くない。何か別のものを用意する。別のペンでいいか?」
「何もいりません」
男性は眉を上げた。
内心、かなり驚いていた。
「何も?」
「問題にならないためにも、何も貰わないほうが賢明です。それに、わざわざ足をお運びくださり、ゆっくり休むようにお声をかけていただきました」
最初は一日だった休養が三日になった。
おかげで豪華な食事を取ることができたことをリーナは話した。
「心から感謝しています。もう十分です」
「この件については内密にする。誰にも話すな」
「はい」
男性は部屋を出て行った。
リーナはその後ろ姿を見送りながらふと思いつく。
ペンの補充インクが欲しかったかも……。
今更だった。
翌日。
リーナは高貴な者の言う通り、もう大丈夫だといって二階の休養室を出た。
その後は一階の医務室に行き、体調不良かもしれないと伝えた。
元々三日間の休養という診断だったため、リーナは一階の医務室でもう一日だけ休養できることになった。
三日間の休養が終わった。
リーナは仕事に復帰した。
白の控えの間のトイレ掃除の際、掃除道具入れの中に一通の手紙が入っているのを発見した。
リーナはそれをポケットにしまうと、いつも通りに掃除して備品の確認を済ませた。
「リーナ、体調は問題ありませんか?」
リーナが清掃部に行くと、セーラが尋ねて来た。
「はい。この度は大変申し訳ございません。多大なご迷惑をおかけいたしましたこと、深く反省するとともにお詫び申し上げます」
リーナは深々と頭を下げた。
「本当にその通りです。非常に大変でした」
リーナはうなだれた。
「高貴な方が特別な部屋で倒れている貴方を発見したせいで、清掃部も詳しく調べられてしまいました」
まずは倒れている者が誰なのか、なぜ倒れていたのかが調べられた。
召使いであることから、掃除に来た者ではないかと警備が判断し、掃除部に問い合わせした。
掃除部部長マーサがリーナを確認し、清掃部に派遣している者だとわかる。
次に清掃部の方で掃除の担当者かどうかの確認があった。
掃除に来て倒れたのであればわかりやすい。
だが、高貴な者を狙った不審者に襲われた可能性、リーナが高貴な者に近づこうとした可能性もある。詳しく調査された。
結局、意識を取り戻したリーナによって過労で倒れたことがわかると、勤務状態についての調査が行われた。
「貴方の残業は三十分程度でした。ここ数日は臨時の仕事が続いたせいで負担がかかったという説明に納得していただけました。ですが、仕事内容について改善するよう指示されました」
リーナは掃除部に所属しているため、仕事は掃除だ。
しかし、巡回の仕事もしていた。
侍女や侍女見習いがする仕事になるため、召使いであるリーナに任せるべきではないと言われてしまった。
また、リーナに何かあると、掃除と巡回を一人でこなせる者がいない。
掃除と巡回で最低でも一人ずつ手配しなければならない。
リーナが倒れたことで、様々に問題点があったことが判明した。
「そのことを踏まえ、今日から仕事が変わります。まず、巡回の仕事はしません。これからは掃除だけをして貰います。これまでと同じ場所に別の場所を追加します」
別の場所……。
リーナは緊張した。
「新しい場所は」
リーナはなんとなく予感がした。
あの場所ではないかと。
「二階の応接間に付属しているトイレの掃除です」
リーナの予感は当たった。
やっぱりトイレ掃除だった。





