518 御用達
「やけに知りたがるね。商業に興味があるのかな?」
今度はパスカルが質問した。
「後宮で働いていた時、購買部では沢山の品が売っていました。きっと、御用達の商人が売っていて、儲かっていそうだと思ったのです」
「購買部は……少し違うかな。あれは通常の取引ではないからね」
「え?」
リーナは当然のごとく質問した。
「何か特別な取引なのでしょうか?」
「まずは御用達の話だ。御用達との取引には大きく分けると二種類存在する。それは献上と納品だ。献上は無料で品を渡す。贈り物をするということだ」
「無料で? それだと儲からないのではありませんか?」
「間接的な益がある。御用達になれば信用され、商売上役立つ」
無料で贈り物をするのは損に思えるが、御用達になるためや御用達のままでいるためには必要だ。
「ここまではわかるかな?」
「わかります」
リーナは頷いた。
「もう一つの種類、納品は通常取引といっていい。欲しい品を購入する取引だから有料だ。但し、莫大な益があるとは限らない。中には赤字の取引もある。王家や王宮と取引をしている商人として別格扱いされたいため、赤字の取引でも了承する。これもいいかな?」
「いいですけど、そうなると御用達の商人は儲かっていないように聞こえます」
リーナの感想にパスカルは笑った。
「御用達の商人は儲けているだろうけれど、全員が同じ条件や内容の取引をしているわけじゃない。だから、商人によっては単純に儲かるというわけではないだけだよ」
王宮との納品取引で儲けている商人は多い。
だが、王宮御用達という肩書を使った別の取引の方がはるかに莫大な益を得られる。
「つまり、王宮ではなく別の相手から儲けているわけだ」
「そうですか」
パスカルの説明を聞いていると、御用達の商人は不利な条件での取引や無料の贈り物をしなければならないため、損をしている印象が強い。
赤字の取引をしている者もいないわけではないため、儲かっていないような気がしてしまう。
しかし、これは大勢いる商人の中の一部でしかない。実際は王家や王宮との取引、場合によってはそれ以外の取引で非常に儲かっている。
だからこそ、御用達商人として商売をする意味があるのだろうとリーナは考えた。
「次に、購買部の話だ。購買部で売られている物は後宮が商人から買っている。これは御用達の納品とは違う」
「違うのですか?」
リーナは眉をひそめた。
「購入する理由が違うからね。納品は相手が商品を使う、消費するために買うわけだ。でも、購買部が買うのは購買部で消費する品じゃない。後宮で使用されるものでもない。購買部の利用者に売るための品だ。つまり、転売目的、卸売りだね」
「卸売りというのは……何でしょうか?」
「できるだけわかりやすく説明すると、別の商人や店に売ることかな。普通は商品を消費する客に売る。それが一番簡単で単純な取引になるけれど、大量に売りにくい、遠方に運んで売るのに向いていないとか、都合が悪い部分も多くある。それを解決するために、別の商人に売る。それが卸売だよ。問屋とも言うかな」
リーナは眉をひそめたまま尋ねた。
「別の商人に売ると、それで解決してしまうのですか?」
「解決する。まず、最初に品を作って売った商人は沢山の在庫を抱えなくて済むし、売った分のお金を貰える。次に、その商人から大量に品を買った商人は、大量に買うという条件で本来よりも安い値段で買うことができる」
「安く?」
「毎回大量に買うため、通常よりも安い金額で取引をするという条件をつける。それが卸売りの基本だ。そして、商品が安くなった分を遠くに運ぶための送料や人件費などの経費に充て、他の客に転売することで儲けることができる。すると、遠方の地域でも、その商品を買うことができるし、非常に高い値段になることもない。だから、どちらの商人も商品を売って儲けることができるわけだ。但し、どの程度儲かるのかは値段次第になるかな。品を作ったり仕入れたりする金額よりも高く売れば売るほど儲かるけれど、あまりにも差があり過ぎると売れないかもしれないし、もっと安く売っている商人に客を取られてしまうかもしれない」
リーナは少し考えた後に答えた。
「商売をするのは難しそうです」
「とても難しいよ」
