492 カーテンの中
舞台に近い場所にある特別なボックス席。そこにもまたカーテンのように並ぶ護衛騎士達の姿があった。
誰がそのボックス席にいるのかといえば、エゼルバード、レイフィール、セイフリードの生母である側妃達だった。
今回の音楽会には国王と王妃は招待されていないにも関わらず、側妃達は招待されていた。
勿論、理由がある。
一つは仮面舞踏会の件に絡む。
レーベルオード伯爵家の催しと同じ日に国王主催の仮面舞踏会が開かれた。その際、側妃達が王宮の催しに出席したことや、仮面舞踏会になったいきさつに関わっているという情報、側妃達も賛同賛美したことなどが知られている。
王妃はレーベルオード伯爵家をよく思っていない。冷遇したかった。しかし、国王や側妃達も同じかといえば、そうではない。あくまでも王妃の個人的な感情で、王家全体がそう思っているというわけではない。
その証拠に、王子達は全員反抗するような態度をはっきりと示した。
国王も宰相や側近を通じ、同日にしたのはむしろレーベルオード伯爵家が悪く言われないための配慮、招待されない者達の不満を解消するためという発言をしており、王宮の催しに欠席した王子達を咎めるような処罰は一切していない。
問題は側妃達だ。何もしなければ、側妃達は王宮の仮面舞踏会に出席したことから、王妃と同じだと思われてしまう。
王妃個人が思うのと、王妃や側妃達という王家の女性達全員が結束して思っているのでは全然違う。
そこで、王太子は側妃達を自らが主催する音楽会に招待した。出席するということは、王太子の意向に反しないということになり、欠席するということは王太子の意向に反することも厭わない、王妃につくという意思表示に見なすことにした。
側妃達は愛する子供のため、あるいは自らの保身のため、今後の様々なことを考慮し、出席することにした。
むしろ、王太子と王妃の問題に巻き込まれ、自らの立場を悪くしたくないというのが本音、最大の理由だった。
「白鳥姫と王子がテーマだとは聞いていたけれど、バレエがあるとは思わなかったわ」
第一側妃の感想に第二、第三側妃も同意した。
「そうですね。王妃のバレエ鑑賞会に対抗しています」
「全幕するつもりかと思ったけれど、第一幕から第三幕にすぐ変化したのに驚きました。白鳥姫と王子が出会い、愛し合う場面を抜かしてしまうなんて驚きですわ!」
第三側妃がやや声を荒げるようにそう言うと、第二側妃は冷静な口調で応えた。
「私も演出に驚きました。第一幕かと思うと、土間にいる者達にもワルツを踊らせ、会場を音楽会から一気に舞踏会にしてしまいました。その後はバレエ鑑賞。第三幕はまさに王宮の舞踏会の場面ですので、会場の雰囲気と同じです。そして、余興としての王女達の踊りが始まります。王女達の踊りは特徴的で短いので、見ていて飽きません。そして、私が最も好きな黒鳥姫の踊り。昼間も見ましたが、やはり凄いとしかいいようがありません。見惚れてしまいました」
「私は今回の踊りの方がいいと思ったわ」
第一側妃はそう言った。
「昼間が悪いというわけではないけれど、席が違うでしょう?」
王妃主催のバレエ鑑賞会では、側妃達の席はロイヤルボックスだった。つまり、中央ではあるが、奥でもある。
「舞台の側から見ることで、細かい部分までわかったわ。普通は中央から見て美しいように考えられるけれど、黒鳥姫の踊りはここから見ても美しく技巧的ね。まさに完璧よ。自信満々なはずだと納得できる踊りということね。王子の位置のせいで、黒鳥姫がこちら側を意識している点を考慮したとしても、良い印象だったわ」
「さすがエンジェリーナ様です。素晴らしい感想ですわ」
「貴方もね。演出の良さを理解していない誰かとは違うわね」
「私も演出の素晴らしさは感じています。ただ、第二幕が好きなので、なかったことを残念に思っただけですわ」
第三側妃は言い訳するようにそう言った。
「それに、エンジェリーナ様はさすがです。王子の立ち位置のことまで考えられています。そうなると、私達とは真逆の席になる方は、黒鳥姫の後ろということになります。踊りは素晴らしいでしょうが、自信に溢れるような表情を察しにくいはず。こちら側で良かったと心から思いますわ」
「王太子が何も考えないで招待するわけがないでしょう? 席のことも考えているわ。芸術音痴だったとしても、エゼルバードや側近が考えるに決まっているしね」
「でも、普通であればロイヤルボックスかその隣の特別貴賓席です。舞台側とは思いませんでした」
第二側妃がすかさず応えた。
「昼間と同じような席からまた見ることになるのを避けるためだと思います。私達の出席はあくまで任意、目立たないようにということでした。中央では目立つのもあるでしょう」
「王太子がどのように過ごしているか知りたかったけれど、どうせ護衛騎士のせいで見えないから仕方がないわね」
第一側妃は王妃への対処として、音楽会に招待されない国王と王妃のために、どのような催しであったか検分し、報告するための出席だという理由をあげるつもりでいた。
そして、第二側妃も全く同じことを考えていただけに、相槌を打った。
「そうですわね。ロイヤルボックス内だったとしても、可能な限り邪魔をしないようにしなければなりません。かえって互いに気を遣うことになります。そのようなことも計算済みかもしれません」
「エゼルバードからどのような感じだったのか聞くつもりだけど、あの子は兄想いだから、きっと席を外しているわね」
「レイフィールも同じです。細かいことは決して教えてはくれません」
第三側妃は黙っていた。息子のセイフリードはロイヤルボックスだが、親子として関わるようなことはしない。情報のやり取りもない。
「セラフィーナは可哀想ね。息子と関われないなんて」
「本当に。王女を産むための側妃でなければ、産む前から色々と強く言われることはありませんでした。王女を産まなかったことで、余計に弱い立場になり、息子とも関われません」
セラフィーナは息子を使った同情に見せかけたいじめが始まったと感じた。
その時の対処方法は一貫している。自分は平気だと振る舞うことだった。
「仕方がありません。私は陛下に従うのみですわ」
第一側妃も第二側妃も知っている。
女性にとって出産は命を失いかねないようなことだ。恐ろしいほどの痛みに耐え、死ぬかもしれないと感じつつも、新しい命をこの世界に送り出すために全力を尽くす。
そこまでした子供になんとも思わないわけがない。王女でなかったことに失望したかもしれないが、完全に手放さなくてもいいという安堵を覚えた可能性もゼロではない。
だが、セラフィーナは何もしない。あまりにも何もしなさ過ぎた。
息子に関わらないのは、息子を憎んでいることとは違う。
セラフィーナは息子に関わることを恐ろしいことだと思っているのだ。
生まれた子供には決して生母として関わってはいけないと言われたことに対し、絶対に逆らえない女性だった。だからこそ、王女を産むための側妃として選ばれた。
息子であれば、自分で育ててもいいのではないかとは思えなかった。それよりも期待に添えない結果になったことで、余計に恐ろしさを感じた。
とにかく子供は産んだ。役目は果たしたわ!
そう思うだけでなく、息子などいない、関係ないという暗示を自分自身にかけるかのように生き続けている。
愚かで不幸。子供を産んだことで強くなることもできず、むしろ自らの弱さに磨きがかかった女性。
それが第一側妃と第二側妃による第三側妃の評価だった。





