508 ミネットの不安
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遅くなってしまいましたが、感想欄へのお返事を書きましたので、お知らせ致します。
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「それから色もおかしい気がします。白いハンカチに白いスズランの花を白い糸で刺繍したのでは目立ちません。金や銀などの光るような色や、緑系にして葉を連想させるような色などにした方が良かったように思います。あるいはハンカチの色を変え、白い花が目立つようにする手もあります」
そうかもしれないとリーナは思った。
だが、リーナとしてはレースをイメージし、あえて白いハンカチに白い糸にした。その方がレーベルオードの白になると思った。
「イニシャルを入れたのはいいと思いますが、これも白色ですので目立ちません。また、閣下もパスカル様も同じイニシャルです。ですので、違いをつけたほうがいいように思いますが、何か違いをつけられているのでしょうか?」
「それは大丈夫です!」
リーナは顔を上げた。
「お父様は当主なので、イニシャルは名前と家名の二文字にしました。お兄様は名前の一文字だけです」
「そうですか。確かに二文字と一文字であればはっきりと違うかもしれません。ですが、デザインが同じということであれば、パスカル様の場合は余計に寂しい柄になってしまうのではないでしょうか?」
「寂しい?」
リーナは驚いた。
「刺繍が少ないのではなく、寂しいのですか?」
ミネットは眉をひそめた。
寂しいというのは刺繍が少ないという意味だ。まさか、ハンカチや刺繍が寂しい気持ちを感じるわけがない。当たり前のことだった。
「刺繍が少ないため、あまりにもスッキリし過ぎているという意味の寂しいです」
「刺繍自体は大きいと思うのですが、駄目ですか?」
確かに刺繍の大きさはある。ハンカチの中央に大きなスズランの花。その中にイニシャルがある。
ただ、どちらも花やイニシャルの縁取りを白い糸でしただけだった。大きいために花やイニシャルの文字の中の部分を刺繍糸で埋めないのはわかるが、単に縁取りをしただけというのはあまりにも簡素な刺繍だ。
しかも、全て白い糸。これではあまりにも目立たな過ぎて、地味としかいいようがない。
ミネットには未完成の品か、子供の品、あるいは練習用の品のようにも思えてしまった。
「基本的に刺繍というのは、施すことで飾り付けるものだと思います。これはリーナ様がご自身で刺繍したこと、贈る相手のイニシャルや家を象徴する花があるという部分のはどれも良いことなのですが、完成した品を見ると、かなり地味で独特の雰囲気があるので……私であれば、贈り物にはしません」
ミネットは絶対に、という言葉を心の中で付け加えた。
はっきりいえば、名門貴族の当主と跡継ぎが持つには貧相過ぎるハンカチであるため、贈らない方がいいと思った。
さすがにこのような品では相手もがっかりしてしまい、リーナから贈られた品として周囲に自慢することもできず、ポケットに入れて持ち歩くこともできない。どこかにしまわれたままになるだろうと推測した。
「そうですか……」
リーナはミネットが厳しい意見を言ってもいい、むしろその方が納得すると思えたが、実際に言われると悲しくなり、贈るべきかどうかについて余計に悩んでしまうような気がした。
困った時はお兄様かお父様に相談すべきだけど、これはできないし。
リーナはがっくりと肩を落とし、大きなため息をついた。
「やっぱり、マリウスに相談するしかないかも……ですね」
リーナの言葉に、ミネットは驚いた。
「兄にまだこのことを告げてはいないということでしょうか?」
「そうです。ハンカチと刺繍糸を用意して貰ったので、察しているかもしれませんが、刺繍をしているところを見られないようにしていましたし、完成したものも見せていません」
「なぜでしょうか? 兄はリーナ様の側近のはず。すぐに相談すべき相手ではないのですか?」
ミネットは兄がリーナに信頼されていないのではないかという疑念を持った。
「普通のことであればマリウスに相談します。でも、マリウスは男性です。これは女性のことというか……男性に刺繍の相談をするのかおかしいかもしれないと思ったのです。なので、まだ何も相談していません」
ミネットは納得した。
リーナは兄を信頼していないわけではない。普通のことであれば相談する。しかし、相談する内容が女性的なことになると、男性には相談しにくい。
今回は刺繍に関してだが、女性だけが好むようなこと、女性だからこその気持ちに関することなど、男性には相談しにくいことが多々ある。
衣装についても相談できなくはないが、下着などのことになると相談しにくいというよりは、相談できない。相談すべきでもない。
そうなると、やはり側に仕えるのは、どのようなことでも聞くことができ、相談に乗れる女性ではないかと思うのが普通だ。
しかし、リーナの側近として兄がつけられたのは、信用のおける優秀な者でなければ務まらないことに加え、女性でそのような役目をこなせる者がいないと当主が判断したからだ。
ミネットはリーナを見て不安に思った。
リーナは養女だが、レーベルオードの者になった。その序列は第三位。つまり、パスカルの次に爵位の継承権を持つ兄よりも上だ。
直系の家族になったためというのはわかるが、はっきりいえば、ミネットはリーナを見てがっかりしていた。
レーベルオードの養女に迎えられるにふさわしい優秀な美女なのだろうと思ったが、リーナは美女ではない。そして、優秀でもない。刺繍の腕前を見れば明らかだ。このようなデザインを考えるような思考の持ち主でもある。
どう考えても王太子の寵愛を得られるような女性には見えないが、実際は王太子に気に入られ、入宮することになった。大幸運ではあるものの、側妃候補の一人でしかない。つまり、審査に落ちれば栄誉どころか不名誉極まりないことになる。
リーナは絶対に大きな間違いや問題を起こし、レーベルオードに悪影響を与え、家名を汚してしまいそうな気がした。
勿論、そうならないように兄や他の者達がいるわけだが、周囲の者達ではカバーしきれないこともある。
ミネットは、部屋付きの侍女達は刺繍のことを知っていたにも関わらず、自分と同じようにはっきりと良くないことを告げるのではなく、大丈夫だというような言葉を述べた。
つまり、リーナに対して優しくはあるのかもしれないが、はっきりと駄目だといい、より美しい素晴らしい刺繍にすべきだ、あるいは別の物にした方がいいなどと助言できる者がいなかったということになる。
刺繍のハンカチ程度のことであれば、大問題にはならないかもしれない。しかし、入宮してから何かあっては困る。
優秀な女性の側近が必要だわ。この女性のせいで、レーベルオード伯爵家に何かあってはいけない。絶対に阻止しなければならない。
ミネットは強い危機感と不安を感じずにはいられなかった。





