509 六人の夕食
夕食は六人。レーベルオード伯爵家の三人に加え、傍系のレーベルオード親子三人が揃って取ることになった。
マーカスはレーベルオードを離れたにも関わらずぬけぬけと戻って来た息子、修道院に引き籠っている娘は同席を許されるような立場にないとして反対した。
しかし、レーベルオード伯爵はリーナのお披露目となる仮面舞踏会が成功したのはマーカスの功労が大きいと評価し、その家族も父親を称え、労うべきだと考えたため、同席することを許した。
マーカスは全く納得がいかなかったが、リーナが後宮に入ってしまう前に、一族の女性であるミネットと共に時間を過ごす機会を与えたいとパスカルがなだめたため、しぶしぶ了承したのだった。
夕食は出来る限り三人で取ることを心掛けていたことから、リーナ、パスカル、レーベルオード伯爵は家族としてすっかり打ち解けあった雰囲気で、今日一日あったことを話し合った。
リーナは後宮入りが近いことから、召使との面談は今日で終わりになること、召使達が手間を取らせた対価として望んだものが白いハンカチばかりだったという報告をした。
「お父様であればどの品を選びますか?」
「ハンカチにする」
レーベルオード伯爵は即答したため、リーナは更に質問した。
「どうしてでしょうか?」
「いつでも持ち歩くことができる」
リーナは確かにハンカチであればポケットなどに入れることも容易であり、ずっと持ち歩くことができると思った。
「お兄様であればどうされますか?」
「リーナから貰うのであれば、ハンカチがいいな」
パスカルもハンカチを選んだ。
「どうしてでしょうか?」
「ずっと持ち歩ける」
理由も父親と同じだった。
リーナは更に尋ねた。
「他の品も持ち歩こうと思えばできる気がするのですが、それでもハンカチなのでしょうか?」
「僕はリーナに貰ったものを大切にしたいし、お守り代わりに持っていたいと思った。そうなると、丈夫でなくなりにくいものがいい。メモ帳やハンドクリーム、お金はなくなりやすい。だから、ハンカチかペンになる。でも、ペンは注意が必要だ。王宮では特別な許可がないと持ち歩けないことがある」
「えっ!」
リーナは驚いた。
「私は仕事中にペンを持ち歩いていましたし、巡回のお仕事の時にはペンが必要でした。本当は駄目なのでしょうか? それとも、仕事であればいいということでしょうか?」
「仕事の場合は大丈夫。でも、ペンは尖っているため、刃物のような扱いになる。だから、王族と会う時や特別な部屋に入る時は、携帯許可が必要だ。僕は王族の側近だから許可があるけれど、父上にはない。王宮内で帯剣できる許可は持っているけれど、謁見時の帯剣は常時認められていないため、注意しないといけない。一時的に騎士や侍従などに預けるわけだけど、ハンカチなら渡さなくてもいい。だから、父上はペンではなくハンカチにしたのかもしれない」
「王族の側近であることを自慢するな」
父親がそう言うと、息子は言い返した。
「自慢ではありません。事実を述べたまでです」
「それから間違っている。私は王族と会う時も帯剣が可能になった」
「そうなのですか?」
「リーナの件で私の身辺が騒がしくなることはわかりきっている。そのため、常時身の安全を保障するための処置が取られている。その一つに帯剣に関しても常時の許可が出た」
「護衛がつくだけではなかったのですか?」
「聞いていないのか?」
「聞いていません」
「やはりお前は王太子府から移動になるのではないか?」
パスカルは眉をひそめた。
「正式な辞令はありません」
「内々にもそういった様子はないのか? お前は後宮担当でもある。リーナが入宮するには丁度いいが、候補の兄が担当では不公平になるというような反発の声が上がるかもしれない」
「僕は第四王子殿下の側近でもあるので、どのみち後宮には出入します。ヘンデルがどこまで担当するつもりかわかりませんが、僕も当分の間は後宮担当のまま据え置かれると思います。他の側妃候補と差がつくのは当然という前提での入宮ですし、第四王子殿下に関する仕事のついでに何かと用事を頼まれると思うのです。ただ、第四王子殿下が後宮を完全に引き払うとなると、少し事情が変わるかもしれません」
「第四王子殿下の移動の日程はまだ決まっていないのか?」
「すぐではありません。王宮の私室を整えている最中なので、それが終わらないことには移動できません」
レーベルオード伯爵は眉を上げた。
「私室はすでにあるだろう?」
「これまでとは別の部屋になるので、新しく整えているのです。詳しくは聞かないで下さい。これ以上知りたいのであれば、僕からではなく王宮省から情報を入手して下さい」
