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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第五章 レーベルオード編

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479 音楽の間

 音楽の間につくと、まずはレーベルオード伯爵がチェンバロの演奏を披露した。


 チェンバロは鍵盤を用いるものの、弦をピックのようなものではじくことによって音が出る学期のため、ピアノとは全く異なる音が出る。


 有名な独奏曲はチェンバロの魅力を大いに伝えたが、全く同じ曲をパスカルがピアノで弾いた。


 そうすることで二つの楽器や演奏方法、曲の印象の違いをリーナに教えてくれた。


「お父様もお兄様も凄いです!」


 リーナは音楽について詳しいわけでもない。だが、二人の演奏はとても美しく素晴らしいものだと感じた。


 リーナが笑顔で拍手をする姿を見て、レーベルオード伯爵もパスカルも楽器を演奏する技術を学んでおいて良かったと心の底から思った。


「父上、次はどうしますか?」


 パスカルがピアノを弾いている間に、レーベルオード伯爵はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロを用意していた。


「リーナが喜びそうなものがいいが……」


 レーベルオード伯爵はそう言ってリーナに視線を向けたが、リーナは音楽についてあまり勉強していない。曲をリクエストするのは無理だった。


「全部お任せします」

「では、白鳥という曲にする」


 父親の提案は今この時にふさわしいものだと息子は思った。


 時間的には、王立歌劇場で王妃主催のバレエ鑑賞会が開かれている。


 多くの高貴な女性達はこの国で最高のバレエと音楽を堪能しているわけだが、リーナは招待されていない。


 リーナが正式な社交デビューをする前に招待状が発送されているとはいえ、名門貴族の養女になったことを考えれば、配慮としての招待があってもおかしくなかった。


 そうしなかったのは王妃の意思表示。リーナやレーベルオード伯爵家への冷遇だ。


 しかし、そのことを悲しむ必要はなかった。


 リーナは王妃主催の催し、エルグラード最高のバレエと音楽よりも価値のあるものを堪能しながら過ごすことができる。


 リーナを心から愛する家族との時間、そして、父親と兄によるリーナのためだけの演奏だ。


「チェロにしますか?」

「チェロにする」


 パスカルによるピアノの伴奏に続き、レーベルオード伯爵によるチェロがゆっくりと主旋律を奏で始めた。


 ゆっくりとした優しい曲はリーナの心を穏やかにするとともに、うっとりとさせてくれる。


「とても美しい曲でした!」


 リーナは精一杯の拍手をしながら、自分の感じた気持ちを言葉にしようとした。だが、月並みな言葉しか言えない。


 これではどれほど感動したのかが伝わらないと思うものの、どんな言葉で表現していいのかがわからなかった。


「色々な言葉で素晴らしかったと言いたいのですが、うまく言葉にできません。心の中に優しく溶け込んでしまったような感じです。とにかく凄くて!」


 一生懸命感想を伝えようとするリーナの姿こそが、パスカルとレーベルオード伯爵にとっては最も嬉しい。


 リーナが美しい曲を聞いてとても感動したのがわかれば、美辞麗句は必要なかった。


「次はどうするか……」

「父上はヴァイオリンを。何か合わせましょう」


 息子があっさりと伴奏役を引き受けたため、父親は少し考えた。


 そして、息子は妹が喜ぶのであれば、自分の腕前を披露することに固執はしないと言いたいのだろうと推測した。


「……ヴァイオリンを担当しろ。私はヴィオラにする。ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲はどうだ?」

「わかりました。ですが、その曲だとヴァイオリンが目立ちません。息子をぬか喜びさせる絶妙な選曲です」


 ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲は、二つの楽器の掛け合いの絶妙さが魅力だ。音域の低いヴィオラが伴奏にまわる部分も少なくないが、ヴァイオリンだけが極めて目立つような曲でもない。


 まさにヴァイオリンとヴィオラという二つの楽器を主役に据えた曲だった。


「焦るな。後でヴァイオリンが目立つ曲にする」

「その時にヴァイオリンを弾くのが父上、ということではないでしょうね?」

「これでも父親だ。息子に花を持たせる位できる。ピアノとヴァイオリンしかできない息子では、ヴァイオリンを譲るのも仕方があるまい」

「ハープもできます」

「無理に増やすことはない」

「いいことを思いつきました。僕がピアノで伴奏をするので、父上は歌って下さい」


 息子の提案に父親は唖然とした。まさか、歌うことを提案するとは思わなかったのだ。


「……まずは二重奏曲だ」

「父上の歌が楽しみです。リーナも楽しみだよね?」


 リーナは素直だった。


「はい! とても楽しみです!」


 父親は息子を睨んだが、何も言わなかった。しかし、心の中では叫んだ。


 パスカルを絶対に後悔させてやる! これでも王立学校の発表会で歌い、最高評価を得たことがあるのだ。自ら伴奏をしてでも歌ってやる!


 その後、パスカルとレーベルオード伯爵はリーナに喜んで欲しいという気持ちを込め、自らが扱える楽器を駆使しながら、様々な曲を演奏した。


 それだけではない。息子と娘の前で、父親は自ら伴奏をしながら愛を賛美する有名な歌を披露した。


 その堂々としつつも美しく伸びやかな歌声に、リーナもパスカルも驚嘆するしかない。


 歌い終わった父親は、息子と娘による心からの拍手で讃えられた。


「私……とても幸せです。朝からお父様とお兄様と一緒に過ごせるだけで嬉しくてたまらないのに、素敵な曲を沢山聞けました。それに、歌まで披露して下さるなんて……私は今きっと、世界で一番幸せです!」


 リーナの言葉は父親と兄の心に強くまっすぐに伝わった。


 幸せがある。今、ここに。家族と共に心から分かち合える幸せが。


 パスカルとレーベルオード伯爵の二人は、リーナが感じているよりもはるかに強い感動を心の奥底から味わっていた。


「私も幸せだ」

「僕も幸せです」

「家族全員が幸せですね!」


 満面の笑みが三つ揃った。


 音楽の間には紛れもなく家族の愛情が満ち溢れ、幸せと笑顔のハーモニーが奏でられていた。


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