48 お菓子
「誰でも失敗する時がある。同じ過ちを繰り返すな。わかったな?」
「はい。深く反省しています。本当に申し訳ありませんでした」
クオンはどうしても確認したいことがあった。
「あの者に特別な好意を持ち、デートしたわけではないな?」
「はい」
クオンは安心した。
ヘンデルの女性関係はなんとなく知っている。
リーナが真剣に交際したいのであれば、絶対にやめたほうがいいと忠告するつもりだった。
「あのような者には近づくな」
クオンははっきりと教えておこうと思った。
「あの者はお前の都合を考えていない。だからこそ、夜に会うことになった。また、何かを強要するようなことがあるかもしれない。大丈夫だといいつつ、いざという時には一人で逃げるかもしれない。もっとよく相手を見て判断しろ。菓子には釣られるな」
「はい」
「開封してある菓子はやる。少しずつ食べればいい。菓子があれば、菓子に釣られにくくなるだろう。飴は私が貰う」
リーナは驚かずにはいられなかった。
「私は反省をしなければいけません。お菓子を頂くなんておかしいです!」
「心からの謝罪をしたではないか。反省するのであれば許す。そもそも悪いのはあの男だ。お前は逆らうだけの立場も力もなかった。だからこその温情処置だ」
リーナはクオンの寛大さを感じずにはいられなかった。
「ありがとうございます。大事に少しずつ食べます。辛いことがあった時にお菓子を食べて、これからも真面目に仕事に励みます」
辛い時に食べるという言葉がクオンの心に響いた。
「そうしろ。だが、消費期限には気をつけろ」
「期限があるのですか?」
クオンが驚く番だった。
「当たり前だ。ずっと食べないままでは傷み、腐ってしまうではないか」
何を言っているのだとクオンは思った。
「箱や袋などに消費期限が書いてあるはずだ。その日付以内に食べれば、腹を壊さない。それを過ぎて食べれば、腹を壊すかもしれない」
リーナは知らなかった。
「申し訳ありません。お菓子というか、食べ物を買ったことがなくて……かなり日持ちがするものだと、勝手に思っていました」
まるで王族や貴族の箱入り令嬢のようだとクオンは思った。
しかし、そうではないのもわかっている。
孤児院では食事が出るため、自分で買う必要がなかったというだけだ。
「これほど沢山あると、辛い時だけに食べたのでは、消費期限が切れてしまうかもしれません。贅沢になってしまいますが毎日一つずつ、あるいはもう少しだけ食べてもいいでしょうか?」
クオンはまたもや気づく。
自分も昔は辛い時だけ食べていた。菓子を大事にしていた。
だが、今は違う。いつの間にか菓子を大事にしなくなっていた。
常備されている飴を次々と食べている。
これでは辛さやイライラを誤魔化すために、菓子ばかり食べていた頃と変わりがない。
変わったはずが、また変わってしまっていた。逆戻りだ。
「全部やる」
クオンの言葉に、リーナは聞き返した。
「全部?」
「菓子だ。持って行け」
リーナはクオンの変化に驚くしかない。
「どうしてでしょうか?」
クオンはすぐに答えなかった。
リーナのおかげで自分の愚かさに気づいたとは言えなかった。
「ダイエット中だ」
「ダイエット?」
リーナはクオンを見た。
全然太っていない。ダイエットする必要はなさそうに思えた。
「菓子ばかり食べていると太る。忙しくて運動しにくい。健康に悪い」
クオンは言い直した。
「健康のために節制するということですね。良かったです。実は服を脱ぐと太っているのかもしれないと思ってしまいました」
「それはない! 断じて!」
クオンはきっぱりと否定したが、急に不安になった。
ずっと飴ばかり食べ続ける生活をしていた。執務ばかりでろくに運動していない。食事も簡単に手早く済ませて来た。栄養面で問題がなかったとは言い切れない。
太ってはいないと思っている。自分では。
鏡を見ても、太っているようには見えない。
だが、不健康かもしれない。自分では気づいていないだけで、実はかなりの贅肉がついているのかもしれない。
クオンは定期検診も面倒がって受けていなかった。
……定期検診を受けるか。
菓子の量を節制し、食事の栄養を考え、たまには運動する。
クオンは自らの生活を見直すことにした。
「でも、多すぎる気もします。私も太ると制服代がかかるので困ります」
「掃除すれば運動になる。太らない」
「太りました。一日三食にもなりました」
「健康的になっただけだ。最初に会った時のお前は細すぎた。その方が問題だった」
クオンは自分と同じように、リーナも変わるべきではないかと感じた。
良い方へ。
「驕るよりもいいのかもしれないが、謙虚過ぎるのも問題ではないか? これからは普通の感覚を身につけていく必要があるような気がする」
「普通の感覚ではないのですか? 私が?」
「今のお前は貧しい者の感覚ではないのか? あるいは下働きの感覚で、召使いの感覚ではないのではないか?」
「あ!」
その通りかもしれないとリーナは思った。
「……感覚も向上させていかないといけないということですね?」
「贅沢になれということではない。それは金がかかる。だが、周囲の話を聞いて情報を集め、知識として蓄えることには金がかからない。金をかけずに勉強できる」
「そうですね! 凄いです!」
リーナは顔を輝かせた。
「こういったことはすぐには身につかない。少しずつで構わない」
「はい!」
リーナはしっかりと頷いた。
「ところで、あの男とどんな話をした? それも確認しておかなければならない」
リーナは思い出しながら、話題に出たことや会話の内容について話した。
「大体はわかった。菓子を持って部屋に帰れ」
「はい」
「私に会ったことも菓子を貰ったことも秘密だ」
「でも、誰かに会ったら、この菓子はどうしたのかと思われませんか?」
「購買部の品だ。自分で買ったと言えばいい」
「こんなに沢山? さすがにそれは……」
できることなら嘘はつきたくないとリーナは思った。
沢山の菓子がある。贅沢をしていると思われてしまうと感じた。
「知り合いから押し付けられたと言えば嘘ではない」
「知り合いが誰か聞かれたらどうすれば?」
リーナが真面目な者であることをクオンは知っている。
別の方法にした。
「誰にも会わないで部屋に戻る方法を考えろ。そうすれば嘘をつかなくていい」
「そうですね! そうします!」
さすがクオンだとリーナは思った。
腕時計で時間を確認する。
二階や一階にも詳しくなった。警備の巡回時間もわかる。
「この時間ならあそこを通って……大丈夫そうです!」
リーナはテーブルの上の菓子を集めた。
「必要のないものはこの部屋のゴミ箱に捨てていけ。菓子が捨てられていてもおかしくない」
「はい!」
リーナは手提げ袋に菓子を詰めるとクオンに一礼し、部屋を退出した。
控えの間でかなりの時間を過ごしたせいもあり、どこもひと気がなかった。
そのようなルートを選んだせいでもある。
リーナは誰にも会わずに部屋まで戻ることができた。
心からホッとする。
リーナは菓子を全て木箱の中にしまうと、制服のまま寝ることにした。





