486 ヘンデルの説明
リーナの支度が終わり、その姿を見た父親と兄は言葉を失った。
リーナの衣装は王太子から贈られたドレスになった。それについては納得している。むしろ、父親と息子がそれぞれに選んだドレスの中で、どれが良いとされたのかという結果に揉めずに済むとさえ思っていた。
宝飾品に関してもアイビーのパリュールが選ばれたため、やはり父と息子による意見の相違は起きなかった。祖父母がリーナを見守ってくれるだろうとなり、王太子への贈り物に対する返礼の気持ちも考えているということも含め、これまた円満に解決するような形になった。
一部は幸せのパリュールからスズランの花の装飾品が組み合わされたことも、レーベルオード伯爵家らしさを加える点で問題ないということになった。
アリシアの選択にさすがだとレーベルオードの親子は唸ったものの、リーナのドレスがどのようなものか事前に確認していなかったことに、大いに反省する余地があると思うのもまた同じだった。
「……おかしくないでしょうか?」
リーナは父親と兄が何も言わずにずっと黙っているため、不安そうに尋ねた。
それに応えたのは父親よりも兄が先だった。
「綺麗だよ! とても素晴らしくて、すぐに言葉が出なかった。さすが王太子殿下だ。リーナの美しさが引き立つようなドレスを……贈ってくれたと思うよ」
ドレスは素晴らしかった。基本的にはプリンセスラインといわれる王道の形をしている。上部はスッキリとしたデザインで、腰から下にかけてのスカート部分はふんわりと膨らんでいる。着るだけで体形を美しく見せるドレスだと言われているが、胸や肩口のあたりをどうするかで、かなり印象が変わる。
贈られたドレスは露出を抑えるためにパフスリーブの半袖がついており、その先にはレースもついている。
上部の装飾は控えめで、襟や袖などの随所に小花がある。アリシアの説明によればスミレの花だ。但し、スカート部分にはかなり多くの布製の小花が縫い付けられており、まるで花を纏ったかのようなドレスに仕上がっている。
「……花の女神のようだ」
リーナが纏ったドレスは花、装飾も植物でまとめているため、父親はそう評した。
二人の評価はどちらもいいものだと受け取ったリーナは、遠慮がちに言った。
「悪くはないと思うのですが、着こなせている気がしなくて……」
気後れしているのが明らかな様子を見て、兄は懸命に笑顔を振りまいた。
「とても似合っているよ! 着こなせているから心配しないでいい」
「でも、お父様はあまり……」
リーナの視線を受けたレーベルオード伯爵は、首を横に振った。
「そんなことはない。とてもいいと思っている。ただ……」
父親はつい本心を口にしてしまった。
「花嫁のようで……寂しい」
部屋に控えていた者達は、レーベルオード伯爵の心中を思いやった。
確かにリーナは白いドレスを着ている。王太子から贈られた特別なドレスだ。控えめでありつつも王道の形をしたドレスは、ウェディングドレスのようにも見える。
ベールを被っていなくても、花嫁姿を連想するのはわかりやすい。そして、娘が嫁入りしてしまうような気分になってしまい、嬉しくも寂しいという父親としての心情が、娘の姿を大いに褒め称えられない要因であることもまたわかりやすい理由だった。
「音楽会に行くのにふさわしくないということでは……」
「そうじゃないよ。父上は感激してしまっただけだ。そのせいで、うまい言葉が見つからないだけだよ」
パスカルはなんとかリーナの気持ちを持ち上げようとした。
「父上の心情はわからないでもありませんが、これから音楽会があるというのに、そのようなことを言わないで下さい。王太子殿下と共に、今夜の特別な催しを楽しむよう言えばいいだけではないですか!」
「……楽しむように」
「あまりにも棒読みです!」
パスカルはわざとらしくやれやれといった表情で肩を落とした。
「父上はもっと社交をされるべきです。外務省に勤務していたら、間違いなく出世できません。内務省に鞍替えして正解です」
「話すばかりが社交ではない。聞き役に回ることも重要だ」
「父上の表情を見た瞬間相手は警戒し、何も話せなくなるのでは?」
「私は友人ウケがいい。話が得意な者達は、情報にも通じている。聞き役だからこそ、得をすることもある」
「今夜の催しは特別な趣向があります。父上は鉄壁の無表情が得意かもしれませんが、不敬な態度だと思われない程度にしてください」
「満面の笑みで愛想よくするつもりはない。お前とは顔の作りが違う」
「遅れるわけにはいきません。早く行きましょう」
パスカルは父親との会話を切り上げた。
「その通りだ」
父親は同意すると、素早くリーナに近づいた。
「エスコートする」
「はい」
エスコート役は譲らないとばかりに息子を睨んだ父親は、美しい装いに身を包んだ娘と共に歩き出した。
気持ちはわかります。でも、まさにそれだと、バージンロードを歩く父親と娘を連想するではありませんか。僕の気持ちも少しは察して下さい。
息子は後に続きながら、心の中で父親に文句をつけた。
レーベルオード伯爵家の三人は、王宮に着くと早速王太子のエリアにある部屋に案内された。
ほどなくして白い礼装姿のヘンデルが姿を見せた。
「いらっしゃい!」
まるで自宅に来た友人達を迎えるような挨拶に、レーベルオードの親子は内心呆れつつも、リーナを緊張させないための配慮だろうと察した。
「わあ……これはヤバイ! 綺麗過ぎて、王太子殿下の頭が沸騰しちゃいそうだねえ」
ヘンデルは笑みを讃えながらリーナの装いを褒めた。
「ヴィルスラウン伯爵閣下にご挨拶申し上げます。今晩は特別な催しに出席することになり、大変緊張しておりますが、どうぞよろしくお願い致します」
リーナはきっちりと基本通りの挨拶をした後、しっかりと頭を下げて一礼した。
「……リーナちゃんらしいね。初々しさと可愛らしさに自動変換されちゃうよ」
ヘンデルは苦笑した。
「俺からこの後についての説明をする。座って欲しい」
全員が着席すると、ヘンデルは持って来た書類束を配った。
「今夜のスケジュールとかね。順番に説明する。一枚めくってね」
一枚目は表紙で、めくると今夜の予定について具体的な内容が書かれていた。
「まずは大まかな予定。この後、王太子殿下との謁見。その後、食事。時間を見て王立歌劇場に移動する。リーナちゃんは王太子殿下に会った時からデート開始ね」
やはり音楽会というよりもデートなのかと全員が再確認する。
「一応説明しておくけれど、王族の催しに招待されるのと、王族とデートするとでは色々細かい違いがある。前述の場合は客、礼儀作法は厳守。公式行事並。後述の場合はプライベート、多少の親密さは許される。でも、今回は大勢の者達が同席する場でのデートになるから、普通に公式行事並。礼儀作法をできるだけ守ること。名前も駄目。王太子殿下と呼ぶこと。いいね?」
「はい」
リーナはしっかりと頷いた。
「これだとデートじゃなくて客かもと思うかもしれないけれど、はっきりとした違いがある。それは席。二枚目を見てね」
リーナは書類をまた一枚めくった。
そこには図がある。王立歌劇場の観覧席だ。
「これは観覧席の座席表。今夜は招待客が多いから、二階の一部とボックス席の最前列以外は全て立ち見になっている。それと、音楽会といっているけれど、普通の音楽会じゃない。基本的には舞踏会だと思えばいいよ」
「舞踏会なのですか?」
リーナは驚き、思わず尋ねた。





