514 特別なサンドイッチ
値段が高い割に量が少ないとリーナは感じたものの、サンドイッチを味わった瞬間、思わず目を見開いた。
黙ったまま一切れ目を食べ終わると、リーナは興奮気味に感想を述べた。
「お父様、このサンドイッチはとても美味しいです! びっくりしました! ソースがとても素晴らしいですね!」
リーナが食べたのはローストビーフのサンドイッチだった。
ローストビーフに塗りつけられているのはほどよくホースラディッシュの辛さが楽しめる赤ワインのソース。しかも、強いとろみがあることから肉にしっかりと絡んで味がついているだけでなく、下にたれにくくもなっていた。
「ウォータール地区には手の込んだ料理を出すレストランはあるものの、同じほど美味で高級な食材を使ったサンドイッチを出す店はここしかない。特別なサンドイッチを味わえるカフェだと言われている」
「確かにサンドイッチは軽食というイメージなので、わざわざ手の込んだ高級な食材のサンドイッチを作るという発想がない気もします」
「軽食は手早く簡単に取れるという部分が重要だ。時には移動する際の食事としての利用もあるため、水分が多すぎるものは向かないと思われている。だが、ここのサンドイッチはすぐに食べることを前提として提供される。時間が経過することに対応する必要がない。新鮮な生野菜や高級食材などを使うだけでなく、特別なソースを合わせることで、サンドイッチではあるものの、完成度の高い食事という捉え方をすることができるのだ」
「ここは特別なサンドイッチを食べることができる貴重なお店なのですね」
「昔は普通のサンドイッチが提供されていたが、パスカルが成人した際に変わった」
「お兄様が成人した際ですか?」
リーナの頭の中にはてなマークが浮かんだ。
「パスカルが成人した際にはウォータール・ハウスだけでなく、ウォータール地区の各所で様々な祝辞や特別な趣向があった。その際、ウォータール・パークも会場の一つになり、美術館のカフェも飲食物と座席を提供することになった。だが、レーベルオードの催しにふさわしい内装やメニュー、味ではなかったため、私の方で内装を変更し、特別なメニューを作らせた。カフェはかなりの人気になり、催しの期間だけでなく、その後も同じものをメニューに残して欲しいという要望が殺到した。それに応える形で、特別なメニューのままカフェが営業を続けている」
「では、このメニューはお兄様が成人したことを祝う特別な催しのためのサンドイッチだったのですね?」
レーベルオード伯爵は頷いた。
「ここで美味なサンドイッチが食べ続けることができるのは、パスカルのおかげだ」
「そうですね。私もお兄様のおかげで美味しいサンドイッチを食べることができました。お兄様はここを訪れる多くの者に美味しいサンドイッチだけでなく、幸せな気分も味わえるように貢献されているのですね。凄いです!」
リーナの言葉はまさにレーベルオード伯爵の考えと同じだった。
本来であれば、特別な催しに饗されたサンドイッチが、催しの後も饗されるというのはあまりいいこととは思われない。なぜなら、せっかくの特別さが失われてしまうと感じるからだ。
しかし、レーベルオード伯爵は催しの後も特別なサンドイッチをメニューに加える許可を出した。
それは催しに来ることができなかった者達にも、特別な祝いがあったことの記念として、特別なサンドイッチを食べる機会を与えることと共に、パスカルが多くの者達に大きな影響を与える、幸せを与えるために貢献し続けているということをわかりやすく広めるためだった。
時代は変わっても、レーベルオードのスズランの花は幸せを運び続ける。
戦争の勝利という幸せだけでなく、多くの者達が笑顔になるように関わっていくこともまた幸せの訪れ、レーベルオードのスズランの花の役目だった。
「ウォータール地区は高級住宅地や高級商業区として有名だが、それだけではない。王都中に注目され、大きな影響を与える場所でもある。レーベルオードは地主、また住民の代表として、ウォータールを良き方向、人々が笑顔になるように導かなくてはならない。それは王都の者達が良き方向へと向かい、人々を笑顔にしていくことにつながっていくはずだ。お前もレーベルオードの者であれば、そのことを知っていて欲しい。何も特別なことをしろといっているわけではない。お前は自分の幸せを大事にすればいいだけだ。それは私やパスカルを幸せにし、レーベルオードを幸せにする。それがまたウォータールに住む者達や領地に住む者達にも伝わり、広がっていくだろう。お前が幸せになるということは、とても大切なことなのだ。お前が我慢して不幸になるようなことがあってはならない。それは私やパスカル、レーベルオード、多くの者達の不幸にもなる。自分だけが我慢すればいい、それで全て収まるとは考えるな。困ったこと、問題が起きた時は必ず私やパスカル、頼りになる者達に相談するのだ。わかったな?」
リーナは父親が昼食の場所として美術館のカフェを選び、軽食を取ることにした理由がわかったような気がした。
ウォータール・パークはレーベルオードと関係が深い。その敷地内にある美術館もまた同じく。そして、カフェで提供されている美味なサンドイッチは兄の成人の祝いにちなんだものだった。
父親は様々な部分でレーベルオード伯爵家のこと、家族のことを教えようとしている。そして、リーナが幸せになるかどうかはリーナだけの問題ではなく、家族やレーベルオード伯爵家、多くの者達に影響を与えるため、自分だけで考え、軽んじてしまってはいけないことなのだとリーナは感じた。
「わかりました。ところで、お兄様はここのサンドイッチを食べたことがあるのですか?」
「ある。一緒に食べた」
「お父様と二人だけの食事もいいですが、お兄様も一緒なら良かったかもしれません。お兄様のお祝いに関連しているメニューであれば尚更です」
「パスカルと二人で過ごす時間はこれからも多くある。だが、親子で過ごす時間も同じように取れるかといえば難しい。なぜなら、周囲の者達は私達を親子ではなく、養父と養女だと思うからだ。実の親子ではないため、配慮されにくい」
レーベルオード伯爵はリーナをまっすぐに見つめた。
「だが、私はお前のことを実の娘だと思っている。血のつながりのない者であっても、家族として愛している。お前から見れば私は血のつながらない養父でしかないかもしれないが、パスカルとは末永く仲の良い兄妹でいて欲しい」
リーナはいきなりそのような話をされるとは思っていなかっただけに驚いた。そして、じわじわと胸の中に湧きあがる感情を抑えきれなくなった。
「私もお父様のことを娘として愛しています。血のつながりだけが全てではありません。例え離れて暮らすことになっても、お父様はずっと私の大切なお父様です」
レーベルオード伯爵はリーナを見つめながら思った。
嬉しい。だが、悲しい。もっと、共に過ごしたくても時間がない。もっと早く見つけていれば……。
心の中の強い感情を抑えながら、レーベルオード伯爵は父親としての言葉を発した。
「……悪かった。もっと楽しい会話をすべきだった」
「大丈夫です。私はとても楽しいですし、幸せです。お父様と一緒だから。それにサンドイッチも美味しいです」
「……気になる具材があれば食べるといい。金のセットはキャビア、フォアグラ、ロブスター、ターキー、ローストビーフの五種類のサンドイッチが盛り合わせになっている」
リーナはなぜ金のセットが高額なのか、その理由を理解した。





