489 王立歌劇場への移動
食事が終わると、いよいよ王立歌劇場に移動する。
用意されていたのは黒い馬車。白い羽根の意匠がデザインされた側面に、赤い御者台。
「これはエゼルバード様がデザインした特別な馬車では?」
「今夜のために借りた」
王宮の仮面舞踏会に対しては、レーベルオード伯爵家の催しに参加することで、クオンは弟達と一緒に団結する意向を示した。
だが、王妃主催のバレエ鑑賞会がある。リーナが招待されないのもわかっていた。
すでに招待者の選定も招待状の発送も終わっている、変更は難しいが、できなくはない。
名門貴族への配慮をみせなければ、なぜなのかと貴族達が深読みする。
社交界のその話題が盛り上がり、リーナやレーベルオード伯爵家の評価を下げるの許すことはない。
クオンは守ると決めていた。リーナも。レーベルオードも。
王妃のバレエ鑑賞会と同日の催しにしたのは、リーナやレーベルオードの噂や悪評が広がる前に手を打つためだった。
むしろ、リーナのために音楽会を開くほど寵愛しているということを示せる。
「本当に素晴らしい馬車だ。この素晴らしを生み出すためにリーナは貢献した。そのこともまた素晴らしい」
「少しでもお役に立てたことがあったのであれば、とても嬉しいです」
「少しとは思わない。確かに役立ったのだ。自信を持ち、喜べばいい。それを大切にすることで幸せにもなれるだろう」
その通りだとリーナは素直に思った。
「素敵なお言葉です。王太子殿下のいうことは違います」
「この馬車の素晴らしさを堪能しよう。まあ、私が見ているのは馬車ではなくリーナの方だが」
「王太子殿下を見ていると、確かに馬車の方は見ることができませんね」
「馬車は借りればいい。だが、今夜、こうしている時間は今だけのものだ。大切にしたい」
クオンはそう言うとリーナを抱きしめた。
「こうしていると幸せな気分になれる。だが、馬車を見るのを邪魔しているという自覚はある」
「そうですね。クオン様以外は目に入りません」
「そうだろう? そして、それが嬉しくもある。馬車の方が見たいだろうか?」
リーナの中に笑いが込み上げた。
「馬車よりも王太子殿下の方が優先ですよね?」
「普通はそうだろうな」
「でしたら普通で大丈夫です。この馬車に乗ることができるのは貴重ですけれど、王太子殿下と一緒に過ごすことの方が貴重ですから」
「そうだな」
リーナの言葉は間違いない。
だが、貴重ではなく普通にしたい。そうなるほど一緒に過ごしたいというのがクオンの願いだった。





