504 ハンカチばかり
リーナはレーベルオード伯爵家に仕えている者達の一部と面談をすることにした。
その目的は東館と西館を閉鎖するか取り壊すか、屋敷で必要のないような部分があるかを検討するための情報収集だ。
リーナよりもレーベルオード伯爵家に仕えている者達の方が屋敷に詳しいことに加え、召使達が自分達の部屋についてどう思うのかについても率直な意見を聞いて見たかった。
「では、今のままで何も問題がないというわけですね?」
「はい」
リーナは召使に自ら質問し、その答えをノートに記入した。
対面式に座っている召使は、ノートに何が書かれているのかもわかる。
どのようなことがメモされているのか、自分の名前が書かれていないこともわかるようになっていた。
リーナは最初に面談の目的を伝え、遠慮なく意見を言って欲しいと述べている。
しかし、レーベルオード伯爵家の召使達の答えは全く問題がないというものばかりだった。
その様子を見ていたミネットは茶番だと思った。
リーナが召使達の意見を聞き、それを元に今度どうするかを考えたいというのはわかる。
しかし、レーベルオード伯爵家に仕えている者達は優秀かつ忠実だ。
レーベルオード伯爵家に代々仕えるだけでなくその世話になり、高度な教育を受け、様々な恩恵にあずかって来た者達でもある。
不満などあるわけがない。あっても言うはずがない。
つまり、リーナがいくら本心を話して欲しいといっても、召使達は忠実なことを示すための言葉を述べるだけでしかない。
例え不満や問題があったとしても、それを正直に話す者は一人もいないとミネットは思った。
そのことは兄のマリウスもわかっているはずだ。
なぜこのような面接をさせるのだろうか。無駄であることを指摘しないのかと思ってもいた。
「困りました。皆、同じ意見です。これでは参考になりません」
リーナは深いため息をついた。
「レーベルオード伯爵家のために、何か参考になりそうなことを教えてはくれないでしょうか? 何でもいいのです。私は養女です。だから、レーベルオード伯爵家のために何かしたいですし、役に立つことを示したいのです」
「リーナ様が養女になったことがレーベルオード伯爵家のためになっている、役立っていると思います」
召使は答えた。
「皆、リーナ様を慕っております。この場を借りて、入宮されますことをお祝い申し上げます。王太子殿下に見初められることは、最高の栄誉です。レーベルオード伯爵家に仕える者として喜ばしく誇りに思います。また、リーナ様とこのようにお話しする機会を得られたことに心から感謝申し上げます。とても光栄かつ貴重な経験ができたと思っております」
「ありがとう。そういって貰えて嬉しいです」
リーナ微笑んだ。少し困っている表情ではあったが、発した言葉はお礼だった。
「私はもうすぐここを離れなければなりませんが、ここで過ごしたことは忘れたくありません。幸せな時間を過ごせました。皆のおかげです。心から感謝しています。どうか、これからもレーベルオード伯爵家のために尽くしてください。貴方の努力は多くの者達が見ています。そして、正しく報われるはずです。もし、そうではないと思うのであれば、私に言ってください。お兄様でも、お父様でも構いません。皆に幸せになって欲しいと願っているのです。そのことを忘れないで下さい」
「わかりました。ちなみに私は幸せです。レーベルオード伯爵家に仕えることこそ、私の幸せであり生きがいなのです」
「これで終わりです。時間を取らせてしまったので、お礼の品を渡します。箱の中から一つだけ欲しいものを選んで下さい。貴方のものになります」
リーナがそう言うと、マリウスが用意されていた箱を机の上に置いた。
箱の中身は五つ。ハンカチ、ペン、メモ帳、ハンドクリーム、五十ギール札一枚。
召使はじっと箱の中身を見つめた。
「どれにしますか?」
「ハンカチにします」
リーナは箱からハンカチを取り、両手で差し出した。
「感謝の気持ちです。ありがとう」
「とても嬉しいです。ありがとうございます。一生大事にします」
召使はハンカチを受け取り、部屋を出て行った。
次にまた呼ばれた者が同じように面談をした後、最後にお礼の品を一つ選んで部屋を出ていく。
その繰り返しが五回行われたところで、面談は終了になった。
「お疲れ様でございます」
マリウスが声をかけた。今日の面談の予定はこれで終わりだった。
「レーベルオードの者達はハンカチが好きなようです」
この日面談をした者達は全員ハンカチを選んだ。
これまで面接を行って来た者達も同じだった。女性に限らず男性も。
「なぜ、皆ハンカチを選ぶのでしょうか?」
「欲しいと思ったからではありませんか?」
マリウスの答えは正しい。
欲しいと思ったものを一つ選ぶことになっていた。
五つの用意された品の中で、最も欲しいものを選べばいいだけだ。つまり、選ばれたものが欲しかったものということになる。
「でも、普通の白いハンカチです。高品質なわけでもなく、刺繍があるわけでもありません。なのに、なぜ女性だけでなく男性もハンカチなのでしょうか?」
リーナはハンカチを欲しがるのは女性の召使だろうと思っていた。
ところが、男性も全員がハンカチを選んだため、驚いてもいた。
「マリウスであれば、どの品を選びますか?」
「ハンカチにします」
またハンカチかとリーナは思いながらミネットに顔を向けた。
「ミネットであれば、どの品を選びますか?」
ミネットは間をおいて答えた。
「……ハンカチにすると思います」
「なぜですか?」
ミネットが返事に迷ったのをリーナは見逃さなかった。
「ミネットは返事をすぐにしませんでした。どの品と迷ったのですか? 理由も教えてくれると嬉しいです」
「私が返事をすぐにしなかったのは、よく検討するためです。どの品が欲しいかというよりも、どの品が役立つかという点を考慮しました」
どの品も相応に役立つ。
だが、一つだけ違うものがある。
それはお金だ。
「お金はそのままというよりは何かに交換することで役立つものです。お金を使って別のものを買う。あるいは外出の際の馬車代にする。寄付するようなことでも構いませんが、使用するということによってなくなってしまいます」
その通りだと思ったリーナは頷いた。
「それ以外のものは、簡単にはなくなりません。いつかはなくなるかもしれません。ハンカチは汚れたり、破けたりするかもしれません。ペンはインクがなくなり、補充してもペン先が駄目になるかもしれません。メモ帳やハンドクリームも使用するほどなくなります。その結果、最も長持ちするのがハンカチだと思いました。リーナ様と面接をした記念、思い出の品になると思いました」
「私と面接をしたことが記念になるのですか?」
リーナはミネットの発想に驚いた。





