493 幕間のもう二人
幕間の時間は二十分。長くはないが、短いわけでもない。
兄とリーナの行動に合わせ、弟達は配慮する方針で結束していた。
そのため、休憩時間はデートの邪魔をしないように静かに席を外し、王族席の間に移動した。
側近や家族も同じで、ロイヤルボックスには残らなかった。
レイフィールはすぐに王族席の間を出て行き、王子で残っているのはエゼルバードとセイフリードだけになった。
「セイフリード、話があります」
エゼルバードはそう切り出した。
うるさい小言でも言う気かとセイフリードは思いながら視線をエゼルバードに向けた。
「貴方はあまり芸術に関心がないのか、バレエやオペラ、演奏会などにも出席しません。成人すれば何かしらの催しに参加する機会が増えます。芸術的な催しもあるでしょう。人によって嗜好も感性も違うとはいえ、あまりにも的外れなことを言えば王子としての立場が失墜します。相応に勉強し、最低限の知識は蓄えているのでしょうね?」
暇つぶしの話し相手に選ばれただけかとセイフリードは思った。
「僕が本を読んでいるのは知っているはずだ。芸術に関連したものもある。無用の懸念だ」
「では、白鳥姫と金の王子の物語も知っているわけですね?」
「馬鹿にするな」
セイフリードは不機嫌さをあらわにしえた。
「バレエの基本程度はわかっているのですか?」
「知識においては問題ない」
「では、聞きます。先ほどのバレエを観てどのように感じましたか? 私は芸術に興味があるので、セイフリードがどのように思ったのかを知りたいのです。つまらないと感じましたか?
セイフリードはじっとエゼルバードを見つめたまま答えない。
答える必要などない、知るかと答えるのではないかと誰もが予想していた。
だが、セイフリードはその予想を覆した。
「人々が最も注目するのは黒鳥姫の踊りだろう。白鳥姫と金の王子のバレエにおいて最も人気がある。魔法のように人々を魅了する踊りだが、魔法ではない。最高難易度の技能を見せつけられるからだ。僕は嫌いだが」
「なぜ、嫌いなのですか?」
「単純だ。悪をあらわす踊りだからだ」
セイフリードは答えた。
「黒鳥姫は魔法の力で踊り、実力があるように見せかけている。嘘つきだ。人々は悪を否定し、正義を肯定する。ならば、黒鳥姫の踊りがどれほど素晴らしくても否定すべきではないのか? それが正義を貫くことだと誰も言わないどころか、黒鳥姫の踊りこそが最も魅了的で美しいと言う。滑稽でしかない」
セイフリードは誰もが褒め称える黒鳥姫の踊りをこき下ろした。
エゼルバードは驚きの表情でセイフリードを見つめていた。
セイフリードの感想と解釈に驚くしかない。
エゼルバードはバレエやダンス、芸術性においての意見を求めたが、セイフリードの答えはその枠を越えていた。
「なかなかに面白い解釈です。ですが、あの踊りが悪をあらわすとは言い切れません。踊っているのは黒鳥姫ではなく、黒鳥姫役のバレエダンサーだからです。バレエダンサーはその才能を惜しみもなく披露するための手段として、難易度の高いフェッテに挑戦しています。その挑戦を見届け、価値あるものだと観客が認めているのです」
「それはわかっている。だが、どうせなら白鳥姫に踊らせるべきではないか? 実力者であることを見せつけ、王子に選ばれる。愛という不確かなものを根拠にするより、よほど納得できる」
「セイフリードらしい意見です。貴方にとって愛は不確かで価値が低いということですね?」
「僕がどう思うかは自由だ。芸術は寛容でなくてはならない。見た目が綺麗なものばかりがもてはやされるのは真の芸術ではないだろう」
「その通りです。芸術は多様性の宝庫。誰もが認めるものばかりではありません。芸術を尊ぶことは人々が持つ価値観の多様性を尊び、共存できることを意味しているのです。まさに多民族国家であるエルグラードにとって欠かせないものなのです」
「エゼルバードは黒鳥姫の踊りを好みそうだ」
「そうですね。素晴らしいと思います」
エゼルバードは否定しなかった。
「日中に王妃主催のバレエ鑑賞会がありました。王立バレエ団のバレエダンサーや関係者の疲労は蓄積されているはずというのに、それを感じさせない見事な踊りと舞台演出でした。王太子主催の音楽会が王妃主催のバレエ鑑賞会に劣ることがあってはなりません。そのことをまさに見せつける夜になるでしょう」
嬉々として話すエゼルバードにセイフリードはうんざりするような表情と視線を向けたが効果はない。
周囲にいる人々へ視線をむけても同じ。合わそうとしないだけでなく、自らの存在を消すかのように沈黙していた。
この僕にエゼルバードの相手を押し付けるとはな。
セイフリードはエゼルバードの話を聞き流すことにした。