「レーベルオード伯爵家も商売をしているのですよね? お父様が領地の特産品のことで側近と話をしていました」
「しているね。ただ、特産品のこととなると、レーベルオード伯爵家の商売とは少し違うかもしれない。どんな内容だったのかな?」
リーナは執務室で話されていた会話を懸命に思い出した。
「……細かくは覚えていませんが、農作物の品質検査について、再確認するようなことだったと思います」
「なるほど」
パスカルは頷いた。
「レーベルオード伯爵領では多くの農作物が生産されている。でも、農作物というのは全く同じものが毎年できるわけじゃない。豊作の時もあれば凶作の時もあるし、品質の差が出てしまうこともある」
一般的にはレーベルオード伯爵領のものは高品質という認識が定着している。
そこでレーベルオード伯爵領では領内から出荷される農作物等には品質検査を義務付け、厳しい品質管理を行っていた。
「品質検査に合格すると、レーベルオード伯爵領産の特産品として高く売ることができる」
「不合格になると売れないのですか?」
「レーベルオード伯爵領の特産品としては売れない。通常品になって値段も安くなる。でも、通常品を特産品だと偽る者もいてね。厳しく取り締まっている」
「では、検査に落ちた品が偽って流通しないようにするための指示ということでしょうか?」
「たぶんそうかな。ただ、それはレーベルオード伯爵領の領地経営に関わるもので、レーベルオード伯爵家自体の商売とは違うかな」
その後、レーベルオード伯爵家が営んでいるコンサルティング業についての話になった。
コンサルティング業というのは、相手の抱える様々な問題を解決すべく助言や指導をするような業務のことを指す。
レーベルオード伯爵家は古来より周辺地域において最高の軍事権を持つ貴族という立場から、近隣の領主等をまとめ、よりよい方向へ導く役目を果たして来た。
それが時代と共に変化し、自身の領地やその周辺地域に留まらずエルグラード全域、国外まで影響を及ぼすコンサルティング事業へと変化していった。
「でも、これはあまり表沙汰にしたくないことでもある。なぜなら、それを多くの者達に細かく知られてしまうと、レーベルオード伯爵家が裏で何かしていると思われてしまうからね。だから、基本的には領地や周辺地域に関するコンサルティング業をしているということになっている」
「お兄様、質問があるのですがいいでしょうか?」
「何かな?」
微笑む兄に、妹は真剣な表情で言葉を発した。
「おかしくありませんか?」
「何がおかしいのかな?」
「平民はわかりませんけれど、貴族は困ったことが起きたら国王陛下に相談するのではないのですか? なぜ、レーベルオード伯爵家やコンサルティング業の者に相談するのですか?」
リーナの質問は単純でありつつも、正当な疑問だとパスカルは思った。
確かに、貴族は何かあれば国王に相談すべきだ。
しかし、実際はなかなか相談することができない。
「必ずというわけではないよ。問題によって相談する相手を変えるだけだ。例えばだけど、お金のことを相談するなら利子を取らずに貸してくれるような親族や友人、あるいは安い金利の銀行だろうね。でも、相当な額だと誰も貸してくれない。そういう時は、国王陛下や国に相談するしかないかな」
「レーベルオード伯爵家もお金を貸したりするのですか?」
「昔はしていたね。でも、今は銀行業務をする者達に仲介するような形を取る。だから、レーベルオード伯爵家自体がお金を貸すということはない」
「でも、ヴァーンズワース伯爵家に貸したのですよね?」
パスカルは苦笑した。
「それは特別なケースだね。婚姻の約束を理由にお金を貸してくれる銀行はいない。だから、レーベルオード伯爵家は銀行の代わりにお金を貸したわけじゃない。個人的に、親族として援助をしただけだよ」
「……なるほど」
「色々勉強になったかな?」
「はい。今日は外出できるだけでも凄く特別な気がしていましたが、実際は予想以上でした。沢山楽しいことや嬉しいことがありましたし、勉強もできて良かったです!」
「まだ今日は終わっていない。帰ったら、父上と三人で過ごす時間がある。楽しい時間を過ごせるよ」
「そうですね」
リーナは微笑んだ。
楽しいことや嬉しいことがあったという感想を聞いたパスカルは安堵しながら笑みを返した。





