511 細やかな配慮
「では、次に身分の高い皿はどれだと思われますか?」
リーナは今度こそレーベルオードという家名が書かれた皿だと思ったものの、ふと違うのではないかという考えが浮かんだ。
スズランの皿についての説明では、文字が読めない者でもすぐにわかるということだった。
家名の皿はすぐにレーベルオードのものだとわかる。しかし、それは文字が読めることが前提だ。文字が読めない者には、何が書いてあるのかわからないため、レーベルオードの皿であることはすぐにわからないということになる。
リーナはマーカスの様子をうかがうように、恐る恐る答えた。
「……金のイニシャルのお皿ですか?」
リーナは残った三枚の皿を見て、文字が読めなくても身分の違いがわかるのではないかと考えた。
その場合、皿に書かれているのは文字というよりは、絵になる。絵を見る際に強い印象を受けるのは色だ。何を描いているのかわからないような絵であっても、色はわかる。
家名の皿は黒。イニシャルの皿は金と銀。その中で一番身分の高そうな色なのは金だと感じたため、リーナは金のイニシャルの皿にした。
「正解です」
マーカスがそう言うと、マリウスが拍手をした。
「さすがリーナ様です。よく考えてから答えられました」
リーナは嬉しくなった。しかし、自分の答えがあっていたからといっても、判断の仕方が正しいとは限らない。
リーナは自分の考え方が正しかったのかどうか確かめたいと思った。
「実は色で選んだのです。先ほど字の読めない者でもわかるという説明がありました。三枚の皿はどれも文字ですが、文字が読めない者にとっては模様でしかありません。そこで、高貴そうな色が使われているかどうかで判断すれば、すぐにわかりやすいのではないかと思いました。ただ、これが正しい考え方かどうかわかりません。なので、どうしてこの皿が次に身分の高いものなのかを教えて下さい」
「勿論です。ですが、理由もまた正解です」
マーカスは微笑を浮かべた。
「リーナ様が考えられたように、色で判別するというのは非常にわかりやすく、文字が読めない者でも可能です。ですので、高貴な者をあらわす金色のあしらわれている皿が、身分の高い皿ということになります。そして、四番目に身分が高い皿が銀、一番身分の低い皿がレーベルオードと書かれてはいるものの、黒文字の皿ということになります」
リーナは色で判断するという方法が正解だったことが嬉しかった。正しい答えを言えたことよりも、正しい考え方ができたことの方が嬉しかった。
「この五枚の皿は様々なことを教えてくれます。それは、白い皿にさえ身分、格上か格下かの違いがあるということ、模様や色には深い意味が込められているということです。これらの皿はリーナ様をお披露目する際の晩餐会でも使用されました。レーベルオード伯爵家にとって大切な催しでしたので、それに相応しい皿が使用されたわけです。では、問題です。この夕食会でリーナ様が使用されている皿はどれでしょうか?」
「え……」
リーナはもう一度皿を見た。
白い皿ではあるものの、どれもレーベルオードをあらわす模様の入った特別な皿だ。そして、皿には身分がある。格上の皿と格下の皿がある。
リーナが養女になったことを披露する催しでもこれらの皿が使用された。そして、今も使用されている。
この夕食会はマーカスの主催している。マーカスはレーベルオードの一族ではあるものの、伯爵家の者ではない。
リーナは紋章の皿と紋章に準じるスズランの皿ではないような気がした。
そうなると、残るは三種類。
「……家名の皿でしょうか?」
リーナは残った皿の中で一番格下の皿を選んだ。なぜなら、この夕食会は急きょ開かれた。特別な準備をしていなかったはずであるため、皿も特別なものではないかもしれない、普段使用するような皿ではないかと考えた。
「では、リーナ様ご自身で確かめて下さい。パン皿はまだ二枚あります。どちらも同じ皿ですので、下になっている皿を取って裏返して見て下さい」
リーナはマーカスに言われた通り、二枚重なっているパン皿の下になる方を取り、裏返した。そこにはスズランが描かれていた。
「ウォータール・ハウスにおいて、レーベルオード伯爵家の方が普段の食事で使用するのは家名の皿です。この皿はレーベルオード伯爵家の方が使用する白い皿としては最も格下の皿になるのですが、それ以外の者達にとっては違います。レーベルオードの一族の者にとっては、一族であることを認められた証である皿ですので、格上の白い皿になるのです。では、なぜリーナ様の皿が家名の皿ではなくより格上であるスズランの皿なのかといえば、閣下の指示によるものです。閣下はリーナ様が普段使用する白い食器はスズランにするようにという指示を出されていました」
「お父様が?」
「そうです。リーナ様はこのことをご存知ないこともわかっていました。わざわざ皿を裏返すようなことはありませんし、ただの白い皿としか思わないはずです。ですが、普段利用する白い皿についても特別なものを用意し、レーベルオード伯爵家の一員、特別な者だということを召使達にも示すための配慮がされているのです。それほどまでにリーナ様は大切にされているということです」
リーナはまたもや驚くしかない。まさか、自分が普段の食事で利用する皿に関してまで考えられ、配慮されているとは考えたことさえなかった。
「リーナ様がこの屋敷で一日を過ごされるのは明日まで。明後日は入宮されます。その後、この屋敷に戻るには、王太子殿下の許可がない限り難しいはずです。現在入宮している側妃候補達も許可がない限り自由に外出できないため、何年も実家に戻ることができない者達ばかりだと聞いています。どうか、残り少ない時間を大切に過ごされて下さい」
リーナは後宮で働いていた。だからこそ、後宮に住むことになる者達が自由に外出できないことだけでなく、決められた区域以外の立ち入りはできないこともよく知っていた。
私はまたあの後宮に戻って暮らすのね……。
孤児院で育ったリーナにとって、後宮はまさに夢の中に出てくるような立派な宮殿だった。
いかにも王族が使用するような立派な部屋が多くあるだけでなく、便利な施設もあり、トイレでさえ普通ではない。非常に豪華で立派な部屋に見えるが、実はトイレというような感じだ。
側妃候補の部屋に関しても知っている。王族が使用する部屋ほどではないが、十分立派な部屋だ。
毎日の生活は保証され、不足な物があれば購買部で購入することもできる。
下働きであっても空腹でひもじい思いをすることもなく、季節に合わせた制服もある。普通以上の生活ができるある種贅沢な環境だった。
そして、後宮に戻るといっても、リーナはもう召使でも侍女でもない。側妃候補だ。
王太子に寵愛される女性、いずれは妻になるための勉強をするための入宮になる。
だというのに、リーナは自分が入宮することを喜べていないと思った。
まったく嬉しくないわけではない。だが、寂しい気持ち、悲しい気持ち、惜しむ気持ちが勝っていた。
その理由もリーナにはわかっていた。
レーベルオード伯爵家の養女になり、ウォータール・ハウスで暮らす日々が平穏で幸せなものだったからだ。
セイフリード殿下にけじめをつけるように言われたのに……。
リーナは嘘がつけない。複雑な気持ちが表情を曇らせた。
そのことを察知したマリウスが別の話題をすぐに取り上げ、マーカスもその話題に乗り、ミネットもさほど気乗りはしないものの、自らの務めとばかりに話題に参加した。
しかし、リーナは黙ったまま、三人が話すのを静かに見守っているだけだった。