パスカルは王族の側近だ。守秘義務がある。いかに父親とはいえ、王族に関わる情報を何でも教えるわけにはいかない。
完全に二人きりの状況だったとしても、どこかに潜んでいるような者、偶然聞いてしまうような者がいないとも限らないため、常時警戒すべきことになる。
但し、レーベルオード伯爵は息子の言葉から、そう言ったこと以外にも何か別の事情があることを悟った。
パスカルは王宮省から情報を入手するように言った。
つまり、この件に関しては王太子府や王子府だけでなく、王宮省の者でも知っているということだ。
「へニングから聞くか」
「彼を多用するのは注意されたほうがいいのではありませんか?」
「問題ない。いくらでも借りを返して貰える」
「いくらでもですか?」
パスカルは不審そうに尋ねた。
内務省で一、二位を争う権力を持つ相手に父親が強い立場を誇示しているのは、裏に何かがあるということになる。しかし、パスカルはその何かを知らない。
「お前は関係ない。レーベルオードではなく、内務省のことだ」
「それなら関係なさそうです」
パスカルはさっさと話を切り上げた。
父親もまた官僚だけに守秘義務があり、内務省に関する情報を全て息子に流してくれるわけではない。
レーベルオード伯爵家に関わることであればともかく、内務省内の争いや問題に巻き込まれるようなことはむしろ避けたかった。
元々父親の交友関係やレーベルオード伯爵家が持つコネの範囲は底深く計り知れない。詮索しても無駄なことだった。
パスカルはミレニアスに行った際、レーベルオードのコネの強さを十分に実感している。
ミレニアスの外務大臣については親エルグラード派であることから、裏に何かあるとは思っていたものの、王宮騎士団長や国軍総司令官などの軍事的な権限を持つ者達へのコネがあるというのは、さすがのパスカルも驚くしかなかった。
また、他の者達が同席する食事の席にはふさわしくない話題でもある。
「リーナにはつまらない話だったね。許して欲しい」
「お食事に専念する時間ができて良かったです」
兄と父親が二人で話し込んでいる時は邪魔をしない、大人しく静かにするだけでなく、その間に食事を取るという対応をリーナは心得ていた。
兄と父親はリーナに何かと話題を振ってくるため、その相手をしていると食事がなかなか進まない。そういったことから、適度に二人だけで話をするのは、リーナにとってむしろ都合のいいことだった。
「ところで、お父様とお兄様は木曜と金曜の夜は一緒に夕食を取れる予定でしょうか? それとも、すでに別の予定などで無理なのでしょうか?」
「今週は必ず帰る」
「僕も。残業は一切しない」
リーナは土曜日に入宮してしまう。そうなると、全く会えないわけではないものの、家族として過ごせる時間はほとんどないも同然になる。
そのため、パスカルもレーベルオード伯爵も多忙ではあるものの、残り少ない日々の中で家族の時間を可能な限り取りたいと思っていた。
「食事の後、一緒に過ごそうか」
「今夜は無理です。色々したいことがあるので」
パスカルは驚くような表情になった。まさか、自分の誘いが断られることになるとは微塵も思っていなかった証拠だった。
「色々というのはどんなこと?」
リーナは困った。あまり詮索されたくないものの、パスカルを傷つけるような言葉になっても困る。
リーナはミネットを見つめた。
「実は……ミネットと少し話がしたいのです。歳が近い女性同士で……」
「ミネットと?」
パスカルは明らかに疑うような眼差しをリーナに向けたが、リーナは堪えなくてはいけないと感じ、ミネットに声をかけた。
「ミネット、少しだけ私とお話をしませんか?」
「パスカル様と過ごされて下さい。私は王都に来たばかりですので、今夜はゆっくり休みたいのです」
ミネットはパスカルに気を遣い、そう返事をした。その途端、明らかにリーナは落胆した。
その様子を見たレーベルオード伯爵は口を挟んだ。
「ミネットはリーナと話をする時間を取るように。パスカルは私に付き合え。話したいことがある。これは当主命令だ」
「わかりました」
「かしこまりました」
パスカルとミネットは迷うことなく返事をした。
その言葉を聞いて、リーナは安堵した表情になった。
リーナはミネットとどんな話をする気なのか。それとも、別に何かあるのか。どちらにせよ、僕と一緒に過ごしてくれないなんて……寂し過ぎる!
パスカルは頭の中で考えていたが、実はレーベルオード伯爵も同じことを考えていた。
ミネットと話をしたいというのは建前だ。何かしたいことがあるため、そういったのだろう。何をする気なのか気になるが、仕方がない。リーナの自由な時間は残り少ない。好きに使えばいい。父親としては寂しいが……。
兄と父親は心の中でため息をついた。





